転移した社畜、転職して天職に就く

WA龍海(ワダツミ)

転移、転職。否、天職。


 どうも、どこにでもいる実家暮らしの社畜(性別は男)です。

 名前は……どこにでもいる人間なので、特に覚えてもらわなくていいか。

 最近同僚が職場を辞めて、仕事に忙殺される毎日を送っている哀れな社畜とでも思ってください。


「……出勤しないと……」


 数日ぶりに家に帰れたのが5時間前の話。行きたくないとは思いつつ、出なければ生きていけないので溜息を殺しながら立ち上がった。


「行ってきます……」


 まだ起きていない両親を起こさないよう、家の扉をそっと閉じる。

 嫌々ながら今日も今日とて俺はブラック企業へと出勤する――



 ──はずだった。



 家の敷地から出た瞬間、目の前が真っ白になり、気が付いたら知らない草原に寝転がっていた。

 え、何これ。ついに過労で幻覚見え始めた?


 ……いや、違う。これは――異世界転生、いや転移!


 手元の芝生の感触、少し土の匂いのする空気……全て本物だ。

 感動しながら辺りを見回すと、すぐ近くにファンタジー世界らしい町が広がっていた。

 とりあえず情報収集のため町へと立ち入ろうとしたところで、兵士の格好をした門番らしき人が声を掛けてきた。


「おう、見ない顔だなアンタ。旅の人かい ……え、仕事を探してる? なら冒険者ギルドに行くといいぜ」


 気前よく教えてくれた門番に礼を言って、冒険者ギルドというテンプレ的な響きと展開に感動しつつ、俺はさっそくギルドへ向かった。




「では、登録手続きを進めますねー」


 にこやかに微笑む受付嬢から説明を受ける。

 どうでもいいけどこういう受付の人って美人が多いよね、なんて気を逸らしながら話の途中で俺は控えめに挙手した。


「すいません、一つ質問なんですが……冒険者って労働時間はどのくらいなんですか?」

「もちろん、朝の9時から夕方5時までですよー」

「え?」

「労働基準法で決まってますからねー。サービス残業は基本禁止ですし、モンスター討伐も時間内に終わらない場合は翌日へ持ち越しですー」


「な、なんですと!?」


 雷に打たれたような衝撃が身体を走り抜けた。

 異世界転生して一番の驚きがホワイト企業文化だったとは、我ながら社畜根性極まれりである。……自分で言ってて悲しくなってきた。


 それからあらためてギルドのルールを確認すると、驚愕の事実が次々と判明した。



・クエストのノルマは月20件まで。 それ以上は「過重労働」とみなされる。


・危険手当、住宅手当、転職支援完備。


・パワハラ、セクハラは即ギルド除名。



 ……と、主な特徴と注意事項を並べるとこんな感じである。


 何ここ、天国?

 一周回って疑わしくなってくるが、隣で手続きをしている人もこちらの会話内容に疑問を持っている様子はない。どうやら本当の事ようだ。


 あまりの待遇の良さに震えそうになりながら、俺は受付の美人さんにオススメされた業務クエスト、スライム討伐を試しに受けてみることにした。




「ふんっ!」


 支給された剣を振って軽く当てると、スライムは簡単に消滅した。


 ……これで報酬500ゴールド(日本だとおそらく5万円相当)か。

 剣は少し重いけど、別に振れないほどじゃないし……うん、正直超楽な仕事だ。どうなってんのマジで。

 しかも俺が戦っていたのはまだ朝10時。時間には余裕がある。


「よし、もう一匹……」


 そう思った瞬間、ギルドの監査員らしき男が飛んできた。


「お疲れ様です! では、次のクエストは午後の業務になりますので、今は休憩時間に入ってください!」

「えっ、まだ働けますけど……」

「ダメですよ! 労働時間管理は厳格に行っていますので!」


 さあ行った行った、と背中を押されて簡易休憩所へと移動を促された。

 ……異世界最高かよ!!



 その後、俺は異世界でゆったりと働き続けた。



・朝9時に出勤、夕方5時に退勤。


・モンスター討伐は適度な運動レベル。


・毎日定時で帰れる。熟睡できる。



 気が付けば、前世の激務が嘘のように毎日を楽しく過ごしていた。


 そんなある日、ギルドのマスターに呼び出された。


「キミに頼みたいことがある」

「え……俺、何かやらかしましたか!? じょ、除名だけはやめてください!!」

「いやあの、なんでそうネガティブなの? そうではなくて、実は……異世界から来た社畜たちが労働基準を守れず、過労で倒れる事件が相次いでいるんだ」

「何ですって!?」


 話を聞くところによると、どうやら異世界転生してきた社畜たちは『仕事をしすぎてしまう』らしいのだ。



・時間外に勝手にモンスターを狩る。


・休憩時間に仕事をする。


・休日出勤を自発的に行う。



 ……結果として彼らは疲労で倒れたり、監査員により拘束されたりしているという。


「君には、社畜転生者たちに働き方を教えてほしいんだ」

「……俺に、社畜の更生を?」

「そうだ。君はこの世界のルールを理解している。……ぜひ彼らに“定時帰宅”の素晴らしさを伝えてくれ!」



 ──こうして俺は、異世界初の「社畜更生コンサルタント」として、新たな人生を歩み始めた。



 今日も働きすぎる転生者たちにこう叫ぶ。




「仕事は、定時で、終わらせろ!!!」




 ──異世界は、今日も平和です。



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