過九予夢

脳幹 まこと

過九予夢


 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 有り体に言えば「予知夢」ということになるだろうか。

 私はオカルトを信じたりはしないが、その内容があまりにも衝撃的だったので、

 時間とともに増えてゆく不安と戦いながら、文章をしたためている。


 夢の内容というのは、私がベッドの上で目覚めてテレビをつけ、

 トリの降臨が近日に発生するとのニュースを聞くところから始まる。

 開始の部分は夢の強制力のせいか身体が勝手に動いてしまって回避できない。

 どうもノストラダムスの大予言のような地球が滅ぶタイプの現象らしい。

 9回も聞いているので、キャスターの一言一句まで全部暗記しているが、

 それどころの話ではない。

 私は大急ぎで外に出て「みんな信じてくれ、トリの降臨は本物なんだ」と叫ぶ。

 プライドなんてちょっと前から捨てている。

 流石に過去に何度も何度も見せられたら、どうにもならない。

 熱中するあまり、私は背後に忍び寄る人の気配を感じとることが出来なかった。

 気付いたときには、もう遅い。

 思いきり頭を殴られ、意識は飛んでいった――


  あの夢を見たのは、これで8回目だった。

  有り体に言えば「予知夢」ということになるだろうか。

  私はオカルトを信じたりはしないが、その内容があまりに衝撃的だったので、

  時間とともに増えてゆく不安と戦いながら、文章をしたためている。


  夢の内容というのは、私がベッドの上で目覚めてテレビをつけ、

  トリの降臨が近日に発生するとのニュースを聞くところから始まる。

  テレビをつける場面は身体が勝手に動いてしまって回避できない。

  キャスターが言うには巨大隕石落下のような地球が滅ぶタイプの現象らしい。

  今回で8回聞いているので、キャスターの一言一句まで丸々暗記している。

  これは流石に偶然ではないだろう。

  ニュースを聞き終えた私は外に出て、近くにいる人に話しかける。

  トリの降臨は本当に起こるんです、大変なことになるんですと。

  その人は苦笑を浮かべながら私から離れていった。

  はあ、とため息を吐いて振り向くと見るからに硬そうな棒が一本。

  私は思いきり頭を殴られ、意識は彼方へと散った――


   あの夢を見たのは、これで7回目だった。

   有り体に言えば「予知夢」ということになるだろうか。

   私はオカルトを信じたりしないが、その内容があまりに衝撃的だったので、

   時間とともに増えてゆく不安と戦いながら、文章をしたためている。


   夢の内容というのは、私がベッドの上で目覚めてテレビをつけ、

   トリの降臨が近日に発生するとのニュースを聞くところから始まる。

   どうやっても身体が勝手に動いてしまってテレビをつけてしまうのだ。

   キャスター曰くブラックホールのような地球が滅ぶタイプの現象らしい。

   これで7回目だ。流石に、キャスターの内容はほぼ暗記している。

   さて、どうしたものか。

   今までの流れを踏まえると、何度も何度も繰り返されるのだ。

   家にこもってばかりではダメなのではないか。

   呼び鈴が押される。アイツだろうか。

   そうはさせるかと私は窓からダイブした――


    あの夢を見たのは、これで6回目だった。

    有り体に言えば「予知夢」ということになるだろうか。

    オカルトを信じたりはしないが、その内容があまりに衝撃的だったので、

    時間とともに増えてゆく不安と戦いながら、文章をしたためている。


    夢の内容というのは、私がベッドの上で目覚めてテレビをつけ、

    トリの降臨が近日に発生するとのニュースを聞くところから始まる。

    始まりを変えようと努力しても、結局は私の手はテレビをつけてしまう。

    キャスター曰くノアの洪水のような地球が滅ぶタイプの現象らしい。

    これで6回目だ。こんなに言われたら、その内容は大体暗記している。

    私はぼんやりとする頭で過去の内容を振り返ってみる。

    あまりに衝撃的すぎる。1回でも衝撃なのに、これで6回目だ。

    夢の中の私も、今までの流れを必死にまとめようとした。

    呼び鈴が押された。

