第十話:図書館の外
世界は、本である。
だがページを閉じるのは、物語の中の誰かではない。
*
図書館の地下書庫。
“職員以外立ち入り禁止”の扉を超えた奥には、存在しないはずの階段があった。
静は知っていた。
ここが、すべての“記録されなかったもの”が落ちていく場所──“図書館の外”。
足を踏み入れた先にあったのは、“図書館”そのものの原型。
書架ではなく、記憶の断片が浮かぶ無数の光の粒子が、空間に漂っていた。
そこに、零崎 弦が待っていた。
「君はまだ“本当の役目”を知らないようだね」
「……記録者になること。それは“物語を残すこと”では?」
「違う。記録者とは、物語を消すことができる者だ」
静は息を呑む。
「存在は、“忘れられた瞬間”に完全に消える。
逆に、書き残せば、どんなものでも“再び生きる”」
「なら……私は、何を記すべきなんですか」
零崎は静かに本を差し出した。
《最後の頁》
その紙は、完全に白かった。
「このページに何を書くかで、“この図書館”も、“この世界”も終わるか続くかが決まる。
だが──一つだけ、忘れてはいけない。
記録者が物語を書き終えるとき、自らの記憶は失われる」
静は本を開き、ペンを握る。
迷いのない手で、そこにたった一文だけを記した。
> 「ここに記す──柊 静は、“忘れられた物語”を、誰よりも愛していた」
光が溢れ、記憶が薄れていく中、静は最後に本のページをそっと閉じた。
それが、“図書館”という物語の最後の一文だった。
*
──そして数年後。
図書館の片隅に、貸し出し履歴のない一冊の本がある。
タイトルは、こう記されていた。
『図書館記録者 柊 静』
けれども、その本を開いた者はいない。
誰も、彼女のことを覚えていないから。
それでもページは、今日もそっと──物語を待っている。
---
【完】
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