整形して最強にかわいくなったら、パパから“もらっちゃった”何かで人生詰んだ件
#0
「ごめん、ちょっと体調悪いかも。って言ったら、
パパ、もう来なくなった。」
整形して、最強にかわいくなった。
でも、生理が2週間こなかった。
かわいいって言われるたび、
お腹の奥が冷たくなる。
そんな話。
--------
「顔面偏差値さえ上がれば、だいたいなんとかなるじゃん?」
「ね、パパ活ってマジ最強。飯食ってバッグ買ってもらって終わり♡」
「てか、うちらの中で整形してないの、つきだけじゃない?」
──そのとき、わたし、まだ“してない”側だった。
一週間後には、違ったけど。
初めて顔を変えた日は、
母が「自然でよかったね」と笑ってくれた。
あの言葉、信じてた。
かわいくなれたら、ちゃんと見てもらえるって。
愛されるって。
選ばれるって。
でも二回目のあと、母は、なにも言わなかった。
「前のほうがよかった」すら言わなかった。
それが、いちばんきつかった。
“かわいくなる”って、どこまで行けば終わるの?
……たぶん、最初から間違ってたのかもしれない。
わたしが、ふと流れてきた“キラキラのビフォーアフター”を見なければ──
#整形垢 のハッシュタグを、何度もタップしなければ。
あの子みたいに、なりたいって、思わなければ。
……でも、思ってしまった。
そうしてわたしは、ひとつずつ、“かわいい”の方へ進んでいった。
#1
昔のわたしは、空気みたいな子だった。
教室の端で、制服をきちんと着て、化粧もしない。
目立たないことだけが、唯一の安心だった。
でも、スマホの中の子たちは違った。
アイラインひとつで「かわいい」が百件。
ブランドバッグ。ホテルランチ。Diorの紙袋。
タグには「#整形垢」「#自分史上最高かわいい」
──わたしは、どこにもいなかった。
画面の中の世界に、憧れた。
キラキラして、楽しそうで、
「それ、全部“かわいい”ってだけで手に入るんだ」って思った。
ある日、ふと流れてきた投稿。
地味な制服姿の“ビフォー”と、別人みたいな“アフター”。
「わたしも、こうなれるかも」
そう思って、検索窓に指を置いた。
『整形 ビフォーアフター』
“かわいい”を手に入れれば、
人生、きっと変えられる。
──そう信じて疑わなかった。
──それが、呪いの入口だった。
光の中に、手を伸ばした瞬間だった。
#2
化粧を覚えた。服を変えた。
気づけば、“かわいい”の枠に、少しずつ近づいてた。
整形も、特別なことじゃなかった。
「やる子は、やってる」──それだけだった。
大学のカースト上位の華蓮が言った。
「つき、かわいくなったね!、最強にかわいいよ。」
「え、ほんとに整形?ナチュラルすぎてびっくり」
「パパ活とか余裕じゃん。てか、いい人、紹介しよっか?」
通知が鳴った。
スマホの画面が、光の粒みたいにきらめいた。
──気づいたら、それが止まらなくなってた。
アプリからもDMからも、メッセージがぽんぽん届く。
スタンプみたいに、「かわいい」「会いたい」「奢るよ」
その全部が、わたしの“顔”にくっついてきた。
バッグを買ってもらったとき、ちょっと笑ってしまった。
ブランド名は覚えてないけど、
「これ、人生でいちばん高いものかも」って思った。
二人目の人は、月をモチーフにしたDiorの時計を選んでくれた。
文字盤がキラキラ反射してて、わたしの手首だけ、急に大人になったみたいだった。
現金ももらった。封筒の中に五万円。
「また会いたいな」って言われて、わたしは頷いた。
その夜、ホテルに行った。
はじめは、かわいくなれたことがうれしかった。
それだけで十分だった。
でも気づいたら、“かわいい”の先で、
わたしは、もっとかわいくなりたいと思った。
かわいければ何でもできると思っていた。
圧倒的な万能感に支配されていた。
あかりとは、最近会っていない。
