[3.6] 「feat. スパイダース」④
セロは予定通りスタッフが出入りしている楽屋裏の近くへ来た。だがあくまで表向きは観客の1人として来ているので遠目から。
機材の搬入などのスタッフがごった返し、さらにその出入口にはガードマンが立っている。忙しそうなスタッフに対してガードマンは暇そうなのか、あくびを一つした。出入りするスタッフには毎度「お疲れ様です」というように片手をあげているが。
スタッフはこのライブ専用のTシャツを着用し、さらにIDカードが入っていると思しき名札を首から提げている。もちろん防犯カメラもある。
当然といえば当然だが、そう簡単に部外者が入り込めるほど警備は緩くない。
(これ以上ここで得られる情報は無さそうか。撤収だ)
休憩時間はそろそろ終わりだ。観客の波に流されるようにして、セロは元の席に戻ることにした。
だがセロが踵を返した、その直後だった。
(おい、俺のことを嗅ぎ回ってる犬っころが。いつまで遠巻きに見ているつもりだ? 舞台は用意してやったぞ)
(……!! ヤツだ)
どこからともなく聞こえてきた謎の声。これにはセロも仰天した。自分の半径一メートルには誰もいなかったはずなのに、耳元で囁かれたかのように声が確かに聞こえた。
ヤツめどこから話しているんだ、とセロは辺りを警戒するが、この人混みである。
だが謎の声はセロの焦燥すら手に取るようにわかるようだ。
(フン、敵の情報すら入れてねーのか。言わばここは今、俺の『巣』なんだよ。座して死を待つ蝶々のように、まあせいぜい足掻いてみるんだな)
そこで声は途絶えた。
だが同時にこれではっきりした。この声の主こそ、こんなロックファン気取りまでして調査に来た目的であると。
(やはりか……)
そこでまたセロは電話を取り出してかけ始めた。相手はアルフだ。
「私だ」
「なんだ、珍しいな。さっきかけてきたばっかだろう」
「からかうな。ヤツと接触した」
「……! 交戦中なのか?」
「いや、そうではない。接触したというよりは、どこからともなく声が聞こえてきた」
「……ちょっと待ってろ。やつの接触した時の調書を調べてみる」
電話の奥で素早くキーボードを打つ音。数秒すると、いつになく真面目な調子のアルフの声が聞こえてきた。
「確かに、やつは直接姿を見せずともコミュニケーションが取れるようだ。そんな証言が多い」
「となると、ついさっき相手していたのは間違いなくヤツだ」
「そうだな。それでどうする? もう仕掛けるのか?」
「いや、まだだ。ヤツはこちらの場所はわかっているようだが、ヤツも今はまだ逃げられない。だから……」
その時だった。
右足の強烈な痺れ。一瞬体を支えていた右足の力が抜け、立っていられずバランスを崩した。
「んぐッ!?」
「どうした」
いきなりうめいたセロにアルフは声をかけた。幸いにしてすぐ痺れは治ったので大丈夫だ、と返した。
だが途端に襲いくる、言い知れぬ恐怖感。ヤツに見られている感覚だ。これ以上の修羅場も乗り越えてきたはずのセロが本能的に恐怖を抱いた。
セロは思わず生唾を飲んで痺れた右足を労るようにさすった。
「ともかく、動くのはライブが終わった後だ。その後で応援を頼む」
「了解、手配してやっから、少し待ってな。だが接触した以上、下手に動かない方がいい」
「わかっている。余計なお世話だ」
そこで電話は切れた……が。先程強烈な痺れがあった右足がまだ気になるようだ。気を抜くとまたガクリと力が抜けそうだった。
その背後で、帽子を目深にかぶって片耳にイヤホンを付けたスタッフがまた1人駆け足で入ってきた。IDカードを提示すると、ガードマンも応じて手を上げる。
そのスタッフはセロの方をチラリと見た。これだけの観客の中、何もせずともあの長身はやはり目立つ。引き返していく大きな背中を見て、そのスタッフはまた不敵に笑った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、レイもホールの幾分落ち着いたユウジの隣の席に戻ってきた。ちょっとだけ鏡で色直しして、遅れた理由を付けた。
「ただいま。ちょっと化粧直ししてた」
「おーおかえり。てかイツキ、まだ帰ってこねーのかよ」
「さあ。まだ気張ってるんじゃない?」
「大丈夫かよ? そろそろ再開すンぞ」
ユウジは携帯電話の時刻を見てそう言った。あと1、2分でライブは後半の部に移る。
レイは何やってんだろーねー、と相槌を打ちながらお腹に手をやる。腹時計が飯を食わせろ、と言うようにゴロゴロと鳴っている。前半戦からあれだけ食べているのにもう空腹らしい。相変わらず底無しの胃袋である。
(絶対後でポテトLサイズ頼んでやる)
そう思っていたらまた暗くなってきた。イツキを置いて、後半の部開始だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
後半の部が開始。
テンションやヴァイブスを再度上げていこうということでいきなり激しめの曲から再開した。これも人気曲なのか、一際大きな歓声が上がる。
熱狂の火が点き始める。
その様子は観客席にいなくともわかる。分厚い壁をもってしても防ぎきれないほどの観衆、そしてイヤホン越しの音声。
(音の響き方でだいたいの位置でもわかると良いが……)
前半の部での自分の席の反響は覚えている。ポケットに入っているものであるうえ、あくまで感覚的なものなので言葉に表しにくいが、聞こえ方が微妙に違う。イツキたちの席は1階にあったが、この感じは違う。この会場には2階席もある。
(1階席ではなさそう、となれば2階席か?)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方のセロ。
大音量のロックで熱狂するファンだが、セロはロックはあまり好きではなかった。嫌いとまでは言わないが、もう少し落ち着いた音楽の方が好きだった。頭が痛くなってきた。
自分の隣のファンはとっくに熱狂の渦に飲まれて、リズムに乗ってぴょんぴょんと跳ねている。よくもまあこんな音楽に熱中できるものだと、セロは一種の感心の感情を抱いていた。足元に置いてある自分のリュックのことなどおかまいなしだ。そんなものだから、跳ねた時に何度か自分のコートと擦れている。
セロは潔癖症だった。
実際、どこの馬の骨が触ったかもわからない現金よりはキャッシュレス派だ。コートや手袋を脱ぎたがらないのも、なるべく地肌と他者が触れたくないという理由があった。
ただ同時に人間は誰しも他者と関わって生きている以上、全く他者と触れることなく生きていくことは現実的でないこともわかっていた。本来なら他人の触れたものに触れるのは正直嫌だが、毎度毎度それではストレスが溜まる一方だからと妥協点を見つけた。衣類は洗えばいいと割り切った。
とはいえ気になることには変わりないので、擦れたコートの端を軽くはたく。
その瞬間に違和感に気付いた。何も入れていないはずのコートの右ポケットの小さくて硬い感触。始めは何かのはずみで小石でも入ったか、と思った。だが実際取り出してみると小石などではない。黒光りする丸い物体だった。
「なッ!?」
それを取り出して驚愕の声が出た時点でハッと我に返ってセロは口をつぐんだ。イツキの仕掛けた盗聴器である。
(なんだ、これはッ……!?)
仕事柄、この手の物は見慣れている。
しかし普段はどちらかというと仕掛ける側なのだが、仕掛けられるのは初めてだった。しかも自分が全く気がつかないうちに、いつの間にかポケットの中にまで仕込まれていた。
セロは舌打ちしながら床に放り投げて盗聴器を靴で潰した。
(しかし、いつ仕込まれたのだ……)
そういえば先程お金を落としたと言って近づいてきた男がいた。
(……まさかあの時か?)
いや、そうとは限らない。それ以前に仕込まれていた可能性もある。
あれだけ小さい物、そしてこの人混みだ。気づかれずにポケットに入れるのはさほど難しいことではない。
だがそれは一般人相手の話である。セロは調査員と謳っているが、平たく言うとスパイと同じである。身の振り方は素人よりはわかっているし、平和ボケもしていない。
だがセロは首を横に振った。
(いや、私に気づかれずに仕込めるような手練れが、あんなベタな方法でするはずがない。ましてや相手が相手だ、相手を見くびり過ぎだ。こちらの位置をすでに把握しているヤツだ。と、なるといつ……)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(最も単純な方法こそが最良なマジックである、という諺もあるんだよな)
盗聴器が壊れたことによるホワイトノイズを聞きながら、イツキは静かにイヤホンを外して電源を切った。
(仮にも方舟メンバーだ。遅かれ早かれ気づかれるのは想定内。なら裏の裏ってことであえてベタな方法を取らせてもらったが、あながち失敗でもなさそうだな。現時点でも十分な情報は聞き出せた)
マジックに潜んだトリックは奇術師自身の技術や技量ももちろんだが、それ以上に「そんな単純なことをするわけがない」と考える観客の心でもあるということだ。
(音の反響具合であいつの大体の居場所は掴んでいる。あとは助手にそれとなく探してもらおうかな。その間にオレは……)
レイにメッセージを打ちながら、イツキは壁の告知ポスターを見た。
このライブの主人公がはにかんだ笑顔でギターを抱えている。
(思いがけず、だが。あいつの手がかりまで掴めるかもしれねえ)
返事は少し待つと返ってきた。その内容にイツキは思わず口元で笑ってしまった。
「良いけど後でお駄賃ね」
「了解」
駄賃の食べ物が何か決まったのだろう。だが証拠は残らないとはいえ、IDカードまで「調達」してもらうという危険なことまでお願いしたのだ。それくらいは聞かなければならない。
(逆に腹を満たすだけで良いのかよ)
イツキはそのIDカードを利用して、関係者の控え室や楽屋のある廊下までやってきた。
チラリと周囲を確認する。防犯カメラは当然のようにこちらを睨んでいるが、イツキにはお構い無しだ。
——イツキの持つ霊石の「錯覚」能力は防犯カメラ越しの映像すら錯覚させる。例えるなら認識を相手に与えるというよりも、言わば物理的に着ぐるみを着ているような状態である——
そしてとある部屋を見つけると、再度周囲を確認した。当然のように誰もいない。それを確認してドアノブに手をかけた、その時だった。
ビリッ。
(……!!)
冬場など空気が乾燥すると静電気が発生しやすいが、それに近しいものだった。だが今回はそんな単純な威力ではなかった。まるでスタンガンのような、強烈な電圧。
うめき声すらあげる間もなく、イツキは意識をドアノブに吸い取られるかのように、その場に倒れこんでしまった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(ん、なんだ? スタッフが触ったのか?)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
イツキは薄れゆく意識の中、この一連の事件にレイやミシャといった友人を巻き込みたくなかった最大にして唯一の理由を思い出した。
「リスク」だ。
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忘れ路の黎明(よあけ) - Re;Reminder - 今田十四郎 @rhetrick14ro
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