06 豊臣秀頼
「そうまでされたのなら、今からでも遅くない。鐘銘を変えましょう。ここは九条家が仲立ちを」
「どうにもならぬ!」
野太い声というより、嬰児の喚き声。
それが秀頼の腹中から出た。
「
「
豊臣秀吉は、豊臣家というしくみを残したくて、それをやったのかもしれない。あるいはそれは、天下泰平のために、仕方なくやったのかもしれない。
「それは策としては優れていたかもしれない」
「豊臣秀次の子」を、敢えて最初から「豊臣秀吉の子」として生み育てる。そうすることにより、対外的には秀吉の子である秀頼は、豊臣家創業の家臣からの絶大な忠誠を得る。
対内的には、秀次の子であるため、他ならぬ秀次としてはおのれの子に後を継がせることができるため、守成を為した豊臣本家を奪い返される、という想いを抱かずに済む。
「けれども、逆の目が出てしまった」
まず、秀次が心を壊した。
用済みとばかりに切腹された。
そして秀吉の凄まじいところは、この時において、秀次の妻妾や子どもたちをほぼすべて殺したことにある。
「これで、秀次の子は――豊臣の子はひとりきり、ひとりきりよ。跡目争いなど、もってのほかじゃしのう?」
そう秀吉はうそぶいたという。
このようにして、秀吉はおのれが得た絶大な権力をもって、ことをなし、そのために、誰をも従わせてきた。
たとえば茶々は、内心はどうあれ孕んだ子を産んだ。
あとで聞いたところ、初や江といった妹たちの命を取ると脅されたらしい。
だがそれでも、茶々は耐えた。
産んだあとも耐えたし、秘密を守る努力もした――そのため、完子の乳母が秘密に気づいたことを知り、
しかし。
「されど、かの乳母は完子の婚儀の前夜の宴にて」
その特異な状況で、乳母は酒も進んだのであろう、ついつい『本音』が漏れてしまった。
それを、秘密を守ろうと努める茶々がとがめた。
そして激昂する乳母は、その激情のあまり死に……。
「やがて十年の時を経てその死から、この秀頼が気づいたというわけよ」
秀頼は自嘲を込めて笑った。
そして力なく立ち上がり、茶室の戸を開けた。
「義兄上、帰られるがよい」
だが忠栄は立ち上がらなかった。
まだ。
まだ、道が。
そう思う忠栄の耳に、絶望的な一言が届いた。
「徳川は、兵を出すそうだ」
だから、秀頼は、忠栄とこっそりと茶室で会うことにした。
そうすることにより、忠栄に累が及ぶのを防ぐためである。
「やんぬるかな」
豊臣秀吉は天才だった。
だが、人の心までは読めなかった。
あるいは、そこまで読めないということが、逆に常人ではないという証かもしれない。
「義姉上にお伝えあれ、息災にと」
それは、間接的に永遠の別れであることを告げていた。
そんな一言だった。
*
こうして九条忠栄は大坂城をあとにした。
京に舞い戻って妻の完子に真実を告げ、そして完子は大坂の陣ののち、母である江の今の夫、徳川秀忠の養女となった。
その理由として、「もう『豊臣の子』でいたくない」という思いがあったといわれるが、それは定かではない。
【了】
【短編版】豊臣の子 四谷軒 @gyro
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