告白を見届けて
永杜光理
もう、思い残すことはないかな
「好きです。俺と、付き合ってくれませんか?」
マユは、くすっと笑みをこぼした。
「もう、何で敬語なの?……うん、よろしくお願いします」
告白した男子は、感極まったという感じでガッツポーズしている。
こうしてこの田舎の高校にまた、一組のカップルが誕生したわけだ。
で、俺は教室の窓から、その瞬間をのぞき込んでしまったわけだが。
「……後でマユに会っても、知らないフリしなきゃな」
「そうだね、アキトも大変だな」
俺の左隣から、男子の声がする。でも、誰かが今この瞬間に教室に入ってきても、教室にいる人間は俺一人だけだと断言するだろう。
なぜなら声を発した男、ルイは幽霊だからだ。
同い年のルイは、高校に入ってから仲良くなった。で、ルイは、俺の幼なじみで腐れ縁のマユと、めでたくカップルになったんだけどな。
「もう、一年くらい経ったっけ?」
「へえ、意外と早いな。いや、そうでもないか? 何かさあ、死んじゃったら時間の概念がヘンになって、今がいつなのかわかんなくなるんだよ」
ルイは交通事故に巻きこまれてあの世へ旅立った。可愛がっていた小学生の妹を残して。付き合って半年の、恋人のマユを残して。
俺はこいつのお通夜で、人目をはばからず涙を流していた。声は出さなかったけど、壊れた水道管みたいにどんどん感情が溢れてきて、俺ってこれだけ水分蓄えてたのかと思うくらい、人生で一番泣いたんだ。
それが、さ。
お通夜からだいたい二週間が過ぎた頃に、こいつが放課後の教室で独り座っていたんだぜ。花を活けてある自分の席にな。あの時、ちびらなかった自分を褒めてやりたい。
「いいねえ、青春だねえ」
ルイはまだ、窓の下を見て微笑んでいる。その瞳に浮かぶのは、あふれ出るマユへの恋慕。
「大丈夫か? ショック受けてないか?」
「そりゃあ残念だよ。もうちょっとマユと楽しい時間を過ごしたかったし。他にもいろんなことやりたかったし……まあでも、これも運命、かな」
運命、という言葉をさらっと言えるようになるまで、こいつの中でどれほどの葛藤があったのだろう。俺に推しはかれることじゃない。
けれどこいつは、まだまだマユに未練があることは確実なのだ。だって最初に俺の目の前に現れた時、「マユに会いたいけど、会ったらストーカーになるかも」とか、笑顔で言ってたもんな。
「じゃあ俺、そろそろ行くわ」
「へ、どこへ?」
「どこへって……わかるだろ? 察してくれよ」
現れた時と同じくらい、それは唐突だった。少しずつ、ルイの姿が薄くなっていく。
俺は、不自然なくらいに瞬きをめちゃくちゃ繰り返した。
「俺の分まで長生きして、土産話をたっくさん聞かせてくれよ?」
「わかってるよ。楽しかったことも頭抱えたくなる失敗も、ウンザリするくらい聞かせてやるから」
「はは、うんざりするくらいは、やだなあ」
くしゃりと笑ったルイは。
消える寸前、少しだけ泣いているように見えたんだよな。
「マユが幸せになるなら、俺はもう、思い残すことはないよ」
そうして、夕方の空を見上げる。
ルイとはこうして、本当のお別れになった。
目の周りの筋肉が疲労しきったので、俺は目をつむった。涙が溢れてきたけど、そんなものどうでもいい。
1年前のあの時と同じように、俺は声を出さずに泣いた。
悔しかったよな、ルイ?
本当は最後に、マユを抱きしめたかったんじゃないのか?
でもそんなことしたら、あの世へ素直に行けなくなるよな? だからお前は、我慢した。マユのために、強烈な恋心に蓋をしたんだ。
なあ、この世界の誰もが、そのことに気がつかなくても。
俺は、俺だけは、絶対に覚えているから。
お前の無念も、恋心も、生きている人間への嫉妬も、諦観も。
「またいつか会おうな、ルイ」
情けない涙声が、誰もいない教室に響く。
明日、新しい世界が産まれるまで。恋人の死を乗り越えたマユが、新しい恋を俺に報告してくれるまで。
俺は一人、もう一度、お前をひっそりと送り出すよ。
人間誰しも、最後に行きつく場所は同じだ。
俺におとずれるいつかその日まで、精一杯生きるさ。土産話、増やしておかないとな。
「お前みたいな友達がいて、よかったよ。短い時間だったけど、ありがとな」
明日、マユの新しい一歩を祝福するために。
陽が沈んだあとの夜で、残りの涙をこっそり流そう。
その後、俺はちゃんと笑うから。明日になったら、全部隠して笑うから。
だからルイも、きっとどこかで、笑っていてくれるよな?
告白を見届けて 永杜光理 @hikari_n821
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