    誰だろうと思って出た私の頭を見るからに硬そうな棒が一閃した――


     あの夢を見たのは、これで5回目だった。

     有り体に言えば「予知夢」ということになるだろうか。

     私はオカルトを信じないが、その内容があまりにも衝撃的だったので、

     時間とともに増えてゆく不安と戦いながら、文章をしたためている。


     夢の内容というのは、私がベッドの上で目覚めてテレビをつけ、

     トリの降臨が近日に発生するとのニュースを聞くところから始まる。

     目覚めまいとしても目が開き、身体が勝手に動いてテレビをつける。

     キャスター曰く最終戦争のような地球が滅ぶタイプの現象らしい。

     これで5回目だ。言われた内容は大まかには把握している。

     似たようなものがこれで5回だ。流石にビビるしかない。

     そのまま家に籠っていると、ふとトイレに行きたくなった。

     便座に腰かけてひと段落すると、ひんやりしたものが尻にある。

     なんだと覗き込む私の額めがけて、硬そうな棒が突っ込んできた――

     

      あの夢を見たのは、これで4回目だった。

      有り体に言えば「予知夢」ということになるだろうか。

      オカルトを信じない私だが、その内容があまりに衝撃的だったので、

      時間とともに増えてゆく不安と戦いながら、文章をしたためている。


      夢の内容というのは、私がベッドの上で目覚めてテレビをつけ、

      トリの降臨が近日に発生するとのニュースを聞くところから始まる。

      いくら抗ってみても、このスタートは変えられないようだった。

      キャスター曰く地球規模の超ヤバい現象らしい。

      4回目ともなると、どういうことが起こるかは何となく分かった。

      これは本当なのだろうか。

      意外ともう一度寝てしまうのが攻略法だったりしないだろうか。

      あっさり事態が解決しますように。

      夢の中で私ははっきりとした意志を以て眠りについた――


       あの夢を見たのは、これで3回目だった。

       有り体に言えば「予知夢」ということになるだろうか。

       オカルトは信じないが、その内容があまりにも衝撃的だったので、

       時間とともに増えゆく不安と戦いながら、文章をしたためている。


       夢の内容というのは、私がベッドの上で目覚めてテレビをつけ、

       トリの降臨が近日に発生するとのニュースを聞く場面から始まる。

       キャスターは真剣な表情で将来起こる出来事を述べていた。

       突拍子がないことが起こるのは夢あるあるだが、3回も起こると、

       何となく真実味を帯びてくる。

       どうしたものだろうか。現実と違い、夢で何をすればいいかなんて

       まったく見当がつかない。

       勝手に夢側が進行してくれるものだと思っていたからだ。

       結局その時の私はただぼーっと待っていた。

       すると、うつらうつらとし始め、私はその場で眠り込んだ――


        あの夢を見たのは、これで2回目だった。

        有り体に言えば「予知夢」ということになるだろうか。

        同じ夢を見るのは珍しい。

        話のネタになるかと思って文章をしたためている。


        夢の内容というのは、私がベッドの上で目覚めてテレビをつけ、

        トリの降臨が近日に起こるとのニュースを聞く場面から始まる。

        キャスターは真剣な表情で将来起こる出来事を述べていた。

        前回も同じような流れだったな、くらいにしか思わなかった。

        ニュースが終わると私は感情が赴くままその場でジャンプしたり

        叫び声を上げていた。夢にしてはだいぶ自由な感じだと思った。

        限界までそんなことをしていると、夢の中でも疲れが出てくる。

        うつらうつらとし始め、私はその場で眠り込んだ――


         あの夢を見たのは、つい昨日のことだった。

         夢らしいカオスな内容だったが、妙なリアルさがあった。

 

