バスケ主将、TSで推され女子に!ガチかわ♡
#00
**あなたは、そこにいますか?**?
#01
[俺]
鏡の中で“俺”がウインクした――まつ毛12ミリ、股間0センチ。
バスケ部主将は、一晩で“天使”に改装されていた。
それも、見た男の“女の理想像”を全部詰め込んだタイプの
細すぎる指が、勝手にリップを塗っていく。
「やば……動きが自然すぎる」
昨日まで、筋トレ命の男子高校生。
全校腕相撲で全勝してたこの腕が、
今はスカートを押さえて、脚を閉じて座ってる。
喉が細くて、声も軽い。
脚の内側が擦れて、不快なのに――
動きだけが“女の子の朝”を完璧にこなしていく。
見知らぬ女が俺におはよう、しらゆりちゃんと言った。
母のようだ。
[わたし]
リボンを結んで、笑った。
「今日も、かわいくなきゃね♡」
……ちがう。
これは俺じゃない。けど、止まらなかった。
#02
[俺]
校門の前で足が止まった。
制服の裾が脚に触れるたび、「これは俺じゃない」と脳が拒絶する。
「おはよ、しらゆりちゃん!」
「今日も天使〜!」
――誰だよ、それ。
“しらゆり”。
スマホにも、出席簿にも、確かにあった名前。
でも、それは……**俺の名前じゃない**。
俺を“しらゆり”と呼ぶ声が、周囲に満ちていく。
そのたびに、俺が一歩ずつ“外”に押し出されていく音がした。
[わたし]
笑った。反射的に「おはよう」と返していた。
演技のつもりだった。でも――完璧すぎた。
自分でもドン引きするレベルで、“女の子”してた。
[俺]
やめろ。
俺の名前を、俺の顔で名乗るな。
俺の声で、俺じゃない日常を続けるな。
……でも、声は出なかった。
体はもう、“しらゆり”の動きしか覚えてなかった。
#03
[俺]
スマホが震えた。
通知が5件、全部LINE。
『しらゆり♥ 今日の動画、マジ天使』
『最後のウインク、反則』
『次は俺だけに撮ってほしいな〜笑』
――誰だよ、お前。
トーク履歴を開いた。
アイコンが♡で埋まってる。
“しらゆり”の返信もある。
俺の知らない言葉で、俺の名前を呼んでいた。
『悠真くんにだけ、特別に見せちゃおっかな〜♥』
[俺]
心臓が凍った。
悠真。
それ、**俺の名前だ。**
震える指で、アルバムを開いた。
自分がいた。
だけど、少しだけ背が高い。髪型も違う。
未来の俺――のようで、俺じゃない。
理解が追いつかない。
転生じゃない。これは――**転写だ。**
[俺]
通知がまた光った。
旧アカウントからだった。
“悠真@バスケ部3年”。
そのアカが、しらゆりの動画をRTしてた。
――**俺が、俺を広めてる。**
動画が10万再生。♡2.6万。
コメント欄は「天使!」「推せる」「恋した」。
[俺]
吐き気がした。でも、
指は止まらなかった。
……見られてる。
……称賛されてる。
ゾワッとした。
背中に、甘い熱が走った。
「きもちわる……」
そのままトイレに駆け込んだ。
何も出なかったのに、吐いた。
涙も出なかったのに、目だけ熱かった。
なのに。
俺の親指が、また動画をRTしていた。
笑ってる俺。
リップを塗る俺。
“俺”じゃないけど、“俺”の体で。
[わたし]
夢で踊ってた。
起きたら自撮りしてた。
盛れてた。
ちょっと、うれしかった。
#04
[俺]
帰り道。ロータリーの手前。
聞き覚えのある声が、後ろから届いた。
「ねぇ、“あの動画の子”だよね?」
「マジ、天使だったんだけど~」
笑い声とともに、スマホのシャッター音。
画面越しに、自分のスカートがズームされてた。
――また、晒されてる。
今度はリアルで。
スマホを持つ手が震えた。
振り返る勇気もなかった。
[俺]
その直後。
肩を掴まれた。
「おい、気をつけろよ」
そう言おうとした声は、
高くて軽くて、全然届かなかった。
