サラリーマンと月夜の蛍

フィステリアタナカ

サラリーマンと月夜の蛍

「ダリぃ」


 繫華街から少し離れた場所で俺は気分転換に煙草タバコを吸っていた。とにかく仕事がだるい。別に何がしたいわけでもなく、学生時代も惰性で過ごしてきて「彼女にもフラれたし別にこんな人生もういっか」と何気なくスマホを操作していた。


(どんな奴らが人生諦めているんかな)


 自殺希望者募集のサイトを覗くと、気になる一つの書き込みがあった。「一緒に死んでくれる人いませんか?」文章の感じからおそらく中高生の女の子だろう。「最期にコイツと一発ヤッてから死ぬのもアリか」と、その書き込みに対する返信を書いた。


「俺もそうだ。どこで待ち合わせする?」


 二本目の煙草を吸い終え、返信があったかどうかを確認すると、あった。どうやら、今いる最寄りの駅から二駅ほど離れた駅なら大丈夫らしく、今度は待ち合わせ時間を決めた。日時は明日の夕方。


 翌日、会社に適当な理由を付けて休み、レンタカーを借りに行く。一日分の料金を前払いし、ホームセンターへ。必要な道具を揃えた後、彼女を迎えに行った。


 夕方、約束していた駅に到着。それらしき人物を探していると、目印となる服を着て俯いている少女がいた。俺は彼女へ近づき声をかける。


「よう。ネットに書き込んだのはお前か?」


 そう訊くと、彼女はコクリと頷いた。その姿を見て俺は「こいつ死ぬの怖いんだな」とどこか不自然な動きの彼女を車へと案内した。彼女を車に乗せるとき、彼女の顔をまじまじと見る。「ウソだろ、こんなカワイイ子が何で?」疑問を持つと同時に「最期にコイツとヤレんのラッキーだな」と少しだけ興奮を覚えた。そんな彼女が置かれている状況はどんな感じなのか、知らなくてもいいことを知りたくなった。


「どこへ行くんですか?」

「山だな」


 未来ある若者がそんな風に思うのには余程の理由があるのだろう。彼女に訊いた。


「何で死にたいんだ?」


 彼女は黙っている。


「俺から見ると、本気で死にたいようには思えないんだけどな。理由あるんだろ?」


 俺は思った。コイツは本当は死にたくない、逃げたいだけだと。自分一人じゃ死ぬ勇気が無いから、ネットに書き込んだと。


「話してみろよ。どうせ死ぬんだし隠すこと無いだろ?」


 少し待つと彼女は話し始めた。


「学校でも家でも頑張っているのにママもパパももっと頑張れって」

「ふーん」

「どんなに頑張っても褒めてくれない。あたしここにいる意味ないって」

「そうか?」

「勉強しなきゃいけなくて、友達と遊ぶ時間も無い」

「ほう」

「もういいんです。無理なんです」


 要するにアレだ。教育熱心な両親に応えるために今まで頑張ってきたと。友達との時間を犠牲にしてまで頑張った事を認めてくれない。コイツの両親バカなんか? 自分達の希望だけ押し付けて、子育てごっこをしてコイツを苦しめているとは。俺は彼女を手籠めにすることなど吹き飛んで、コイツの為に何とかしてやりたいと思った。


「おっ――左、見ろよ。綺麗だぞ」


 川沿いに何か光るものが散り散りと動いている。蛍か? 俺はそれを確かめるべく、車を近くまで寄せることにした。


「降りろよ」


 どうやら彼女はここで死ぬんだと思っている様だ。そんな彼女を引き連れ川へと向かう。


「おお、綺麗だな。これ蛍だぞ、ラッキーだな」


 蛍から目をそらすと、川の水面には満月が揺らぎ映し出されていて、非日常的な空間に囲まれているのを感じた。


「知ってるか? 蛍って一週間くらいしか生きられないんだぞ。その一週間で懸命に光っているんだよ。自分が死ぬことがわかっていても諦めずにな」


 彼女は初めて俺の顔をまっすぐに見る。そしてその瞳には迷いがあった。


「お前、ホントは死にたくないんだろ? 両親に認めて欲しいだけだろ?」


 彼女は泣き出した。月明りと蛍の光に照らされた彼女の顔は美しく、誰かが守る必要があると感じた。


「はいはい、止め止め。家に帰るぞ、送ってやる」


 彼女は泣きながら驚いている。


「早く車に乗れ」


 立ちすくんでいた彼女に車に乗るよう促し、俺は運転席に座った。


「シートベルト締めろよ。あと家に連絡しとけ」


 ◆


 時折満月を見ては車を走らせ、夜遅く無事に彼女を家まで送り届ける。俺は車から降りて、両親をここに呼べと彼女に伝えた。彼女は電話をかける。


「俺から事情を説明するから」


 両親とおぼしきヤツらが姿を現す。ヤツらが怒っているように見えたので俺は怒鳴った。


「てめぇら、コイツをどれだけ追い詰めていたのか、わかってんのか! 自殺しようとしてたんだぞ! お前らにとってそんなに勉強が大事なのか! グダグダねちっこくプレッシャーかけるから死のうって考えてたんだぞ! 親失格だろ!」


「止めてください! ママとパパは悪くありません!」


「――ということだ。あとは知らん、勝手にやってろ」


 オレは暴言を吐き、車に乗り込みエンジンをかける。バックミラーに映ったお辞儀をしている少女の姿を見て「負けんなよ」とオレは呟いた。車中に一匹の蛍が紛れ込んでいたのを見て「オレも頑張るか」と。

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