ステイシス
あげあげぱん
第1話
人類は滅びます。誰も助かりません。
そう、家庭教師の先生は言いました。僕が、人類はどうしても滅ぶのかと聞くと、先生は、どうしても滅びます。と答えました。
僕はまだ十歳にもなっていなくて、けれど人類はどう頑張ってもあと十年は持たないそうです。僕は大人になれません。そのことを、僕の両親は知っていたと思います。
それでも、パパも、ママも、子どもが欲しかったんだそうです。環境汚染が進んで、空まで伸びる塔の上で暮らす僕たちは、もうじき地上からの汚染に追い付かれます。そしたら、もうだめです。死んでしまいます。それを分かっていたのに両親は子どもを持つことを我慢できなかったそうです。僕は両親を勝手な人たちだなと思いました。
僕は先生に、もっと高く、例えば宇宙に、逃れることはできないのかと聞きました。先生は、それができたら人類はもう少し長生きできたでしょうね。と、寂しそうに言いました。その返事を聞いて僕は悲しくなりました。どうして、それが出来ないのかを聞きました。先生は理由を教えてくれます。
人類は昔、大きな戦争をしました。とても大きな戦争でした。地上が汚染され尽くすほどの凄まじい戦争でした。同時期に宇宙でも戦いが起こっていたと言います。地球という、この星の空と宇宙の境の辺りに、どの国も、無人兵器というものをばら撒いたそうです。それは安価に作れて、安価に宇宙へと送れました。衛星というものを破壊し、近寄る敵を破壊し、そんな無人兵器はとても頑丈でした。その結果、無人兵器は今の人類が宇宙へ逃れることを、不可能にしているのだそうです。人類が宇宙へ脱出しようとすれば攻撃されるからです。
だから人類はもう助かりません。地上からは汚染が迫り、宇宙への道は無数の無人兵器が塞いでいる。もうずっと前から人類には緩やかに滅ぶ道しかなかった。そうして、滅ぶ番が僕たちに回ってきたというわけです。
先生が、こんな話もしてくれました。最近、地上への巡礼旅行が流行っているそうです。旅行とは言っても、今の時代には旅行の会社なんかないですし、かつてあったネットワークというものも、無人兵器たちが衛星を壊したせいでズタズタですから、塔に住む人たちの間でそういう話が広まっているとのことでした。
君も、どうですか。と、先生は僕に言いました。でも、階段を降りて地上へ向かっても、病気になって死んでしまうんでしょう。と僕が聞き返すと、彼は静かに肩をすくめました。
気が変わったら、いつでも連絡してください。と先生は言ってくれました。帰る彼を見送って、僕は一人で部屋に残されました。両親はしばらく前から居なくなりました。ソイレント計画とかいうものに参加したからです。その計画がどんなもの、なのかは、知りません。ただ、彼らは僕にたくさんのお金を残してくれました。それとつい最近、加工された食品がダンボール二つ分届きました。箱にはペンで文字が直に書かれていて、パパとママの字で、大切に食べてね、長生きしてね、と書いてありました。その字を見た時、僕はなんとなく、もう二人は帰ってはこないんだなと思いました。
この、ゆっくりと滅ぶような世界でも、お腹は空きます。僕はダンボールを開けて、お肉の缶詰を開けました。添加物だらけで味は悪いですけど、貴重なお肉です。特に悲しい時なんかは、僕はこれを食べることにしています。
まだ十歳にもなっていない僕にも分かります。今はこれが両親なんです。そこに心臓や、脳や、他の臓器は無くて、肉しか残っていないけど、これが僕に残された両親なんです。
この、ゆっくりと滅ぶような世界でも、家族は居ます。なんとなく、僕にとっては、家庭教師の先生と同じくらい大切な人のように感じます。こんな姿になっても、僕にとっては大切です。
人類が滅ぶことの決まった世界で、大人にはなれないことも決まっている僕が、できることはほぼ、無いんだと思います。せいぜい、いつ、どうやって死ぬか。しか決められないんだと思います。
僕は数日悩みました。そして、決めました。僕は先生に連絡をして、それから缶詰めになった両親をできるだけ多くリュックに詰めて、先生の元へと向かいました。僕は、ただ緩やかに死を待つことは嫌でした。両親の思いを裏切ることになるけど、両親をつれて、先生とも一緒に、皆で一緒に死のうと決めました。皆と一緒に死ぬのが、たぶんそれが一番怖くないから。
先生は嬉しそうにしながらも、同時に申し訳なさそうな顔をしていました。でも、僕は先生には感謝していました。僕が死への旅行に行くことを決めるまで待っていてくれたから。それが、ありがたかったんです。
旅へ出る僕に、横に立つ先生が聞きます。怖くはないですか、と。それに対して僕は答えます。怖いですよ、と。そのやり取りの後で先生が、君はまるで子どもっぽくない不思議な子です。と、笑いました。僕には先生の言うことの意図が、いまいちピンとは来ませんでした。
塔の、螺旋状の階段を降りて行くと、少しずつ、空気が重くなっていくのを感じます。暗い螺旋階段がずっと下まで続いていました。底は見えません。真っ暗闇を懐中電灯で照らしながら、ゆっくりと降りていきます。
この深い暗闇の途中で、僕たちは地上へはたどり着けずに静かに目を閉じるでしょう。死が待つ場所へ降りていくのは怖いけど、同時に不思議な安心感もありました。
僕は死を待っているのではなくて、死に向かっているんだと、停滞してはいないんだと思えて、それだけが僕の救いでした。
ステイシス あげあげぱん @ageage2023
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