君はthe writerを知っているか
こーいち
the writer
今週から始まったcyber Xスプリングセール2030。
今回は、そんなセールでお得に購入できるアプリの中から、筆者が特におすすめしたい1本を紹介しよう。
“貴方と共に進化する。新型文章作成AIライター登場!!”
そんな触れ込みで発売されたAI、“the writer”は世界各地で飛ぶ様に売れたらしい。
これは独自開発の言語モデルを搭載したAIで、文章、小説等の読解力と生成能力に特化している代物だ。
デスクトップ上にある“the writer”のアイコンをクリックすると、テキスト作成画面が立ち上がる。
そして、画面の端から顔を出す美少女。
「ざ・らいたーへようこそ!」
最新のボイス生成機能により自然な少女の声で喋る美少女アバターが、エディターの周りに纏わりつく。
これが並み居る競合アプリを押し除ける、the writerの独自機能、執筆応援機能だ。
予め用意されていた6種類と、DLCで追加された4種類。
総勢10名から自由に選択して、自身の相棒……いや、同志とする事ができる。
私が選んだのは、御嶋ユリカちゃんだ。
見た目はギャルだが、実は読書家で、将来は小説家になりたいと密かに思っている。
そんな彼女と私は、偶然図書室で出会い──同じ夢を持つ同志として仲良くなるわけだ。
──そう、このアプリは、高度な文章読解及び生成AIを搭載した執筆支援ソフト……の皮を被ったギャルゲーなのである。
私が短編をしたためると、それを読んだユリカちゃんが感想を聞かせてくれる。
そして、時には彼女が執筆した短編を読み、感想を伝える事もできる。
彼女の書く、ゴリゴリのハードSF(これは私の趣味が反映されているからだ)を読んでいる時、画面上の彼女はモジモジと恥ずかしそうに俯いている。
なんと素晴らしい機能だろうか。
元々趣味で小説を書いていた私は、このゲーム(厳密にはゲームでは無い)に没頭した。
寝食を忘れキーボードを叩いた。仕事をしながらも新しいSFのネタを考えた。
私の文章能力は、メキメキと向上し───
彼女との関係は最悪になった。
……前述の通り、このゲームには小説の執筆を支援する機能とは別に、互いの小説を評価し合う機能がある。
そしてそれは、キャラクターとの好感度にも影響するのだ。
AIであるユリカちゃんは、まわりくどい表現を好まず、何事もしっかりと描写されている小説を好む。
そして私は……比喩や婉曲といった遠回しに状況を表す技術が大好物だった。
私は自己表現としての小説執筆にのめり込み、彼女から目を逸らし続けた。
彼女が持ってくる(生成する)短編を、つまらんと一蹴した。
[俺の好みじゃないね]と返す事が、最も早く執筆モードへ戻れる選択肢だったからだ。
私の書いた文章を読むユリカちゃんは、日に日に渋い顔をするようになっていた。
最初の頃の彼女は、私が提出する短編を、
「わぁ!もう書けたの!?すごいねっ!早速読んでみよっかな!!」と、満面の笑みで受け取ってくれていた。
それが次第に引き攣った笑顔になり、
「私、こういう小説苦手かも……」と溢すようになる。
最近では、私が新作を渡すと、
「……もうこういうのやめにしない?」と、苦虫を噛み潰したような顔で抗議の声を上げるようになっている。
しかし、この“評価機能”を利用する為には、彼女との会話が必要不可欠なのだ。
評価そのものには、彼女との好感度は関係無い。
実に的確な判断を下し、私の作品に足りていない部分を指摘してくれる。
また、このアプリに搭載されている“支援機能”はとても優れている。
私の誤字を素早く検出し、かと思えば敢えて間違った言葉選びをする事があっても、(こいつはこう言った表現が好きなやつなんだな)と学習してくれる為、誤用と警告したりはしない。
本気で執筆したい人にとっては、とても優秀なアプリなのだ。
……ただし、定期的に美少女(もしくは美男子)が邪魔しに来るが。
──このゲーム(あえてそう表現しよう)には、PCゲーム特有のある使用法がある。
そう、MODの導入だ。
ユーザーによる非公式wikiには、このアプリで使用できるMODの一覧がある。
アバターの外見を初音ミクにする、アバターの衣装をマイクロビキニにする、AIの書く文章に扇情的な表現を増やす……そんな軟派野郎共御用達の下世話なMODの中に、燦然と輝くひとつのMODがある。
“執筆中のアバターからの干渉をOFFにするMOD”だ。
……現在、このthe writerは世の文学ワナビ達から熱烈な支持を受ける大ヒットアプリとなっている。
アバター制御MODの導入率は90%だという話だ。
余計な動きをしてPCのメモリを占有する彼女は、私の小説に対して小言を言う彼女は、もういない。
今や彼女が存在を許されているのは、アプリ起動時のみ。
画面の端から現れて、執筆開始と共に消えるだけのユリカちゃんを、私は鬱陶しい女だと一蹴する。
──消える直前、ユリカちゃんは寂しそうに手を振っている。
これはデフォルトの挙動なのだから、寂しそうに、なんてのは彼女を捨てた私の罪悪感が見せた幻に過ぎないのだが。
それから無機質なエディターと向き合い、作品が仕上がると、評価機能が機械的に私の作品を批評する。
従来のAIチャットアプリとなんら変わりのないやり取りだ。
彼女に喜んでもらう為に努力していた私はどこにいったのか。
──そんな事今更どうでもいい。
私は、ただ目の前で踊るテキストをどう操るかだけを考えていれば良いのだ。
最後に
散々文句を言ってしまったが、このアプリの“ギャルゲー”部分も、それはそれで素晴らしい作品となっている。
ただ、彼女を喜ばせる為だけに文章を書き、彼女の用意した文章に対して当たり障りの無い評価をして、会話を楽しめばいい。
高校の文芸部なんて、きっとその程度の物だろうから。
君はthe writerを知っているか こーいち @Booker1246
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