【小さじ1と半分】奥座敷

 飲食店のお話が続きます。



 進学後、とある焼肉屋さんでアルバイトをしていました。その地方でいくつか店舗を構えていて、そこそこには有名だったと思います。


 お店は大きく二つのエリアに分かれていました。テーブルと椅子でのエリアと、団体客が来た時用の、靴を脱いで上がる奥座敷です。

 奥座敷エリアは、靴を脱いで上がった先で右手と左手に分かれていて、互いに見えない様に、間には仕切りが設けられていました。あぐらをかいて座ると、頭しか見えない程度の高さです。



 とは言え、奥座敷が埋まるほどの大人数が来店するのは、夏休みや年末年始といった、いわゆる繁忙期だけ。普段はアルバイトの休憩場所でした。

 お客のいない時間を見計らって食事をしたり、学校の課題をこなしたり、休憩が何人かで被った時には、持ち寄った携帯ゲーム機なんかで時間を潰したりもしていました。



 ある日の昼の事です。

 忙しく働きながらふと目をやると、ミ所さん(仮名)がカバンを抱えて奥座敷に向かうところでした。


「偉いね、ミ所さん。休憩中に勉強?」

「そうなんす、課題が終わんないんすよー。あー……やりたくね」


 ぼやきながら向かった彼女にちょっと笑いつつ、肉を切ってはタレに揉み込み、厨房でのピークを乗り越えました。



 午後も3時ともなると、お店はかなり落ち着きます。その時は、ホールのテーブル席に二組が残るだけでした。

 夕方に予約が入っていた事を確認した私は、奥座敷に取り皿を持っていきました。


 左右を見渡すと、左手の仕切りの上から頭がのぞいています。ミ所さん、ちゃんと課題やってんだな……少し感心しながらも、邪魔になるのは悪いと思い、右手の奥座敷の席へと向かいました。


 そして、ぎょっとしました。テーブルに突っ伏して、ミ所さんが寝ています。

 じゃあ、さっき見えた頭は……?


 慌てて左手の奥座敷へと向かってみましたが、仕切りの上から見えていたはずの頭はもうありません。



 そこで、急に思い出しました。

 少し前、近所の工務店が奥座敷で宴会をしたのですが、その会計時、酔った事務員さんが私に言ってきたんです。


「奥座敷の左側、女の子がいるね」

「女の子がいる……って、霊的な話ですか?」

「そそ。一人おじさんもいるけど、おじさんはまぁ無害かな」


 その時は、酔っ払いの言う事だからと大して気にも留めませんでした。その話は、本当だったのかもしれません。



 そして、奥座敷にいるという女の子とおじさんは、私がアルバイトを辞めるまで、見たという人はおろか、ここから一度も話題に上がる事はありませんでした。

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怖くないホラーのアソート 待居 折 @mazzan

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