【小さじ1と半分】知らない子

 前述のアバ崎さんと知り合ったのは、アルバイト先の某ファストフードでした。


 お店が出来て、まだ二年足らずの頃です。加えて、当時私が住んでいた地域には初出店でした。

 昼ともなれば、ドライブスルーには長蛇の列。ホールも常に満席が続くような毎日でした。


 そんな忙しい、春休みのある昼の事です。



「え?!え?!」


 急に、一人の女の子が両手に口を当てて泣き出しました。


「見たよね?!いたよね?!」

「やだ、誰?!」


 近くにいた女の子二人も、その子のところに駆け寄ると、三人で涙目になっています。

 私が裏から食材を運んできたタイミングでの出来事でした。なので、詳細が分かりません。


「どしたの?なんかあった?」

「もうやだ、帰る……」


 最初に声を上げた女の子はへたり込んでしまい、シクシク泣いています。

 残りの二人に目をやると、真っ白な顔で私の背中側を指差しました。


「今ね、知らない子がいたの」

「ね、いたよね!あっちからあっちに歩いてった!」


 三人が担当していたポジションの右手側を、ユニフォームを着た見たことのない女の子が通過していったそうです。

 従業員出入口側から、冷蔵ストッカーが並ぶ行き止まりの方に。


 そんな事ある?と、この時興味の方が勝った私は、ひょいと冷蔵ストッカー側を覗いてみました。

 そこには誰もいません。


「いないじゃん」

「……もう無理……」

「やだやだ、やめて!」

「いたよ、ちゃんと通ったもん!」


 当然、三人はパニックです。そして、カウンター越しにその様子を見ていた結構な数のお客が、店の中の異変にざわついていました。

 裏で仕込みをしていた店長に慌てて報告すると、一度手を止めた後、店長は私に顔を向けます。


「知らない子?ユニフォーム着てたってこと?」

「そう言ってます」


 私の返答に、店長は大きく舌打ちしました。


「なんだよ……それならこのピーク、手伝って欲しかったわ」



 この店でこうした事が起こったのは、その一度きりでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る