クモのイト
香久山 ゆみ
クモのイト
クモはひとりぼっちでした。
毎日身の回りをきれいにするし、こしこし顔も洗います。一生懸命よい子にしているのに、だあれも近づいてきてくれません。とってもかなしい。
どうしてだろう。
クモは考えました。
アタシが醜いからかもしれない。ほかの虫たちは足が六本なのに、クモは八本も足があるのです。
そうだ、姿を隠して歌ってみてはどうだろうか。春、ヒバリのさえずりが聞こえると、虫たちはみんな草花の上に顔を出してうっとりと聞き入るのです。じつはクモも歌には自信があります。歌を聴いてもらって、それからお話に耳を傾けてもらえば、アタシがよい子だって、きっとみんなに伝わるはず。
クモは葉陰に隠れます。クモに気付かない虫たちが近くに何匹か寄ってきます。
よしっ。
クモは小さく息を吸い込んでから、精一杯大きな声で歌いました。
――ザ、ザスザスザス~……。
きゃあ! ひどい鳴き声に、集まった虫たちはクモノコを散らすように逃げていきました。
クモはひとりぼっち。
かなしい。アタシは姿だけではなく、歌声までも醜いのだわ。ふだん誰とも話さないクモののどは美しい音を出すことをすっかり忘れてしまっていました。
とってもかなしい。かなしいと、お腹も空くのね。グーと鳴ったお腹の音は、かすれた歌声よりも断然はっきりしてて、いっそう情けない思いがしました。
クモは葉っぱの上でぽつんとひとりぼっちで過ごします。
ひとりぼっちでなあんにもすることがないので、夢を見ます。それはとてもしあわせな夢でした。夢の中ではひとりぼっちじゃないのです。
小さなしあわせをとりこぼさないように、クモははき出す白い糸にそれらの物語を紡ぎました。書いても書いても物語は溢れてきました。クモはひとり静かに紡ぎ続けました。
細い物語の糸は、ふわりと風に乗って、遠くまで飛んでいきます。
どこか遠くで、物語の糸に気付いた虫が、それを手に取りました。読んでみると、なかなか素敵な物語じゃないかと思いました。
そうして物語のお礼に、糸の端に小さな花を結びました。それはまた風に乗って、クモのもとに帰ってきました。
小さな花を見たクモは喜びました。
ああ! 姿が醜くても、声が醜くても、物語は心の美しさを伝えてくれるのだわ!
クモは夢中で物語を紡ぎます。
いつかアタシにも素敵なお友だちができるのだと信じて。
しかし、待ちかねた日はなかなか来ません。
何匹かの虫は、糸を辿ってその物語の作者を訪ねようとしました。けれど、みんな近くまで来ては引き返していきました。
――あんな醜いクモが、あのような素敵な物語を紡ぐはずがない!
――いや、そういえば、この物語だってそれほど大したものではない気がしてきたぞ。
そうして誰ひとりクモのお友だちになってくれる虫はいませんでした。せっかく物語を読んでくれた虫も、また少しずつ減っていきました。
クモはひとりぼっち。とってもさびしい。
高い枝の上にひとりでちょこんと座り、クモは天を仰ぎました。
青い空に、白い雲がぷかりと浮かんでいました。
ぷかぷか自由に漂う小さな雲は、風に流れて、ほかの大きな雲に近づき、そのままくっついて仲間になりました。
「雲」と「
クモはしくしく泣きました。
――ボエボエボエ~。変な鳴き声を上げながら泣きました。
今までずっと泣くのもがまんしていたのです。ひとたび涙がこぼれると、次から次から溢れて止まりませんでした。
ひとしきり泣いて、ようやく泣きやみました。
せめて、ひとりぼっちでも、あの雲みたいに自由に生きよう。たくさん泣いたら、お腹も空いた。そう決意して、枝を下りようとしました。
あれっ?!
一歩踏み出そうとしたクモは、ぺたんと転びました。足がうまく動かなかったのです。
足元がべたべたしています。どうやら、クモの涙はまるでのりみたいにべたべたしているようです。
アタシったら、姿や声だけでなく、涙まで醜いのね。
ため息の中、笑いが込み上げてきました。
でも、それがアタシ!
紡いだクモの糸も、すっかりべたべたになっています。
けれど、これなら色んな細工もできそうです。
足が八本もあって小器用なクモは、紡いだ糸を織り込んで、樹々の枝の間に美しい模様を編み出しました。それは、クモの物語と同じくらい美しいものでした。
美しい模様に魅かれて虫たちが寄ってきて、そこに書かれた物語に触れます。
その繊細な糸模様は、クモにしか作れないものです。もう誰もクモの作品ではないと疑うものはありません。
みんな足を止め、逃げるものもありません。
たくさんたくさんの虫たちが来てくれて、クモは大満足でした。
ああ、がんばってよかった! 心もお腹もふくふくと満たされたのでした。
クモのイト 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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