吊るし雛

唐灯 一翠

火炙り前に1言申し上げる

『何がお焚き上げだ。ただの火炙りだろうが』


 そう叫んだのは隣にいるお雛様。あらら、せっかくの着物や髪も汚れて、ご乱心のようで。まあこれから燃やされるので、いたし方ないですが。


 私たちは太い木に巻かれた山型のわらへ、ご丁寧に括り付けられた人形です。かくいう自分も彼女と同じく雛人形。でも、桃や三角の飾りなどを一つの糸で通された、いわゆる吊るし雛でして。

 よく玄関とか仏間に垂れ飾るアレですよ。


 ひな祭りを彩るのにも色んな種類があるんです。例えば──。


『お前さんも捨てられたのか』


 噂をすれば反対隣に天神様が。この方は立派な烏帽子えぼしのてっぺん塗装が剥げていて、ただ禿げた頭より可哀想に見えますね。だって泣いていないのに涙声なんですもの。人形なので当たり前ですが泣けませんし、気の毒です。


『あ、はじめまして。こんにちは天神様。私は五年ほど飾っていただいた、吊るし雛です。今日は寒いですねぇ』

『うむ。お初にお目にかかる、吊るし雛殿。しかしだな、挨拶は喜ばしいが⋯⋯さようならが正しいのでは?』

『あら本当ですね。でも、これも何かのご縁でしょう。短い間ですが、よろしくお願いしますね』

『ハハ、若いのにお強いな。わしは年甲斐もなく泣きたくなっとうというのに』


 私だってこんな状況に驚いてますし、泣きたいですよ?

 でも仕方ないじゃないですか。私を飾っていたお宅が「もうコレ要らない。譲る親戚もいないしお焚き上げしてもらおうよ」と家族で話し合った結果ですし。ただ捨てられるより、人形供養だとここへ持ち寄ってくださったのはご慈悲でしょう。


 ひなまつりが毎年回っても、雛人形を飾れるのは娘さんが二十歳を迎えるまで。

 なので成人をとうに越えた家では、もうお役御免なんですよね。嬉しいような悲しいような。何より、もっと娘さんの成長を守りたかった気持ちの方が強かったのですけども。


『ちょいとアンタ達。さっきからブツブツなんだい!』


 げっ、面倒な女人に目をつけられました。自分以外の人が話していたら割り込んでくるタイプですね。


『お雛様、こんにちは。今日は良い天気で』

『はぁぁあ!? 冗談を言うんじゃないよ! こんな屈辱たまったもんじゃない。しかも曇天じゃないか! 小娘、雷でも落としてやろうか』


 理不尽な怒りって、一周回って頭冷えます。

 お雛様って、可愛らしいなと思っていたのですけど、最後っ屁はまるで般若みたいな顔をするのだと一つ学べました。ありがとうございます。では、くわばらくわばら。


『けったいなこと言いなさんな。お前さんはこの嬢ちゃんと違って、長いこと飾られとったじゃろて』


 天神様が助太刀してくださいました。これからは、おじさまと呼ばせていただきますっ!


『こんのじじい。アンタは店の名前にも付けられて、大元を祀る神社もあるだろうが! 勝手に同じ土俵にしてんじゃないよ。名を売って年がら年中表に出られる奴と違って、こっちはそういかねぇ。誰だっ、三月三日から一日過ぎるごとに婚期が伸びるって言い出した奴は!』


 これは切実な問題ですね。

 ただの迷信なのに尾ひれがついた噂は怖いものです。でも、人形は仕舞わないと虫にかじられますし、色もせてホコリ被りますよ?

 私の身体は布と糸が通っているだけなので、そうそうかじられはしません。ラッキーです。口には出しませんよ。触らぬ神に祟りなし。


『上の女うるさいなあ。最期くらい安らかに逝きたいんだよ、こっちは』


 おや、今度はどちら様でしょう?