「……動画よりカワイイじゃん」
男の顔が、にやけていた。
制服のリボンを掴まれて、息が詰まった。
「なに“俺”って。女のくせに」
逃げたかった。
でも、女の身体じゃ、全然動けなかった。
足を振り上げようとしたけど、力が入らなかった。
「ふざけんな。俺は──」
――“俺”が通じる場所じゃなかった。
[わたし]
押し倒されて、制服の裾がめくれた。
スカートを抑えるのがやっとだった。
「素直にしとけって。女らしく、な?」
その言葉が、一番、刺さった。
人気のない場所に連れて行かれ、
男から解放されたのは数時間後だった。
──その間、スマホのライトがずっと点いていた。
「♡伸びてる」「もっと顔映して」って、声が飛んでた。
[俺]
俺の体は女だった。
男の指先が、女の肌を“当たり前”に撫でた。
その瞬間、「俺」は—男に“女の肉”として登録された。
[俺]
帰ってから、鏡を見た。
涙は出なかった。
リボンをほどいて、制服を畳んだ。
ただ、もう男でいつづける自信がなくなっていた。
[わたし]
自然に、スカートのしわを伸ばしてた。
そうしないと、なにも保てなかった。
次の朝も、メイクは完璧だった。
口が勝手に言った。
「……今日も、かわいくなきゃダメなんだよね」
それは、“俺”の言葉じゃなかった。
でも、否定できなかった。
#05
[わたし]
朝、鏡の前で髪を巻いた。
昨日より濃いリップを選んだ。
晴れた日の光に、ちゃんと映えるやつ。
――考えて選んだわけじゃない。
でも、全部間違ってなかった。
窓に映った顔に、「盛れてるな」って思った。
ちょっとだけ、胸が温かくなった。
[俺]
……俺が、そんなこと思うなんて。
[わたし]
授業中に当てられたときも、「はい」って自然に答えられた。
声のトーンも、笑顔も、完璧だった。
ノートの筆跡が、“しらゆり”の字になってた。
丸くて、柔らかい。見覚えはないけど、しっくりきた。
昼休み、友達に「撮ろ〜」って言われて。
首を傾けて、足をクロスして、口元だけ笑った。
「やった〜」って返す自分の声に、違和感はなかった。
[俺]
全部、自然すぎて怖い。
“俺”の思考が、反射の中に沈んでいく。
[わたし]
夜、自分の声を録音してみた。
普通だった。“いつもの私”の声だった。
スマホの画面に映った顔が、ふと笑った。
……かわいいじゃん。
[悠真]
最初は、“違和感”だった。
転校初日、あの子――しらゆりが、
笑顔のまま一礼して「よろしくお願いします」って言ったとき。
仕草が完璧すぎて、逆に浮いてた。
カンペ読んでるみたいな声。
でも、その一瞬だけ、目が泳いだ。
……不安そうで、
なのに笑顔だけ、完璧だった。
そこから、気づいたら目で追ってた。
しらゆりは、いつも“正解”の角度を探してた。
写真撮るときも、歩くときも、喋るときも。
誰かに「かわいい」って言われると、0.5秒で返す。
「ありがとう〜♡」って。
タイミングも声のトーンも、毎回ピッタリ。
なのに、俺がふざけてからかうと、
一瞬だけ、リアクションが遅れる。
そこだけ“ズレてる”のが、なんか可愛かった。
……いや、違うな。
“守られてない”瞬間だった。
それが、可愛かった。
“作られた可愛さ”じゃなくて、
“揺れてる可愛さ”。
あの子、いつも誰かに見られてるのを意識してる。
だからこそ、
俺にだけは――
「そのままでいてほしい」って、
思ったんだ。
#06
[わたし]
悠真が笑ってた。
あの、見慣れた笑い方。
こっちを見てた時と同じ、やさしい目。
でも、その向かいには、知らない女子がいた。
前髪を巻いて、唇にツヤを乗せてて、声も高い。
友達に「どうしたの?」って聞かれるまで、
自分が睨んでたことに気づかなかった。
「……なんでもないよ」
胸の奥がざわついてた。
なんで、あの子と話してたの?