ちょっと前まで、毎日のように話してたのに。
そういえば最後に会ったとき、
「……かわいくなったね」って、あかりが言った。
でも、その目はぜんぜん笑ってなかった。
気のせいだと思った。
でも、心のどこかが、うずいた。
ふと時計を見た。
時計の文字盤が、ほのかに光って見えた。
月は光らないはずなのに堂々と輝いて見えた。
二回目の整形のあとは母はなにも言わなかった。
うっすら笑ったような、違うような。
鏡も、通知も、
その日は、少しだけ静かだった。
でも──まだ、わたしは“勝ってる”と思ってた。
母がなにも言わなかったこと。
その視線が、少しだけ遠くなっていたこと。
#3
──徐々に、あかりとは少し距離ができた。
教室で話さなくなってから数日。
今日は、どうしても話さなきゃって思った。
あかりは、少しだけ迷っていた。つきに声をかけるまで、
廊下の角で二度立ち止まった。でも今日は、
ちゃんと話そうって決めてきた。
手が震えるのを抑えて、足を踏み出す。あの子はもう、
自分とは違う世界にいる気がして、怖かった。でも、
どうしても伝えたかった。
「……ねえ、つき」
「なに、あかり?」
「……最近、ちょっと話しにくいなって思ってた」
「え?なんで?」
「なんでって……なんか、前みたいに話せなくて」
「前って? あー、地味だった頃のわたし?」
「そうじゃなくて……」
「てか、今のほうがいいでしょ? あかりもメイクすればいいのに」
「……ううん、わたしは……そういうの、得意じゃないから」
「そっか。でも、わたしは今がいちばん楽しいよ」
「……なんで、変わっちゃったの?」
「え、変わったって、いい意味でしょ? かわいくなったんだし」
「うん……そうなんだけど……」
「だよね。前より話しかけられるし、欲しいものも手に入るし」
「……わたしは、あのときのままのあなたが……」
「“冴えないわたし”が恋しいってこと? それって、ちょっと失礼じゃない?」
「……ちがう。そういうんじゃない……」
「だって、今のわたし、最強だもん」
あかりは、それ以上なにも言わなかった。
目を伏せたまま、ほんの一瞬、口元が震えた。
それから、小さく息を吐いて、歩いていった。
残されたわたしは、よくわからないまま、
その背中を見送った。
──あの子は、なにを言いたかったんだろう。
まあ、きっとそのうち、わかってくれると思う。
あかりは、歩きながらそっと目元を拭った。
涙が出そうになった。でも、泣いたら、
もっと遠くにいってしまいそうで
──我慢した。
言えなかった言葉が喉につかえたまま、形にならなかった。
「変わっちゃったね」って、本当は何度も言いたかった。
でも、変わったのは“わたしじゃなくて、あの子なんだ”
って思ってしまった瞬間、胸の奥がひどく冷えて、
足が勝手に遠ざかっていた。
──もう、あの子とは、会わないほうがいいのかもしれない。
#4
スマホを開いて、何度も更新した。でも、通知はひとつも増えなかった。
昨日は三件。一昨日は五件。その前は、十件以上あったのに。今日は、ゼロ。
ただのタイミング? たまたま? そう思いたかった。
でも、時間が経つほど、胸の奥が冷たくなっていく。
月明かりの下で見た時計の文字盤みたいに
──何も、反射しなかった。
登校中、ヒールの音だけがコツコツ響いた。
すれ違う友達は、誰も目を合わせなかった。
むしろ、すこし避けられてるような気がした。
「最近、つきってなんか……顔やばくない?」廊下の角で、
誰かのヒソヒソ声が聞こえた。
目をそらして、足を速める。大丈夫。わたしは大丈夫。
“かわいくなったわたし”なら、きっとまた選ばれる。
そう信じてるのに。
家に帰ると、母がなにも言わなかった。
目が合った気がしたのに、すぐに逸らされた。
あの日と、同じだった。二度目の整形のとき
──沈黙だけが返ってきた、あの瞬間。
わたしは、何かを間違ってるの?
