最終話 リベンジマッチ

 流刑地は宇宙の果てにあった。

 ちょうど今、モニターの中心で、一切の無音でもって自転している。


「ん……?」


 空調の音が規則的に心地よい、ほんのり明るい艦内で、椅子二つがモニターを臨むようにして配置されていた。


「あれ……?」


 僕は額を押さえた。記憶が曖昧だ。


「えっと……」


 確か僕は……自分が監獄惑星の王になったことを周知して、すぐに監獄惑星を起動した。そして、いくつかの星を消したはず……はずだけど、そこから一切の記憶が無い。なら、今はそこの記憶から地続きなのかな。星を消した瞬間に、歴史が、現実が書き換わった。


「やれやれ。まったく、やれやれだ」


 声に従って隣を見れば和装の可愛らしい美人が座っている。


「ミアさん……? おはよう?」おはようという言葉が正しかったのかは分からないけど。

「おはよう」ミアさんは返してくれた。いつも通り不敵に微笑んで、ただ前方を見ている。「こんにちは。会えて嬉しいよ、グレロくん」

「改まってなにい? どうも……。えっと、今、どんな感じ?」

「そうだね。ちょうど到着したところかな。前のカメラを映そうか」


 ミアさんが肘置きに指を滑らせると、モニターの映像が切り替わった。宇宙の真っ只中に突然、色紙を纏めてくしゃくしゃにしたような光の集合が浮かんでいる。

 Gateだ。


「もう、すぐそこに見えてるね」僕は少し驚いてモニターを見る。「じゃあ、監獄惑星を出発したのは——」

「三日前」

「——そっか」


 となると無かったことになったのはこの三日間の出来事だけか。リゼンさんは生きてない……。


「いや……ん?」





『おう、グレロ! セララをよろしく頼むぜ!』





 記憶の中のリゼンさんがこんなことを言っている。こんなセリフあったっけ? あったかもしれないけどこんな元気な感じだったかな。あ、セララさんがせっかく乗り込んだ宇宙船から出てきて殴りに行ってる。いくらボコボコにしても足りないらしい……でもザクザクよりはマシなのかな……。


「全然記憶が違うんだけど」

「ああ、そういえば」ミアさんがほらと右手を上げる。「三日前以前の流れも多少変わっているらしいよ。ワタシがキミに最初からもっと協力的だったみたいだからね」

「へえ……」


 よくよく思い返してみると、リゼンさんは今回は一旦監獄惑星に残ることを選択したらしい。バジェさんと同じ居残り組だ。わっ、バジェさんも生きてる……。えっ、ミアさんの秘策によって猫の意識体も殺せたの? ミアさんすっご……。


「あれ、これ、みんな死んでなくない?」

「ある程度起こることが予測できているワタシがいるなら、犠牲ゼロで解決することくらい造作もない」


 ミアさんは緩く目を瞑って鼻を鳴らす。渾身のドヤ顔である。

 折に、バンと音を立てて後方の扉が開かれた。ミアさんが手配したこの宇宙船は後ろにスペースがあるらしい。セララさんたちはそちらに乗っているようだ。

 飛び出してきたのは血相を変えたエルネストさん。ミアさんの椅子に齧りつく。


「生きているのか!!?」

「当然。ワタシの眼を見れば分かるだろう?」ミアさんは指で目元を引き下げて機械眼を見せる。「ワタシに五感をくれたのは彼だからね。まさか恩人ごと星を消したりはしないさ。今は『箱舟』とは別の星で暮らしているよ」

「なっ……そんな……」エルネストさんは頭を抱えてモニター前のスペースをふらついた。「なら吾輩はとんでもないことを……」

「いいじゃねえか、生きてたならよ!」後から追ってきたリードさんがエルネストさんの肩を軽く叩いた。続けてこちらにも目をやる。「あ、よっ、グレロ様。次はちゃんとタイマンしてくれよな」


 僕は慌てて立ち上がった。気持ち頭を下げる。


「あ……ごめん、ちゃんと戦ってあげなくて」


「おかげさまで次がある。覚悟しとけ」リードさんは歯を見せて笑う。それから、そういえばと後方の扉に目をやった。「裏でも頭を抱えてるヤツがいるから見にいってやってくれ。また自殺しかねない勢いでよ……なんでも今さらテメェさんに顔を合わせるのは恥ずかしすぎるだとかなんとか。死なれちゃ困るよな?」


「それは困るね……」誰のことか分かってつい笑ってしまった。


 会いに行こうか。絶対に殴られるか踏まれるかするだろうな……。

 セララさんと、ダルフォネさんもいる。二人の健闘も称えなくっちゃ。


「ミアさん、この後はどういう予定?」

「繋がるGateは環宇宙政府本拠地のど真ん中だ。あそこからの脱出には一つ、命懸けの大暴れをする必要があるね。感想戦は今のうちに済ませておくといい」


 僕らはもう同じ脱獄犯だ。それぞれの主たる目的は後に回して、一旦のところ協力せざるを得ない立場にある。


「うん、分かった」


 去り際、ミアさんの席に手をかける。じっと見つめれば、ミアさんは何かと首を傾げつつ、珍しくこちらに目を向けてくれた。赤い瞳が僕に合わせてピントを調節する。僕はちょっと嬉しい気持ちになった。


「あのさ」


 今の僕なら、前に比べて多少はいい勝負ができる気がする。


「後で一局、お願いしてもいい?」


 ミアさんは薄い微笑みを浮かべて頷いた。

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監獄惑星 うつみ乱世 @ut_rns

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