私の時には、そんな顔しないのに。
[俺]
いや、待て。
“私”って、何だ。
俺だっただろ。アイツと俺、同じ名前だったはずだろ。
……なのに、“しらゆり”と呼ばれるたびに、
胸がちょっとだけ温かくなる。
気持ち悪いって、
思えなくなってきてる。
[俺]
放課後、体育館の裏にまわった。
誰もいない倉庫の前。中に入って、息を飲んだ。
そこにあったのは、バスケ部の古いユニフォーム。
俺が、着ていたやつ。
汗と埃の混じったにおいが、鼻を突いた。
[わたし]
でも――甘かった。
そのにおいが、嫌じゃなかった。
むしろ、くるっと回って、
少しだけ、うれしかった。
[俺]
やめろ。それは、俺のだ。
そのにおいで――発情するな。
俺は、男だ。アイツと同じだったんだ。
[わたし]
でも、どうしてか、涙が出た。
懐かしくて、あたたかくて、
それが“好き”の感情だって、
……理解してしまった。
帰り道。偶然、悠真とすれ違った。
「おつかれ、しらゆり」
それだけだったのに、胸が跳ねた。
家に帰っても、あの笑顔が離れなかった。
名前を呼ばれただけ。
でも、うれしかった。
[わたし]
次の日、友達に聞いた。
「あの子、悠真に告白したんだって」
「へー、そうなんだ」
自然に笑ってた。口が勝手に動いた。
でも、スマホを落としそうになって、
誤魔化すように髪を整えた。
苦しかった。
[俺]
いや、俺はアイツが――
好きなんだ。
俺自身なのに。
おかしいだろ。
でも、止まらなかった。
[わたし/俺]
わたしは俺を好きになった。
#07
[わたし/俺]
悠真が廊下で、誰かと話してた。
ただそれだけで、息が苦しくなった。
「偶然だね」って声をかけようとして、やめた。
でも足が止まらなかった。
教室に戻るフリをして、近づいた。
視界の端に入る距離まで来て、
自分の表情を確認する。
ちゃんと笑えてる。ちゃんと“かわいく”できてる。
なのに、
目が合った瞬間、息が詰まった。
嬉しいのか、怖いのか、わからなかった。
でも、そこに“彼”がいるだけで、
世界が色を持った気がした。
帰り道。
スマホを開いたら、“今日の悠真”が詰まってた。
投稿された写真。
笑ってる。ピースしてる。
知らない女子のタグがついてた。
胸の奥が、ズキズキした。
音が聞こえるんじゃないかってくらい、痛かった。
[悠真]
その夜、スマホを見ながら、ふと息を吐いた。
LINEが十数件、全部しらゆりからだった。
「今日の髪型、気づいた?」
「制服ちょっと変えてみたんだ〜」
「今日の悠真くん、かっこよかった」
通知だけで画面が埋まってて、どこから読めばいいか迷った。
それなのに、返信が1時間遅れただけで
「ごめんね、嫌いになった?」って来てた。
なにが、違うんだろう。
笑顔も、声も、全部“正解”で。
他の子が見たら「理想の彼女」って言うんだろうけど。
でも、最近、視線が重い。
「好き」って言われるたびに、身構えてしまう。
好きなはずなのに。
[わたし/俺]
ノートに書いたのは「すき」と「悠真」だけ。
私の名前を“彼の名字”にしたくて、薬指に合う指輪まで準備してた。
──言ってないだけで、もう私は“妻”だったんだ。
6月9日 入籍に決めた。
悠真は何も言わなかったけど、わたしがそうした。
指輪は7号。もう左手の薬指に合うようになってる。
“悠真 しらゆり”って、今日も練習した。
全部、もう決めた。
悠真が何も言ってなくても関係ない。
わたしが奥さんになるのは、当然だから。
夜、押入れから見つけた。
昔のバスケ部ユニフォーム。洗って、柔軟剤をかけた。
リボンと一緒に、鞄に結んで学校へ行った。
「これ、おまもりなの♡」って、悠真に見せた。
彼は笑ってくれた。