でも、わからない。
誰もなにも、教えてくれないから。
スマホの画面に、何も変化がないまま夜になった。
通知も、呼びかけも、
わたしを映す光も、
今日は、ひとつも来なかった。
#5
朝、鏡を見て、すこしだけ頬が赤くなっていた。ニキビかな、って思って化粧で隠した。でも、昨日より広がってる気がした。
肌がピリついて、乾いてる。薬を塗っても治らない。
画面を開いても、通知はゼロだった。
DMも来ない。
「……今日も?」
そう呟いて、確認したけど、やっぱり何もなかった。
あの人にもメッセージを送ってみた。“いつ空いてますか?”って。
既読はついた。けど、それだけだった。
リップを塗り直して、髪を巻き直して、鏡を見た。でも、目の下の赤みは隠しきれなかった。
ポーチを閉じる手が、ちょっとだけ震えた。
その日、華蓮がこっちを見て、ちょっと眉をひそめた。「つき、……顔どうしたの?」
「え、なにが?」
「いや、なんか……荒れてるっていうか。やばくない?」
「そう? 化粧ノリ悪くてさ」
「そっか。でも、ちょっとキツいかも」
そう言って、華蓮はそのまま行ってしまった。
笑って、じゃなくて──避けるみたいに。
家に帰ってから、こっそり調べた。“顔 赤い 痛い”
“整形後 肌トラブル”
“性病 皮膚”
画面の文字が、全部ぼやけて見えた。
病院には行ってない。だって、診断されたら、ほんとに終わりになる気がして。
それでも、毎日ちゃんと来てたはずのものが、まだ来なかった。
アプリは「予定日から12日遅れ」って表示してる。
誰にも言えなかった。
誰にも見られなかった。
その日、あの時計の文字盤は曇ってた。
光が当たっても、もう何も反射しなかった。
わたしの“かわいい”は、
もう、誰にも届かなかった。
#6
ヒールを履くのが、つらくなった。
でも、スニーカーは似合わない気がして、
今日も、あの靴で出かけた。
誰にも見られないのに。
誰にも会いたくないのに。
駅までの道を歩いてるだけで、
目の奥がズキズキした。
体温はないのに、微熱みたいなだるさ。
顔を隠すようにマスクをして、うつむいて歩いた。
いつも集まってたグループLINEも、
今はもう、誰もメッセージを送ってこない。
SNSを開いても、なにも変わってなかった。通知はゼロ。
わたしの投稿には、いいねもコメントもつかない。
“かわいい”って、誰にも言われないと、こんなにも、
わたしって空っぽだったんだ。
帰宅して、ドアを強く締めた。
何の音もしない部屋に、ドンって音が響いた。
駅前で見かけたカップルの笑い声が、まだ耳に残ってた。
あの女、たいしてかわいくなかった。
なんであんなに楽しそうだったの?
ポーチを開けた。
リップ。ビューラー。チーク。コンシーラー。
全部、使いかけで止まってる。
鏡に向かって、そっと笑ってみた。
「……ぜんぜん、かわいくないね」
ひとりで言って、ひとりで泣いた。
気づけば、あの時計を手に取っていた。
ぐっと力を入れて、壁に投げつけた。
ガシャン、って音がして、秒針の音が止まった。
あの時計の針は、たぶん、もう動いてない。
でも、何が変わったわけでもなかった。
部屋の中には、わたししかいなかった。
#7
午後のコンビニで、道をふさいでたおじさんに、
なんとなくイラついて、
「すみません」って、わざと強めの声で言った。
おじさんがどいた先に、白杖を持った人がいた。
その人が、わたしのほうを向いて、ぺこりと頭を下げた。
「ああ、ありがとう。助かりました」
一瞬、なにが起きたのかわからなかった。
わたしはただ、邪魔な人に道を空けさせたつもりだった。
でも──
その人にとっては、
それが“助け”だった。
「いえ……別に、そんな……」
反射的にそう言ってから、ちょっとだけ戸惑った。
“ありがとう”なんて、久しぶりに聞いた気がした。
それも、“顔”じゃなく、“行動”に対して。
その人が去ったあと、しばらく動けなかった。
時計も、スマホも、持っていたけど、
どっちも光っていなかった。
でも、胸の奥に、
すこしだけ、なにかが灯った気がした。
──たぶん、気のせいだと思うけど。
#8
クローゼットの奥に、あかりとの写真があった。
中学の文化祭、浴衣姿で並んで笑ってる。
