【Story 8】ある露天商の一日
空を覆う雲が緑がかっている奇妙な夜明け。本を開くと、あふれ出すようにがらくたが飛び出してきた。青っぽい何かが漂うガラス容器、時計のような装置が組み込まれた鍋の上で、“OPEN”のネオンが怪しい光を放っている。
――――
客を呼び込む店員の大声と通り過ぎる人の足音、肉を焼く香ばしい香りと古臭い金属の匂い。絶えることのない音と奇妙な匂いが立ち込める露店街の中に、俺は煙管の煙を付け加えた。体を通り抜ける重たい煙が、奇妙な匂いを消し去ってくれる。
たまに店先で立ち止まる人にやる気のない声を掛けつつ、俺は膝に置いた旅行雑誌を捲っていた。遠く離れた海辺の町は海老で有名らしく、この辺りじゃお目にかかれないほど丸々太った海老の炒め物の写真がでかでかと乗っていた。ビールのつまみに合いそうだ。
「すみません」
行く気もない町の料理で今日の昼飯を決めていると、喧騒にかき消されてしまいそうなか細い声が聞こえた。顔を上げると男性のようにも女性のようにも見える若い人物が困り顔で俺を見ていた。
「あー、らっしゃい。何の用で?」
「ここには、なんでもあると聞いたのですが」
「アンタ、スマホも持ってないのか? 今の時代、検索すれば何でも手に入るぞ」
「検索しても見つからないものなので」
さらに眉を下げる客に、俺は大きく煙を吸った。
「ふうん……。ここにあるかは知らないが、話ぐらいは聞いてやるよ」
「自分を、探しているんです」
縋るような客の言葉に、俺は盛大に噎せて笑った。通りを歩く人々がぎょっとしたように俺を見る。俺は気にせず咳き込みながら笑い続けた。
「あっははは! そんなん誰だって探してるよ!」
何度か咳き込んだ俺は、煙管を灰皿に叩きつけた。客はやはり困り顔で俺を見ていた。俺は口角を釣り上げ、店の奥を親指で指した。親指の先には、台座の付いたガラス容器があるはずだ。かすかに光を発する不定形の何かが浮いているガラス容器が。
「あー、笑った笑った。そーだな、こいつは? 永遠の命を求めて体を失った魂だ。ついでに自分の記憶も失っている。体だろうが魂だろうが、なんでも食らう問題児だ。あんたが探しているのが体なのか魂なのかは知らないが、空のものならこいつは見つけられる」
「……それ、僕も食べられるかもしれないってことですか」
少し考え込んだ客が発した言葉に、俺は片方の眉を上げた。どうやら頭は回る方らしい。そうだというのに自分も見つけられないとは、中々どうして、このお客様はおもしろい。
俺はレジカウンターに肘をついて客に向かってにやりと笑った。
「おう。で、買うかい。ちなみに購入後のクレームは受け付けてない」
「……買います」
あまり迷わず飛んできた肯定の声に、俺は右手を差し出した。その上に客が金の入った袋を置く。さっと中身を確認すると、それなりの額が入っていた。ただ、少し少ない。まあ、問題児を渡すのだからこのぐらいは目を瞑ろう。俺は金をレジに仕舞ってから、体を捻って魂が入ったガラス容器を持ち上げた。カウンターに乗せると、客が大きく唾を飲み込んだ。俺が蓋を開けると、魂がふわりと出てきて、露店街をすり抜けるようにどこかへと向かっていった。
「あ、ありがとうございます!」
「まいどお」
客は俺に慌てて礼を言うと、魂を追い掛けて雑踏の中に消え去っていった。
あの魂は数ヶ月前も誰かに買われて、一時間もしない内に戻って来た。何かを食らって帰って来たのか、何も見つからなかったから帰ってきたのかは知らないが、とりあえず、あの魂が売れて帰ってくるのはそう珍しいことではない。
「半日に賭けるか」
俺はそう呟くと、店を簡単に閉めて昼飯を買うために露店街へと繰り出した。
店から二つほど離れた通りに行くと、金属の匂いが薄まり、肉や魚が焼けるいい匂いがしてきた。包丁を乱暴に叩きつける音を聞きながら行きつけの屋台に行くと、いつものように短い髪の毛をきっちりと整えた老女がきびきびと料理を作っていた。
「よおババア、海老ある?」
老女は俺の質問に答えることなく、野菜が入った鍋を振るいながら目を吊り上げた。
「小僧! アタシが注文したものはまーだ見つかんないのかい!」
「いや、ようやく見つかったぜ。取りに来いよ」
「アンタが持って来な! 持ってきたら海老一つまけてやるよ!」
「しけてんなあ」
「いらないのかい!」
「へーへー、ちょっと待ってな」
野菜を炒めながら器用に俺を睨む老女に、俺は両手を上げて来た道を戻った。たった数分で海老が増えるならやるしかない。俺は早歩きで店に戻り、裏に隠してあった時計のような装置が組みつけられた鍋を引っ張り出した。それを抱えてまた踵を返す。
そうして俺が屋台に戻って来た時には、老女が安っぽいプラスチックの容器に海老の炒め物を溢れんばかりに詰め込んでいた。海老に纏わりついている黒っぽい粒は胡椒だろうか。雑誌で見た海老の半分ぐらいの大きさしかないが、俺の腹を満たすには十分な量があった。
毎回思うが、たった数分でどうして炒め物が簡単にできるのだろうか? コンロの火力がとんでもなく強いのだろうか?
