終章 『カムイたちの導き』
光と闇が溶け合う不思議な空間で、フレペ……そして雅彦の意識は目覚めた。そこは、物質と精神、過去と未来、生と死が交差する特別な場所だった。
「よく来たな、二つの時を生きる者よ」
深い森から現れたのは、黄金の瞳を持つチカプカムイだった。その姿は、シマフクロウの形を取りながらも、神々しい光を放っている。
「あなたは……あの時の」
病室の窓辺で見たシマフクロウ。その記憶が、今ここで重なり合う。
「私は、お前の魂の導き手として遣わされた」
チカプカムイの声は、風のように空間全体に響き渡る。
すると、大地が震動し、巨大な杉の木が現れた。その幹から、キムンカムイ(山の神)の姿が浮かび上がる。
「人は往々にして、理解しようとするあまり、本質を見失う」
キムンカムイの声は、大地の鼓動のように低く響く。
「しかし、お前は違った。お前は生きることを選んだ」
海の潮騒のような音とともに、レプンカムイ(海の神)が姿を現す。その姿は、光の波のように揺らめいている。
「理解は、魂の中にこそある。お前はその真実に気づいた最初の者だ」
三柱の神々が、フレペの周りを取り囲む。その瞬間、無数の記憶の断片が光となって舞い始めた。
織物を織る手の感触。山野で採取した薬草の香り。子熊の温もり。母の教え。すべての記憶が、新しい意味を持って蘇ってくる。
「見よ」
チカプカムイが翼を広げる。そこに広がったのは、壮大な時の風景だった。
過去から未来へと続く無数の光の糸。それは人々の営みであり、文化であり、祈りだった。その一本一本が、現在という一点で交差している。
「すべては、永遠の輪の中にある」
三柱の神々が同時に語りかける。
「過去も、未来も、今この瞬間の中に存在している。それが、アイヌモシリ(人間の住む地)の真実」
光の渦の中で、フレペは理解した。自分の二つの人生が、決して矛盾するものではなかったことを。それは、同じ輪の異なる表現に過ぎなかったのだ。
「お前の体験は、これからの時代への道標となる」
キムンカムイが語る。
「文化は、魂と魂が響き合うところにこそ存在する」
レプンカムイが続ける。
「お前の物語は、終わることのない輪の一部となった」
チカプカムイの言葉が、最後の真実として響く。
光が渦を巻き、すべてが溶けていく。しかし、それは終わりではなかった。新しい始まり、永遠の輪の中の、また一つの物語の種となったのだ。
胆振の大地に、新しい夜明けが訪れようとしていた。見上げた空には、一羽のシマフクロウが、まだ見えない朝日に向かって飛んでいく。
この聖なる対話は、決して幻想ではなかった。それは魂レベルでの真の目覚め。そして、それは現代に生きる人々への重要なメッセージとなった。
風が吹き抜けていく。
それは、新たな物語の始まりを告げる風だった。
(了)
【TS転生アイヌ短編小説】時を紡ぐ少女 ~アイヌの心を受け継いだ魂の記録~(9,955字) 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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