「懐かしい……」と口にした瞬間、
なにかがぽろっと崩れた気がした。
あの頃は、整形なんかしてなかった。
“かわいくない”ままでも、わたしはちゃんと笑ってた。
その裏に、封筒が挟まっていた。
見覚えのある字で、
宛名は書いてなかったけど、すぐにわかった。
──あかりの文字だった。
封を開けた。
『……もう、ついていけないよ。』
『でも、まだ好きだった。ほんとは、ずっと好きだった。』
『“かわいくなっていくつき”が、だんだん、こわくなった。』
『ごめんね。ほんとにごめんね。』
手紙は、そこで止まってた。
でも、裏面の隅に、うっすらと書かれていた。
『親の都合で引っ越します。○○区○○町……』
途中で途切れた住所。
にじんだインクが、すこしだけ、あかりの涙に見えた。
#9
何度も、あの手紙を読み返した。
『……もう、ついていけないよ。』
『でも、まだ好きだった。ほんとは、ずっと好きだった。』
『“かわいくなっていくつき”が、だんだん、こわくなった。』
『ごめんね。ほんとにごめんね。』
『……わたし、つきのこと、大切だったよ。』
指先が、ふるえてた。
変わったわけじゃない。まだ、かわいくなりたかった自分は、きっとここにいる。
でも──
ほんの少しだけ、思い出した。
“あの頃”のわたしの顔を。
鏡の中じゃなくて、あかりと並んで笑ってた、あのときの自分を。
悪いのは、わたしの方だった。
それでも、あかりが「好きだった」って言ってくれたから。]
ちゃんと、返したかった。
でも──ただ、ちゃんと向き合いたい。
“かわいくなる”って叫んでたあの頃の自分じゃなくて、
“誰かを大切にできる自分”として、もう一度、会いたい。
カバンに、あの手紙を入れた。
時計は、壊れたまま机に置いていった。
スマホの地図アプリを開いて、
手紙に書かれてた住所の町名を検索した。
電車の発車ベルが、遠くで鳴ってた。
わたしの顔は、たぶんまだくすんだままだけど。
でも、スニーカーは履いてた。
走れるように。
探せるように。
会えなくてもいい。
でも、行きたかった。
あかりに、“つき”として、ちゃんと会いに行きたかった。
──わたしは、かわいくなりたかった。
それだけで、全部が手に入ると思ってた。
でもほんとは、
ただ、大切な人に、まっすぐ向き合える勇気が欲しかっただけなんだと思う。
だからいま、やっとその一歩を、踏み出せた気がしてる。
#10
いくつかの駅を乗り換えて、知らない街に着いたのは、もう夕方だった。
手紙に書かれていた町名を頼りに、地図アプリを何度も開いた。
何度も同じ道をぐるぐる歩いた。
この辺で合ってるはずなのに、あかりの名前が見えるわけじゃない。
会える保証なんて、どこにもなかった。
それでも、止まらなかった。
足が痛くても、帰ろうとは思えなかった。
そして──
「……つき?」
あかりが、ほんの少し目を見開いた。
わたしは言葉が出なかった。
走ってきたわけでもないのに、心臓がばくばく鳴ってた。
「なんで……ここに?」
「……手紙、読んだ。」
「そっか……うん。届いたんだね。」
あかりが、すごく静かに笑った。
前と同じ笑い方だった。
わたしは、下を向いた。
なにか言わなきゃ、と思ったのに、喉がからからで、何も出てこなかった。
「もう、わたしのことなんか──」
「……そんなこと、ないよ。」
あかりが言った。すごく、あっさりと。
「つきは、“つき”でしょ。前も今も。変わっても、変わらなくても。」
それだけで、涙が出そうになった。
「……わたし、すごく変だったよね。」
「うん、ちょっとだけ。」
二人して、ふっと笑った。
沈黙が流れる。
でも、前みたいな“気まずさ”じゃなかった。
空気が、ちゃんとあたたかかった。
「……また、会えるかな。」
わたしが聞いた。
声は、少し震えてた。
「うん。わたし、ここにいるよ。」
あかりはそう言って、軽く手を振った。
空を見上げると、月が浮かんでいた。
くっきりと、やわらかく、わたしたちを照らしていた。
そんな月明かりの下でわたしは、手を振り返した。
すぐには言葉にできなかったけど、でも──たしかに、届いた気がした。
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