 声の主を見て、あっとなりました。私と同じ吊るし雛さんです。


『お嬢さんもよければ聞いてくれ、私の話』

『はい、失礼しますね』

わしも良いか?』

『ええ勿論』


 彼女はゆっくり語り始めました。


『私を迎えた家族は、誰も私を大切にしなかった。あろうことか猫の玩具にして』


 あ、語尾が弱く⋯⋯。

 心中お察ししますよ、吊るし雛さん。身体が物理的に傷付くんですもの。一枚布ですから、修繕は容易ではないですし直す時も針の痛みが突き刺します。お辛かったですよね。

 と、そこで笑いを滲ませた声が──。


『だから、少し意地悪してね』

『何をしたのです?』

『脅かしてやった。音出したり勝手に動いたり、たまに夢見にも立ったね』


 え、それは怪奇現象というたぐいでは。

 そりゃあ締め出されますよ。


『お前さん、駄目だろ』

『一発でお祓い行きじゃないか。阿呆だね』


 あ、両脇の二人がズバズバ言っちゃいました。息もぴったり。でもこれで、お雛様が落ち着きましたね。凄まじいエピソードに感謝です。

 

『あなたは何かないの?』


 今度は私の番みたいです。特に盛り上がるような話は持ち合わせていないのですけど。どうしましょう。


『では⋯⋯僭越ながら、私が作られた時のことを語らせていただいても、よろしいでしょうか?』

『生まれた時のことか。懐かしいの』

『ふん、聞いてやろうじゃないか』

『ありがとうございます』

 

 それは、飾りが全て出来上がり一本の糸に通された日のこと。

 昔は職人さんの手作りで、一つひとつに想いが乗っていたそうです。でも、今は機械でザクザクと布を冷たい針が貫きます。喋らず、想いのないソレは心が空っぽになるような、そんな感じで。


 私は、身体の全てが手作業という訳では無かったので、よく覚えています。でも、最後に赤い糸で飾りを通した職人さんがたくさん話しかけてくれました。そう、それはまさに──。


『親とも呼べる方で。職人さんから吹き込まれた想いを振りまいて、先輩方は付喪神になったと聞かされました。その点、現代は飾る人たちと共に想いをたくさん育まなければ、付喪神にはなれない。こうして何者にもなれず、処分されるのです。最期は』


 皆さんは、何も言いません。でも、ここにいる雛人形たちは、きっと色んな言葉を掛けられたでしょう。

 私は吊るし雛。隣のお雛様や天神おじさまのように、座れる身体はないけれど、手で触れられる存在です。


 一番嬉しかった想い出は、大切に大切に見守ってきた娘さんとのお別れの日に、抱いてもらえたこと。「ありがとう」の一言が、今の自分の全てです。だから、この世に悔いはありません。


「────定刻となりました。これより、焚き上げの儀をいたします」


 ああ、時間ですね。

 神主様がこちらに歩み寄ります。周りにいた方が次々に火をつけられ、上へ上へと広がり身体を覆いました。不思議ですね、全然熱くないんです。人形の声で阿鼻叫喚になるかと思いましたが、そんなことのならず済みそうですね。


『吊るし雛さん。お会いできて嬉しかったです』

『いや? こちらこそ。ま、私も来世に期待するわ。でも気に食わなかったら、また呪ってやるかも』

『ふふふ。その時はお話聞かせてくださいね』


 そして、ついに喋らなくなりました。お顔がもう黒焦げです。妙に火が強くなったので、もしかしたら神聖な火が、来世に持ち込もうとしている彼女の邪心を浄化しようとしているのかもしれません。


わしらもそろそろか』

『老いぼれじじいに小娘と話すのが最期なんて、味気ないね』

『お雛様、天神おじさま。短い間でしたがありがとうございました。⋯⋯⋯⋯では、私はお先に』

『うむ。達者でな』

『途中で泣きべそかいて戻ってくんじゃないよ!』


 ゴウゴウと炎の壁でお二人が見えなくなりました。身体も糸が燃えて、小さな飾りが風にあおられ落っこちていきます。でも、それを余すことなく儀式にいる方が再び焚き上げの火に添えてくださるのです。


 もし、付喪神になれなかった私たちを見ている本物の神様がいるのなら、最期に一つ、お願いしとうございます。






 これからの世界が、人やモノにとっても、争いなくどうか幸せでありますように。






 ─了─ 努々ゆめゆめ、物は大切にすべし。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吊るし雛 唐灯 一翠 @toubi-issui24

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