         最初に私はベッドの上で目覚める。

         リモコンがすぐ傍にあるので、それを使ってテレビをつける。

         報道番組の特番が流れていた。

         バラエティに変えようとしたが、

         どのチャンネルにしても同じ内容だったのを覚えている。

         キャスターはしきりに「トリの降臨」との言葉を述べていた。

         ベテランの人が、大真面目に幼稚なことをやるという画が、

         何となく面白かった。

         ニュースが終わると、私はカレンダーをめくっていた。

         私の意志だったのか、夢の強制力だったのかは分からない。

         しかしカレンダーは今月分までで終わっている。

         来月以降は存在していなかった。スマホに手を伸ばす。

         カレンダーアプリにも来月以降はなかった。

         まるで今月で上限値カンストにでもなったかのようだ。

         なんだよ来月がないって。

         馬鹿らしいなあ、と思って改めてカレンダーを見てみると、

         今月の26日より先の日付が消滅していた。

         ビクリとした弾みで目が覚めた。       

          

         ベッドから起きて「トリの降臨」について調べてみたが、

         当然そんなヤバそうな出来事はなかった。

         ホッと一安心だ。

         そこに電話がかかってくる。

         友達からだった。

         一緒に旅行に出かけたいから日程を決めようとのことだ。

         いつにしようかなと手帳を開いて驚いた。

         今日から先の日付が消滅している――

         パニックになっている私に、友達は明るい口調でこう言った。

         日帰り旅行にでもするか! 日付は今日! 最期の愉しみに!


