【短編】忘却の書架

―とある図書館利用者の手記より―


***


図書館が好きだ。

静かで、無駄な音がなくて、誰も話しかけてこない。

平日昼間の図書館なんて、老人か学生くらいしかいないから、なおさら落ち着く。


今日も、僕はいつものように“あの席”に座るつもりだった。

2階の窓際、書架C-17のすぐ横──


だが。


そこには、誰も座っていないはずのイスが一脚、背もたれごと傾いていた。


まるで、

「ついさっきまで誰かがそこにいた」

──そんな空気だけが残っている。


おかしいな。誰かいるのか? と思って書架を見る。


その瞬間、ひときわ古びた装丁の本が目に入った。


> 『図書館記録者 柊 静』




タイトルに記録者の名前が入っている? 作者名も記されていない。

貸し出し履歴もゼロ、検索システムにもヒットしない。


(こんな本、あっただろうか)


恐る恐るページをめくる。

けれど、中身はすべて白紙だった。


……と思ったのに、次の瞬間。


一文字ずつ、“何かが書かれはじめた”。


 ──ここに、ひとつの存在を記す。


あまりの不気味さに、僕は本を閉じ、書架に戻した。


が、次の日も、その本は同じ場所にあった。

どんなに遠くに移動させても、誰かがまた“C-17”に戻している。


いや、誰かが──じゃない。


その本自身が、“そこ”に戻ってくるのだ。


僕は怖くなって、あの席には近づかなくなった。

でも、ときどき誰かの気配がする。


ページをめくる音。

机に何かを記す音。

人の気配がしない図書館の片隅で、記録だけが続いている。


そんな気がして、ならない。


***


【備考】

この本は当館の所蔵データに存在しないため、近日中に館内整理の対象といたします。

職員までお知らせください。


──中央市立図書館



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図書館記録者 柊 静 ロロ @loolo

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