第48話 和平宣言
白く光る病院の玄関を、蓮はゆっくりと母と共に歩み出た。
少し肌寒い風が吹いたが、それはどこか心地よく、新しい始まりを告げる風のようにも感じられた。
蓮たちが病院の玄関を出ると、病院のロータリーに、黒く重厚なSUVが滑り込んできた。
エンジンが止まり、運転席の窓が静かに開いた。
中から、あの飄々とした笑みを浮かべた秀一が顔を覗かせた。
「よう、迎えに来たぜ」
蓮は思わず笑みを浮かべ、「ありがとうございます」と頭を下げた。
母も隣で微笑みながら、小さく会釈をし、二人は車に乗り込んだ。
車内には、既に士郎と美穂の姿があった。
わずか一週間ほどのはずが、すでに懐かしいと感じる顔ぶれに、蓮の胸が熱くなった。
「皆さん、無事でよかったです!」
と蓮が言うと、美穂も安心したように頷いた。
けれど、美穂は少しだけ心配そうな表情も浮かべていた。
「もう、最中くんは……大丈夫なの?」
柔らかく、優しい問いかけ。
蓮は真っ直ぐにうなずき、
「はい、覚悟は決めました」
と答えた。その瞳に迷いはなかった。
士郎が笑いながら声をあげた。
「よし! そしたらさっさと一仕事終えて、歓迎会でもしましょうか」
車内に穏やかな笑いが広がった。
車は郊外の荒野へと向かっていった。
道中、車内では他愛ない会話が続いた。
母も自然に皆の輪に溶け込み、蓮はその光景を見て、なんだか微笑ましい気持ちになった。
やがて、目的地に到着し、皆で車を降りた。
風が乾いた草を揺らす広大な土地に、撮影用の機材が運ばれ、三脚にカメラが設置された。
士郎が蓮に歩み寄り、ひとつの仮面を差し出した。
艶のある黒の仮面。
額の中央には、細い十字架が紫に光っていた。
その輝きは、不思議と荘厳で、どこか静かな力強さを宿していた。
「これを、おまえに。抑止の象徴として、な」
蓮は黙ってそれを受け取り、両手でそっと顔に当て、装着した。
風がマントを揺らし、彼のシルエットを一層引き立てた。
「おお、似合ってるよ」
士郎が感嘆の声を漏らした。
蓮は、静かに「ありがとうございます」とだけ言い、
そのまま、士郎に背を向けて歩き出した。
紫の十字架が光る仮面、そして黒いマントが、
夕陽を背に、風に舞った。
あの背中には、もはや迷いはなかった。
能力者を守る“抑止の象徴”――
仮面の騎士としての威厳と、決意が、しっかりと刻まれていた。
その夜、撮影された映像は、世界最大の動画配信サイトにアップロードされた。
それは単なる映像ではなかった。
革命の始まりであり、暴かれた真実の記録だった。
映像は荒野の風景から始まった。
そして、カメラが捉えたのは、一人の男。
黒い仮面に、紫に光る十字架――
風になびく漆黒のマントを背に、ゆっくりと歩み出す姿。
静寂を切り裂いたのは、雷鳴。
男――“仮面の騎士”が、片腕を高く掲げると、その指先から雷光が走った。
空が割れ、天地を震わせる雷が、大地に落ちた。
――それは、まさに神の裁きにも似た光景だった。
その姿を見た世界中の人々は、
ただの都市伝説とされていた“能力者”という存在が、現実であることを思い知らされた。
そして、映像は次の場面へと切り替わった。
そこに映っていたのは、日本政府の裏で動く秘密組織の実態。
暗い施設、無機質な部屋の中、能力者たちが拘束され、数々の非人道的な実験、監禁、拷問を受けていた記録――
その映像は編集されたものではなかった。
一切の脚色もない、生の記録だった。
恐怖と怒りが、見る者の心を焼いた。
何よりも衝撃的だったのは、そこに若者や子供の姿すらあったことだった。
世界は沈黙し、次に騒然となった。
そして、最後に――仮面の騎士が、映像の中で、口を開いた。
「能力者を迫害する者は、例え世界政府であっても――容赦しない」
仮面の奥の瞳は見えない。
だが、その声には、熱があった。
「我々は戦いを望んでいない。
能力者と、非能力者が手を取り合い、
ともに暮らす平和な世界を望んでいる。
だがその平和が脅かされるのなら――
我々は、立ち上がる」
その動画は、投稿からわずか三時間で全世界のトレンドを席巻した。
拡散され、翻訳され、ニュースで報じられ、議会で取り上げられた。
誰もが問い始めた。
“これは、何なのか?”
“この世界に、何が起ころうとしているのか?”
そして、その中心にいたのは――
黒の仮面をまとい、雷を放った、ひとりの青年だった。
その名を、誰も知らない。
けれども、確実に世界は変わり始めた。
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