第2話 どこにもいない傘で戦う日陰の英雄
柔剣道場に戻ると、
「嫌よ。あなたと竹刀を交える無意味さを知ってるもの。
「う、薄羽さんでも、あれがまぐれにしか、みみ見えないわけ?」
こうでも言わなきゃ絶対相手してくれない。当然、場は騒然。
「あの
「髪切られてヤケなんじゃね」
「
薄羽さんは、ガタガタな挑発を鼻で笑うと
「いいわ。相手してあげる」
もう後に引けない。
「見せてもらうわ、土壇場ギフテッドとやらを」
「このラインを
静かに構える姿、まさに
「刀はしっかり握らねえと
いつの間にか、竹刀を握った私の手を上から握るリョーマ。
いや近っ……でもそれ所じゃない。
「いきなり意味わかんないんだけど」
「お前骨折ったことあるだろ」
「なんでわかんの?」
「無意識に左手
きっちり支えろと言わんばかりの熱が、手首に伝わってくる。いけそうな気がした瞬間、どつかれる背中。
「ちょ」
片足がラインを越える。面越しでもわかる鋭い眼光、吸い込まれる。身体固まる。いける気がしたのは気のせい。私はただの
「ツルギ!」
ドキッとする。初めてだ……
「やめろ変態」
てかなんてタイミングで声かけてくんだこらっ。
「
熱が一気に上がる。力が入る。
「どうでもいいわっ」
目の前に
私が籠手を取っていた。
「なんで?」とざわつく周囲、私が一番聞きたい。
「そうだ、しっかり握れ。熱込めれば絶対折れねえ。心も、骨も!」
後方腕組み
『
ああ、そっか。
「私は剣道が好き」
気持ちは自然と声に出た。
「何そのドヤ顔、まぐれの癖に」
「なんで剣道やってるかって? 楽しいからに決まってる」
「楽しいから? 本当に
大丈夫、私はもう絶対折れない。好きで十分。この気持ち、忘れたりしない。
「
一気に踏み込む。楽しい。髪伸ばしてる時くらい
薄羽さんが何か言った。「龍」とか「子」とか。……あれ、身体止まんない。呪われたみたいで、恐い。
「世話焼けるとこもそっくりだな」
心に直接語りかけるような声、ハッと我に返る。竹刀の間に割り込む黄色い傘。剣先が薄羽さんの喉元で沈黙してる。あわや大惨事。
「ご、ごめん薄羽さん!」
「とんだじゃじゃ馬ね」
薄羽さんは
「もういいわ。これ以上は無意味」
周囲のクスクス笑い、
終わったわ……。
「あなたの
静まる場内。唐突にぶっ込んできた薄羽さんを二度見する私。
「……必死にやってきた私がバカみたい」
そう独り
「
リョーマが震える竹刀に向かって言う。
「
弾かれたように振り返る薄羽さんを、その眼は捉え続ける。
「勝ちに
「そんな奴……」
薄羽さんの視線を感じて背筋が伸びる。
「
「……そう。そんな気してた」
あいつ? 首を
「ま、刀みてえに斬ること一辺倒になるなってこった。世には色んな
「そうね」
その時だった。
「ざけんな、まぐれで終わらせんな」
六本の竹刀が私に向かってくる。待って、力入んない……。
「
……もうマジ無理。
《傘を持って公園で遊ぶのが好きだった。開くと大きなお花みたいで、くるくる回すと飛べる気がして。でも雨じゃない日は変だよって笑われた。皆と違うのはおかしいって仲間外れにされた。好きなだけじゃダメなんだって》
これ
《私の傘、壊されちゃった……》
「否定されていい
私の視界に広がる
「
「……リョーマ」
私の孤独を引き裂く
「邪魔すんなコスプレ侍」
「好きだけで世の中通用するか!
「
竹刀が傘に刺さって身動き取れない
「うるせえなあ……」
リョーマの声が低く響く。その瞬間、空が泣いた。
「甘くて
……うん?
リョーマは輩ごと傘を振り回す。
「覚えとけ」
身体から
――雲を呼び 風に舞い
「まぐれが重なったら、まぐれじゃねえ」
リョーマの真っ当な主張とともに、輩が
次こそ死ぬ。これもうただの部活じゃない……。
《開くと大きなお花みたいで、くるくる回すと飛べる気がして》
「私、飛んでる……?」
リョーマの腕に守られて。
雨上がり、
「ごめんなさいツルギ、髪切るのはやりすぎた」
カタナとは名前で呼び合う仲になってた。
「好きなら、好きってもっと早く言えばよかったのよ」
「あの空気で?
「ツルギの言葉なら、それはツルギだけの物。私は否定しないわ」
私を見下すことのない目。
「熱い
カタナは
「勝負はお
「そんなで大丈夫そ? また勝ち逃げされたい?」
「あなた本当、四才の頃からムカつくわね」
嫌味を言うカタナに浮かぶ、古参面の笑み。彼女は今まで以上に強くなる。私も
「で、
「リョーマなら井戸で洗濯するって、先に」
私は走る、全速力で。あの古井戸に向かって。
『彼を見て、うちに伝わる古い話を思い出したの』
走りながら、カタナの言葉を思い返す。
『“
私の竹刀を拾った彼は、様子がおかしかった。やっぱあの
『彼が呪いを受けたのは四才。
彼は、
『武家の生まれながら刀を持てず、国中に
やけに私を心配してたのは、彼もそうだったから。味方になろうとしてくれて。
全てがパズルのピースみたいにハマってく。
私、言っちゃったよ。食うか飲むかしか考えてない奴って。謝んなきゃ。
『彼の名は、
「リョーマ!」
息を切らしながら叫ぶ。古井戸はただ光を放つだけで、何も返ってこない。
『ツルギ、タイムスリップってあると思う?』
カタナの想像通り、リョーマはきっと意図せずここに来た。だからもう……。
後悔が、喉を締めつける。遅かった……。
膝から崩れ落ちる私を受け止める手。この温かさに覚えがある。
ボサボサ頭から伸びる
「泣き虫なとこは似てねえな」
何度も彼の名を呼んだ。もう呼べないかもしれないから。
「私思い出したの、じーちゃんの話」
止まらない涙が何よりも別れを悟らせる。
「
二ッと
「遅刻理由も
「何言ってんだ、お前」
ごめんねとありがとう、
「穴だらけにしちまった、ごめん」
壊れた傘を
「もう使えねえか?」
「そも使わないわ!」
こんな話してる場合じゃない。引き留めたい。
「マジ帰る気?」
リョーマにとって元の世界は
「俺の
「なんで?」
怖くない? 不安じゃないの?
「お前が笑ってる。それが答えだ」
「いかないで」が言えなかった。泣き面くしゃくしゃにして笑ってた。
リョーマが
「お前の味、忘れねえ!」
「最後まで飯の話かよっ」
それでも、嬉しかった。
「じゃあ、またな」
リョーマの身体がゆっくり沈む。井戸に遮られる視線。駆け寄ろうとした瞬間、
光は消えた。
この世界はリョーマにとって息抜きになったかな。
『きっと、幸せじゃなかった』
そんなことないよ。だって、リョーマは――日本一
目まぐるしいこの時代だからこそ、『好き』を忘れたくない。
好きは人を想う優しさをくれる。好きは、前に進む勇気をくれる。
もし見失いそうになったら、見上げよう。
神棚に飾った
傘下の剣豪 ~刀を捨てたら最強でした~ 雪染衛門 @yukizomemon
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