でも目が、少しだけ曇っていた。
#08
放課後。校舎裏。
風が強かった。
悠真に呼び出された。
「ちょっと話せる?」って、急に言われて。
期待してた。
なにか、嬉しいことが起きるって。
プロポーズ、かもって──
思ってた。
でも、目が合った瞬間、
その期待は全部、落ちた。
悠真の目が、笑ってなかった。
「……別れよう」
風が、制服の裾を揺らした。
でも、それより、沈黙が耳に残った。
「もう無理だわ。お前のことが、怖い」
しらゆりは、言葉を探した。
でも、声が出なかった。
「好きだった。でも、今は違う。
“作られた好き”に、俺は殺されそうだった」
そう言って、悠真はゆっくり背を向けた。
何も言えなかった。
しらゆりの中に、なにかが崩れて、止まった。
#09
[わたし/俺]
悠真の背中が、遠ざかっていく。
追いかけられなかった。
足が動かなかった。
「……うそ」
わたしの唇が、やっと音を出した。
「わたし、なにも間違ってない。
全部ちゃんとしてた。
全部、正しかった……よね?」
誰にも聞かれていないのに、答えを探した。
……でも、誰もいなかった。
手が冷たい。
震えてる。
膝が抜けそうだった。
「わたしは、しらゆりで……悠真の――」
そのときだった。
心のどこかが、低くつぶやいた。
『違うだろ』
一瞬だけ、聞こえた。
あの頃の“俺”の声だった。
悠真の声が、頭から消えない。
でも、その声に縛られていたのは、たぶん――
“俺”のほうだった。
捨てられて、傷ついて、ぐちゃぐちゃになったのに。
その奥に、なにかが静かに消えていた。
「……もう、いいや」
わたしは泣かなかった。
ただ、風の中に立っていた。
悠真のことを考えるのをやめたとき、
初めて、“わたし”の中が静かになった。
俺はしらゆり。
#10
[俺/わたし]
今日の配信、バズってた。
ナチュラルメイク講座、♡12.6万。
<チャット>
👤名無しA:リップどこ?リンクちょうだい!
👤推しピ:やば、天使すぎ。目が幸せ
👤バスケの民:ユニフォーム脱いで正解だったね
「ありがと〜♡ リンクは概要に貼ってるよ〜」
ってコメント返してた手元が、ぶれてないのが笑える。
放課後、駅ビルで服見てた。
鏡越しにウエスト細く見える角度、自然にチェックしてた。
「これ、デートで着たら刺さるかな〜♡」
……あ、自分で言って笑った。
でもそのまま試着して、
即インスタ。♡1000超え。
夜、彼とLINEしてた。
『今日もしらゆりに会えて幸せだった』
通知画面にその文字がふわっと出たとき、
寝る前の気分がまるごと変わった。
一緒に寝た夜もあったけど、
それより――
**朝、腕の中にいる**ってだけで、
世界が正しい気がした。
スマホでVlogの再生数チェック。
16万回。
「……あたし天才じゃね?」
って、無意識に口にしてた。
<チャット>
👤コメ欄の民:この声、ガチで癖になる
👤♥:推し確定。沼った
👤悠真推し垢:もう結婚しちゃえよ……
[俺/わたし]
ふと、鏡を見た。
化粧はちょっと落ちてたけど、
目だけキラッとしてて。
「……かわいいじゃん、しらゆり」
そう言った自分の声が、
ぜんぜん“俺”っぽくなかった。
でも、その響きが、
なんかちょうどよかった。
……そう思った時点で、
もう俺じゃなかったんだな。
俺はしらゆり。しらゆりは俺。
明日は、企業案件の撮影がある。
“リアルな女子高生”としての信頼、崩せない。
だから今日も、“私”でいなきゃ。
かわいいの呪いシリーズ 短編集(1話完結) 伏し目るか(記憶喪失のカラス) @fushimeruka
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