「おらよ。お望みの鍋型の可変式加速装置だ」
俺が屋台の中に鍋を置くと、老女は肉を大胆に切りながら大声を上げた。
「名前は何でもいいがね、ややこしい操作はごめんだよ! 簡単なんだろうね?」
「だからこんなに探すのに時間がかかったんだろうが。この時計をいじれば、五分が五秒にも五十日にもなる。時計いじるぐらいはできるだろう?」
「年寄りを馬鹿にすんじゃないよ。はー、これでようやく落ち着いて眠れるよ」
「いつも何時間煮込んでたんだ?」
老女がぐつぐつと音を立てる大型の鍋の中に切ったばかりの肉を入れ、代わりによく煮込まれた肉の塊を取り出した。あまりの迫力に口の中に唾が溢れ出る。
「丸一日だよ! 火事が怖くて碌に眠れやしない生活とはおさらばだね」
「今度食いに行くからまけてくれよ」
「なら安くしてくれるのかい」
「そりゃ無理だな」
「じゃあ金たんまり持っておいで! 肉一個ぐらいはサービスしてやるよ!」
「やりぃ、まいどお」
俺は金を老女に渡して、海老の炒め物が入ったパックを手に取って自分の店に戻った。
自分の店に戻り海老の炒め物を食べていると、商品棚からひょっこりと幼い少年が顔を出した。
「こんにちは」
俺は慌てて絶妙な焼き加減で焼き上げられた海老を飲み込んだ。
「おー、いらっしゃい」
「きゃんでぃ、ください」
「ねえよ。こんなゴミ溜めみたいなところに食品なんて置いたらクレームもんだ」
「でも、さびのいいにおい、した」
「錆ぃ?」
海老を口に入れながら俺は店の中を見渡した。錆びたものは見当たらない。首を傾げてさらに海老を口に入れる。ふと、目の前の商品棚の一番下、他の商品の下に酷く錆びたゼンマイの巻き鍵を見つけた。箸を咥えながら、巻き鍵を引っ張り出す。俺が巻き鍵を引っ張り出した瞬間、少年がぴょんと飛び跳ねた。
「ぱりぱりのきゃんでぃ!」
「マジかよこれキャンディになんの? つかお前、ロボットか?」
「ぼく、ろぼっと!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねる少年は、どう見ても人間にしか見えない。少年は俺に硬貨一枚を差し出した。錆びた巻き鍵一つでは到底釣り合わない。駄菓子と考えたとしても、少し高すぎる。
「ははあ……。錆、うめえの?」
「おいしい! おにいさん、たべないの?」
「お兄さんは人間だから錆食ったら腹壊しちまうな」
「にんげん、もったいない」
「もったいねえなあ。まあ、どうせジャンクパーツだ。これも持ってけ」
俺はポリ袋に下敷きになっていた巻き鍵やそこらに転がっていた歯車などを適当に詰め込んだ。少年の顔が目に見えて明るくなる。
「きゃんでぃたくさん! ありがと!」
俺から袋を受け取った途端、少年は錆びた巻き鍵を口に放り投げた。おいしそうに口の中で転がしながら俺に向かって大きく手を振る。
「まいどお」
海老の炒め物に箸を突き立てながら、スキップする小さな背中を見送る。海老から飛び散った肉汁が、商品棚の上を這い俺に向かってくる蠍に降り注いだ。
「なんだなんだあ!?」
思わず立ち上がった俺とは対照的に、蠍は全く動じることなく俺の前に何かのオブジェのように見える巨大な赤い石を置いた。そのまま店の奥に入ると、奥に隠してあった不死鳥の卵の殻を掴み、どこかへと消えていった。
「……まいどお。巣にでもすんのかあ? つかこれ売れっかな……」
海老を噛みながら、俺はギラギラと輝く赤い石を小突いた。小突いた感触は宝石とよく似ているが、ここまで大きなものは見たことがない。そもそもこれは宝石なのだろうか?
俺は頭を掻いて、知り合いの宝石商へと持って行くことを決めた。物珍しいもの好きのあいつなら「蠍が持ってきた」の一言で高く買い取ってくれるかもしれない。
やけに重い赤い石を店の裏に隠し、カウンターへと戻ってくると、午前中に売ったばかりだという魂がガラス容器の前で漂っていた。
「半日も持たなかったか……」
容器の蓋を開けると、魂は大人しく容器の中へと入って行った。また、自分の記憶も体も見つからなかったのだろうか。
「難儀だなあ、てめえも」
ガラス容器を小突くと、返事でもするように魂はくるりと回転した。
――――
ぷつん、という音とともに“OPEN”のネオン管の光が切れた。いつの間にか鍋はなくなっており、代わりに赤い宝石ががらくたの上に乗っかっていた。青っぽい何かは、わたしを見定めるかのようにじっとこちらを見つめていた。
夜明けの書斎 三上クコ @mikami_kuko
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