第十話:図書館の外

世界は、本である。

だがページを閉じるのは、物語の中の誰かではない。





図書館の地下書庫。

“職員以外立ち入り禁止”の扉を超えた奥には、存在しないはずの階段があった。


静は知っていた。

ここが、すべての“記録されなかったもの”が落ちていく場所──“図書館の外”。


足を踏み入れた先にあったのは、“図書館”そのものの原型。

書架ではなく、記憶の断片が浮かぶ無数の光の粒子が、空間に漂っていた。


そこに、零崎 弦が待っていた。


「君はまだ“本当の役目”を知らないようだね」


「……記録者になること。それは“物語を残すこと”では?」


「違う。記録者とは、物語を消すことができる者だ」


静は息を呑む。


「存在は、“忘れられた瞬間”に完全に消える。

逆に、書き残せば、どんなものでも“再び生きる”」


「なら……私は、何を記すべきなんですか」


零崎は静かに本を差し出した。


《最後の頁》


その紙は、完全に白かった。


「このページに何を書くかで、“この図書館”も、“この世界”も終わるか続くかが決まる。

だが──一つだけ、忘れてはいけない。

記録者が物語を書き終えるとき、自らの記憶は失われる」


静は本を開き、ペンを握る。


迷いのない手で、そこにたった一文だけを記した。


> 「ここに記す──柊 静は、“忘れられた物語”を、誰よりも愛していた」




光が溢れ、記憶が薄れていく中、静は最後に本のページをそっと閉じた。


それが、“図書館”という物語の最後の一文だった。



──そして数年後。

図書館の片隅に、貸し出し履歴のない一冊の本がある。


タイトルは、こう記されていた。


『図書館記録者 柊 静』


けれども、その本を開いた者はいない。

誰も、彼女のことを覚えていないから。


それでもページは、今日もそっと──物語を待っている。



---


【完】



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