第49話 地平天成
仮面の騎士の登場から、世界は一変した。
その存在が現実として突きつけられたことで人々の間にはさまざまな感情が渦巻いた。
真司のクーデターの記憶は未だ生々しく残り、 能力者=危険分子というレッテルが貼られ始めた。
ニュースでは、過去に解決されなかった奇怪な未解決事件に対し、
「犯人は能力者だったのでは」という憶測すら流れた。
「彼らは普通の人間ではない」
「だからこそ、監視と管理が必要なのだ」
――そんな声が強まる一方で、
「能力者と共に歩むことで、命が救われる場面もある」
「災害時、戦争時、彼らの力は社会にとって必要不可欠になるはずだ」
――という、共生を訴える声も世界中で広がっていった。
そして、日本政府が能力者を秘密裏に拘束し、非人道的な実験を繰り返していた映像が広まると、日本国内外から強い批判が巻き起こった。
各国は日本を非難し、次々と『能力者人権宣言』を行った。
もちろん、その裏で、それぞれの国が能力者を秘密裏に隔離し、研究・利用していた事実を、巧みに隠したまま。
欺瞞と理想が交差するなか、けれども蓮たちは行動し、情報を発信し続けた。
そして、その行動が報われ、3か月後――
アメリカ・ニューヨーク、国際連合本部。
報道陣がフラッシュをたく無数のカメラの前、壇上には黒い仮面の男と、国際連合事務総長が並んで立っていた。
仮面の十字は、今も紫に淡く光っていた。
「――私たちは共に歩みます」
事務総長のその言葉と共に、仮面の騎士――蓮は、その手を差し出した。
世界が見守るなか、二人は固く握手を交わした。
そして、歴史に刻まれる発表がなされた。
国際能力者人権宣言――
すべての能力者に、非能力者と同等の自由と尊厳を保障するという新たな国際憲章。
それは、ただの理念ではなく、新たな世界秩序の象徴となった。
続いて、国連は次なる発表を行った。
『国際能力者機関(I.A.O.)』の設立――
能力者の保護、支援、訓練、調整を担う国際組織。
そして、その初代代表には、励磁美穂が任命された。
さらに、その本部は、驚くことに、日本に設置されることとなった。
時は少し流れ――日本・東京、I.A.O.本部ビル
最上階の事務局長室。
白いスーツを身にまとい、椅子にふんぞり返っていた美穂は、にっこりと微笑んだ。
「ついに――国際連合に返り咲いたわ!」
その隣で、ソファに腰かけた士郎が、半分あきれたように笑いながら言った。
「今までと、メンバーはなにも変わらないがね。君が少し偉くなっただけだ」
「違うわよ。これからは有能な能力者たちを世界中からかき集めて、もっと大きな、ちゃんとした“組織”にしていくわ!」
美穂の声には、野心と情熱、そして未来への確信が宿っていた。
そのやりとりを聞きながら、蓮は思わず微笑んだ。
かつて、ただの高校生だったのに、禁欲して、能力に目覚めて、そして今や世界の中枢に立っている。それが不思議でならなかった。
あの日、みんなの前で交わした約束――
「能力者と非能力者が手を取り合う世界を」
それは今、確かに一歩を踏み出していた。
それから、少し会議をして、会議後の雑談をして、ふと蓮が時計を見ると、もう夕方少し過ぎ、日が沈み始める頃になっていた。
「じゃあ、俺は、明日の学校の準備があるから――そろそろ帰ります」
蓮は、立ち上がりながら背筋を伸ばした。
夕暮れの光が差し込む部屋には、ほんのりと暖かな空気が漂っていた。
「おう、勉強、わからないところがあったら、いつでも聞けよ」
そう言ったのは、ソファに肘をかけて座っていた秀一だった。
彼の声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
蓮は小さく笑い、「ありがとうございます」と深く頭を下げた。
そして、ふと思い出したように、蓮は鞄の中をごそごそと探った。
しばらくして、静かに取り出されたのは――一枚の写真が入った写真立てだった。
その写真には、蓮と真司、二人の少年が映っていた。
並んで笑う二人の姿は、無垢で、眩しくて、
もう二度と戻らない時間の象徴だった。
蓮は、しばらくその写真を見つめた。
その瞳には、懐かしさと痛み、そして決意が宿っていた。
やがて、机の引き出しを静かに開け、その中に写真をそっと入れた。
カチャリ、と鍵が回る音が響いた。
蓮は振り返り、そこにいた秀一、美穂、士郎の顔を見渡した。
「――いってきます」
蓮の言葉に、誰もが微笑みを返した。
夕日が差し込む窓の向こう、机に置かれた教科書の端に、その光が優しく触れていた。
そっと吹いた暖かな風が、静かに彼の背中を押していた。
【完結】禁欲したら異能者に Arare @arare252
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