エピローグ リワインド・メモリーズ
夜、自分の部屋で、僕は静かに手帳を開いた。ページをめくる指先が、少しだけ汗ばんでいたのは、今日という一日が、それだけ特別だった証だと思う。
小さなペンで、今日のページに書き込んだのは、たったひとつの言葉。
〈ありがとう〉
それだけで、もう十分だった。言葉があふれて止まらない夜もあったけど、今はこの一語に、すべてが詰まっている気がした。
ありがとう、ミュー。君がくれた言葉も、君が消えるときに託してくれた願いも、ちゃんと僕のなかで生きてる。過去をやり直した先で、本当に選びたかった“今”を見つけられたのは、君のおかげだ。
ありがとう、柚月。君の声に、何度も救われた。同じ時間を過ごし、同じ景色を見て、同じメロディを奏でられたことが、本当に嬉しかった。
ありがとう、佐倉涼。言葉少なだったけど、君が残してくれたメモやフレーズが、僕を導いてくれたあの夜のセッションは、今も僕の宝物だ。
ありがとう、おじいちゃん。古いラジオから流れてきたメロディを、一緒に聴いたあの夕暮れ。「音楽は、記憶を超えるんだ」と話してくれたあなたの言葉が、ずっと僕の背中を押してくれている。
そしてありがとう、あの頃の“迷っていた僕”へ。何度も立ち止まり、悔やみ、逃げようとしていたけれど、ちゃんと前を向いてここまで来られた弱さを抱えたままでも、大切なものを守れるって、ようやく気づけたんだ。
気づけば、手帳のページは音で綴る記憶のようになっていた。音符や歌詞の断片、誰かの言葉、そして小さな想いの記録たち。
もう、過去に戻らなくてもいい。無理にやり直さなくても、未来はちゃんと続いていく。今というこの場所で、僕は僕のままで、僕自身を奏でていけばいい。
窓の外では、夏の気配が少しずつ街を包んでいた。昼間よりも穏やかな風が、そっと部屋のなかへ吹き込む。その風が、部屋の片隅に立てかけたギターの弦をかすかに震わせたような気がして
僕は小さく笑った。
きっと、ミューのイタズラかもしれない。あるいは、未来の誰かが送ってきた合図なのかもしれない。どちらにしても、それは“始まりの音”だった。
さあ、次の曲へ行こう。
まだ見ぬ未来に、僕の音を響かせるために。たったひとつの音からでもいい。それが誰かに届くまで、僕はきっと、止まらずに奏で続けていけるから。
タイトル:最後に聴く曲
あの日 しまい込んだ メロディ
まだ 胸の奥で 鳴り止まない
届かなかった 言葉たちが
春の風に そっと揺れてる
君と過ごした あの
何度 巻き戻しても
きっと 同じ場所で 立ち尽くす
あの頃の僕じゃ 変えられない
最後に聴く曲は 君と重ねた日々
もう戻れなくても 意味は消えないから
忘れないよ 震えた声も
二人で奏でた 記憶の音
未来へと つながっている
窓辺に残る 手帳の隅
にじんだ文字が 笑っていた
「ここにいる」って 誰かが言う
静かな鼓動 確かめるように
選んできた 痛みの数も
今は 僕の一部で
過去と未来が 溶け合った
その
最後に聴く曲は 僕を変えた音
もう泣かなくていいよ 君が教えてくれた
大切なのは 失わないことじゃない
心が覚えてる その声が
これからを 照らしていく
もし もう一度だけ 会えるのなら
「ありがとう」を 伝えたい
でも たとえ叶わなくても
君がいた この奇跡を 抱きしめて
最後に聴く曲は 終わりじゃなくて
始まりの音だと 今ならわかる
一人じゃないと知った この場所から
新しい僕を 始めるよ
この声が 届くように
リワインド・メモリーズ ― 音楽と記憶がつなぐ、青春のリスタート ― あると @alto-ayame88
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
カクヨム一括ダウンロードの方法/脚立
★79 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます