鏡よ鏡

アイス・アルジ

鏡はなぜ左右反対に映るのか

 少女はベッド脇のミラーテーブルの前に立ち、独り言のように鏡に尋ねた。

「鏡よ鏡、鏡はなぜ左右反対に映るの?」


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<なぜかって。右手を振ってごらん>

(鏡の中の少女は左側の手を振った。)

あっ、わかった、自分の右手と鏡の中の左手はどちらも右側にあるから!


<ほんとうに? じゃあ鏡の中の少女の右手はどっち>

右手は…… 左側!

鏡の中の少女はこっちを向いているから、(向かって)左側が右手で、右側が左手でしょ。


<ほんとうに、左側が右手なの? 右手に花を盛ってごらん>

(少女は花を持った)

あれ、鏡の中の少女は(向かって)右側の手に花を持っているは。


<さっきは、右側の手が左手だって言ったでしょ?>

え~っと…… わからなくなっちゃった。


<あなたの目の前に、もう一人の自分が向き合っていると想像してごらん>

(少女は、目を閉じて、その姿を思い浮かべた)


<目の前の少女と、鏡に映った少女はどこが違うかしら?>

(少女は、目の前の少女と、鏡に映った少女を頭の中で交互に向比べた)

わかった、左右が逆だ。

(少女は、一瞬、なっとくしかけた…… 左右が逆?) 

でも、最初の問題に戻ってしまうは?


<ほほほ、実は鏡に映った少女は、あなたとは別人なのよ>

(少女は、鏡に映った見知らぬ少女が、自分を見つめているような気がして少し怖くなった)


彼女は鏡を閉じて、ベッドに入った。


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 少年は鏡の前で、ミラーテーブルの上に置いてあった母親の眼鏡を手に取った。そして何気なくかけてみた。視界がぼやけたが、しばらくすると、だんだん鏡に映った自分の顔が見えてきた(眼鏡が大きすぎて似合わない)。


<少年よ、鏡はなぜ左右反対に映る?>

(少年は、驚いて眼鏡をはずした。今のは、鏡の中の自分の声?)

左右反対に映るのは当然さ、鏡だもの、とつぶやいた。

(少年は、眼鏡を戻すと鏡の前を立ち去った)


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「今日は、皆さんに面白い話をしましょう」

(理科の先生が、教壇で話し始めた)


 皆さん、鏡は左右が反転して映ることを知っていますね。これは鏡に映った像が鏡像だからです。それでは、なぜ左右が反転して映るのでしょう。例えばが反転しても良いのではないでしょうか? 上下が反転しても鏡像です。どちらの鏡像も、全く違いはありません。

(さて、大変なことになりました。鏡が上下反転したら、朝のお化粧も、髭剃りも簡単には出来なくなってしまいます)

 どうしてそうなるのか? 当たり前すぎますが、実は理論的に証明されていないとも言われています。

 

 ここで、思考実験をしてみましょう。目の前に鏡があると想像してください。しかも、この鏡は写真のように、写った映像を定着することができます。

 鏡を見てください、しばらくジッとして……ハイ! あなたの顔が鏡に定着されました。それでは、鏡のにあなたの実際の顔を置いてください。あなたの実際の顔と、鏡に定着した顔はの鏡像関係になります。どうですか、証明できましたか? これだけでは証明にはなりませんよね。実は先ほどの実験には、ちょっとしたトリックがあります。あなたの実際の顔をに置いてと言いました。このがトリックです。 

 もう一度想像してください。先ほど左側に置いた実際の顔のに、鏡を置いてください。鏡に映像が定着されました。これが鏡像です。(あなたの顔にホクロがあれば、鏡像の中のホクロと、鏡に垂直な一直線で対応できます。同様に全ての点が対応できます。)

 次に鏡(鏡像)を、本を開くように、に開いてください。実際の顔(実像)と見比べると、やはり鏡像はしています。

 それでは前に戻って、今度は(上綴じの)カレンダーをめくるように、に開いてください。すると鏡像はします。これがトリックです。


 なぜこのようなトリックができるのか? またもう一度、実際に鏡を見ているときを思い出してください。そこには鏡像しか見えません。比較するためには、鏡像と実像を比べなければなりません。頭の中では、無意識にに展開した実像をイメージして比較します。ですから左右が反転していると感じるのです。どうして無意識に、そうイメージするかは、人間の目が左右に付いているからとか、身体が左右対称の構造だからとか、重力が関係しているとか言われています。確かに身体の左右対称構造は有力な理由でしょう。もし身体が上下対象構造であれば、上下に展開するかもしれません。しかし重力のある地上で、上下対象構造の生物は不自然で不合理です。最終的には重力と生物進化が関係していると言えるでしょう。

 人間にとって、左右感覚と上下感覚の意味合いは大きく違いますし、身体感覚だけでなく、地上の空間感覚とも関わっています。宇宙のように無重力な空間であれば、人間は空間の上下も左右も、うまく区別できないでしょう。

 

 個人的な結論として、人間にとって上下感覚と左右感覚には、明らかな違いがあります。これは重力があるためです。上下が入れ替わることは、不自然で違和感を与えます。しかし左右が入れ替わっても、不自然ではなく、生存にはあまり影響がないでしょう(道に迷うことはあるでしょうが)。言葉でも、左右の違いを定義することは非常に難しいと言われています。茶碗を持つ手が左で、箸を持つ手が右などと良く言われますが、これは右利きの人を基準にしているだけです。左右は非常に似ているため、この左右の違いを区別する必要がある場合、脳が意識的に(自分にとっては無意識に)左右に展開して比較しているのではないでしょうか。


 補足として、人間にはの概念(方向感覚)があり区別できます。特に前後、上下は明確に区別できます、絶対的違いと言っても良いでしょう。それに比べ左右は相対的違いと言えるでしょう。前後、上下の違いはまた別の機会に説明できればと思います。左右はあいまいだと言いましたが、(分子や原子)素粒子の世界ではという絶対的(厳密)な違いがあります。人間の感覚を超越した世界です。自然は実に不思議です。




 —―後書き:楽しんでいただけたでしょうか? もしよかったら、仮想の宇宙理論「ペンローズ的宇宙論を理解するための考察」も読んでみてください。

 https://kakuyomu.jp/works/16818093094538212731

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