        目が覚めた。

        2回似たような夢を見たのもそうだが、

        夢の中で夢を見るというのも不思議な感じだ。

        ベッドから起きてすぐに「トリの降臨」について調べてみたが、

        当然そんなヤバそうな出来事はなかった。

        ホッと一安心だ。

        そこに電話がかかってくる。

        友達からだ。念のため、念のため出ないことにした。

        疲れているのだろう。こんなのは休めば治ってくれるはずだ。

        気休めにテレビをつけてみるが、画面は真っ黒だ。

        チャンネルは出ているから問題ないはずなのに。

        番組表を見ると全チャンネルが「トリの降臨」となっている。

        進めようとしても「その日は存在しません」とメッセージが。

        狂乱に陥る寸前、私は気づいた。

        画面に映っているのは、だ。

        こうして、したためている。

        話のネタにでもしないとやってられない。


       目が覚めた。

       3回似たような夢を見たのもそうだが、

       夢の中で夢を見る夢を見るというのも不思議な感じだ。

       ベッドから起きてすぐに「トリの降臨」について調べてみたが、

       当然そんなヤバそうな出来事はなかった。

       ホッと一安心だ。

       偶然にしては出来すぎているな、とは思ったが、偶然は偶然だ。

       そこに電話がかかってくる。

       念のために手帳を見るが明日以降はちゃんとある。

       電話に出てみると、それは友達ではなかった。

       電子音声だった。

       こちら、いのちのだいやる。さいごのじかんをたいせつに。

       反射的にスマホを放り投げる私。

       窓の外を見てみると、そこには何もなかった。

       黒一色。

       いつ消えるかも分からない中、したためている。


      目が覚めた。

      4回目ともなると、流石にこれは本当なのだと思い始めた。

      4回似たような夢を見たのもそうだが、

      夢の中で夢を見る夢を見る夢を見ることなんて、ほぼないだろう。

      トリの降臨とやらは来るのだろうか。

      いつ来るのだろう。

      いや、そもそも私が見た夢の中の私はどうなったのだろう。

      夢の中なら何が起こってもおかしくはない。

      せめて無事であってほしいと思いながら、私はしたためる。

      そこに「電話くらい出なさいよ~」と登場してきたのは母だ。

      母は力強く私を抱擁する。

      私は涙を流した。母はもう数年前に亡くなっている。

      大丈夫よ、お母さんがきちんと送ってあげるからね。

      力が強まっていく。


     目が覚めた。

     5回目ともなると、流石にこれは本当だと思った。

     5回似たような夢を見たのもそうだが、

     夢の中で夢を見る夢を見る夢を見る夢を見ることは、ほぼないだろう。

     どうしたら抜けられるのだろう。

     そもそも抜ける方法なんてあるのだろうか。

     今ある感情などをすべてしたためていく。

     外に出てみると、皆が惚けた顔をして空を見上げている。

     嫌な予感を覚えながら見上げると、こちらを見下ろす巨大な顔がひとつ。 


    目が覚めた。

    6回目ともなると、本当も嘘もどうでもよかった。

    あったことをしたためる。

    回数を経るごとにどんどん長くなっていくのだ。

    仮に今日が最期の日だったとしたら、この行動には何の意味もない。

    しかし、過去5回、何だかんだ実際に終わってはいない。

    今、強いショックを受けたら、ひょっとしたら目が覚める・・・・・のか?

    そうなったら今の私はどうなるのだろう。

    覚めてしまえば終わりなのだろうか。

    過去5回分の私に、今の私が何の関係もないように。

    家でぼうっとしていた私は、少しずつ周囲が溶けていくのに気づいた。

    これがトリの降臨……?

    夢なのか、現実なのか。そんなことはよく分からない。

    私は私の意志を最大限行使して、目を閉じた。


   目が覚めた。

   ベッドの上にいるということは、やはり先程までの私は本物ではなかった。

   これで7回目。私は自分が何者なのか分からない。発作的にしたためる。

   私自身が夢の中に登場する人物だということを自覚したせいだろうか。

   次があったらトリの降臨は本物だ。絶対に起こると言ってやろう。

   カレンダーを見てみると、なんだかさっきまでと違うような気がする。

   何だろう、と思ってしばらく眺めていた。

   分かった。今月が12月になっているのだ。年末年始の特番は見ていた。

   何で過去に戻っているのだろう。

   テレビをつけるとそのまま止まってしまった。

   画面だけでなく私の身体も含めて全部固まってしまった。


  目が覚めた。

  8回目ともなると、どっちもどっちだと思った。

  夢を見る私も夢で、それを見る私も夢。そしてそんな私が辿る道も夢。

  今となってはトリの降臨がどうだの、という話の方が少し希望がある。

  そのたびに過去の夢のやり取りを全部眺めさせられるのが嫌だけど。

  そもそも抜けられるように作っているのだろうか。

  夢を抜けた先には何があるのか。現実? ここが現実ではないのか?

  現在位置をしたためる。

  こんなことをさせるのは一体誰なのだろう。

  したためる私(.txt)はドラッグアンドドロップでゴミ箱へ。


 目が覚めた。

 9回目ともなると、笑いしかない。

 これもどうせ夢なのだろう。

 力いっぱいしたためる。こんなものを計画させたのは一体誰なのか。

 トリの降臨とは何なのだ。

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。とは何なのだ。

 9回も同じ夢を見るのがどれほどうんざりすることか、考えたことはあるか。

 私はこの冗長な過程をひたすらしたためた。

 時計もカレンダーもスマホも何もない空間でひたすらしたためた。

 トリの降臨はまだ来ない。

 最期の瞬間はまだやってこない。

 私は太陽が昇ってくるのをその身に感じた。

 日を跨いだのだろうか。

 私は他の私が成し遂げられなかったもの――現実の私なのか。

 そうか、そうなんだな。

 そうでなければ書き出しに「9回目」ってわざわざ載せるわけないものな。

 つまり今の私は安心してもよいのだ。


 地球が滅びないということは、日常が継続するということだ。

 それなら、今日の旅行には遅刻しないようにしないとな。

 まあ、時間は十分にある。


 今からでも十分に眠る時間はある――







目が覚めた。

10回目ともなると

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