後編 デート・イン・ザ・ムーンパレス

 ユラを乗せた宇宙リムジンは夜空を駆け巡り、大気圏外に出るやワープドライブ、月宮殿ムーンパレス行きの路線上を飛んだ。


 宮殿前に到着、ゲートを潜る。巨大な半透明の幕が下りて、空気が四方から噴出、緑色の安全灯が点る。


 運転手が降りて、恭しくユラの座る後部座席の扉を開けた。


 「わぁ……ここが月宮殿ムーンパレスね」


 ユラの目の前に広がるのは、銀色に輝くタマネギ型の巨大なドーム。

 白地に金や青の色彩豊かなタイルが一面を覆っている。


 そうしてリムジンを離れると、早速、ふわふわとした足取りで、宮殿の入り口に向かった。


 宮殿の扉の前で、こちらに手を振る人物が目に入った。


 「レーウェンさん!」


 ユラも手を振り返して、ふわりふわりと駆け寄った。


 「いや、よく来てくれたね」


 「こちらこそ、お招き下さってありがとう御座います」


 レーウェンの久々の姿に、

 (あれ?この人、こんなに体格良かったっけ?)


 ユラの疑問視を気にかけず、レーウェンは続けて、

 「ま、こんなところで立ち話もなんだから、宮殿内にお邪魔しよう」




 * * *




 月宮殿ムーンパレスは、その外見は観光名所として有名だが、敷地内に入るには審査を受け、会員に登録する必要がある。


 ユラはそのような審査をしたことはない。が、会員であるレーウェンのゲストとして、入場許可が下りたのだった。

 

 二人は宮殿内の回廊の壮麗な月人建築を眺めつつ、当たり障りのない会話をして散歩をした。


 そのうち、レストランのある大きな宴会場にたどり着いた。他の客人達がすでに行儀良く座り、食事と会話を楽しんでいる。


 「僕たちも入ろう、予約はしてあるんだ」


 二人は、窓側の席に腰を下ろした。灰色に輝く地球が、よく見えた。

 


 


 * * *




 食事に舌鼓を打ちながら、会話を楽しむ二人。


「ねえ、レーウェンさんってどこから来たの?」


「前に会った時、言わなかったかい?」


 「ごめんなさい、忘れっぽくて。それにあの時、酔っぱらってたから」


 「大雑把に言えば、天の川銀河系さ。宇宙座標だと、赤経17h 45mの……」


 なるほど、とユラは相づちを打ちつつ、

 ──あの辺りに生物が住める星なんて、あったかしら……?


 その時だった。


 「はい!御集りの皆さま、本日は月宮殿にご飛来いただき、まことに感謝のかぎりです」


 突然、マイクを持った司会者風の男が現れたのである。

 そして、レストランの舞台で、今まで静かに室内音楽を奏でていた演奏者たちが立ち上がり、両手で顔の皮をべりべりと剥がし始めた。


 ユラは何事が起ったのかとキョロキョロしていたが、演奏者たちが変装を解いて真の姿を見せた後、目を見開いた。


 「あ!あれは……ドラマの!」


 彼らはドラマ『月宮殿ムーンパレスの恋人達』に出演する俳優たちであった。


 客席からも歓声が上がる。


 続いて、司会の男は、

 「私は、彼らと共にドラマを作る監督であります。本日はここで、ドラマの撮影を行いたいと思います。皆さまにはエキストラとして、この場で演じていただきたい」


 どうやら、ドラマ撮影に参加できるファン・イベントのようなものらしい。


 「男女一組で」という条件も、テーブル席のエキストラに求められたものだった。


 ユラは驚いた顔で、

 「レーウェンさん!知ってたの?」


  レーウェンは肩をすくめて、可笑しな顔でニヤリと笑う。


 「……どうしよ、エリに殺されちゃう」


 「ひょっとして嫌だった?殺されるって……」


 「いえ!何でもないです!」


 そう言って笑顔を作りながら、

 (主演って確か、あの人よね。絶対、エリのためにサイン貰ってこなくちゃ!)

 と考えていた。


 どやどやと機材が運ばれ、撮影が始まった。二人にも、食事の仕方を指示した簡単な脚本が配られたのだった。




 * * *

 




 「……僕らの婚約を取り下げる!?どうしてだ?」


 主演の男が席を立ち上がり、会場に響く声で台詞を述べる。


 何かしらの山場ではあったが、きちんと観ていた訳ではないユラには、どんな状況なのか分からなかった。


 「こんなことなら、エリと一緒に観ておけば良かった」


 「はい、カット!」


 監督が立ち上がり、ユラたちの席に向けて、

 「台本通りに、お静かに!よろしいですね」


 「ああ、済まない」とレーウェン。


 ユラは顔を真っ赤にさせながら、

 「……どうしよ、撮影止めちゃった」と羽衣で顔を隠した。


 「気にしないで、ユラ。ただのごっこ遊びみたいなもんさ」


 「で、でも……」


 ユラが落ち着かぬまま、再び撮影開始。


 「……僕らの婚約を取り下げるって?どうしてだ!」


 「……ねえ、ユラ」


 俳優たちが演じる横で、レーウェンはユラの手を引いた。そして、


 「ちょっとこの部屋、暑いよね?」


 とシャツの襟をくいと緩めた。鎖骨が露わになる。

 

 ユラはそこで目が点になり、次に「フフ……」と思わず笑ってしまった。


 「はい!カットね!そこのお兄さん、勝手な動きはしないようお願いですよぉ」

 怒りを堪えるようにして、監督が注意する。


  「これで、僕らは同志だね」

 レーウェンがパチリとウインク。


 ユラは、余計な緊張感が消えたように感じた。そうしてレーウェンに微笑みかける。


 「それ、なんですか。鎖骨に──」


 と、その時、

 「きゃああああっ!」


 と他の客席から叫び声が上がった。


 ユラも立ち上がり、その方を向くと、ドロドロとした液状の生命体が客席に座る男性を飲み込んでいた。


 「なんだ!あいつは!?」


 周囲がどよめいた。


 「ありゃ、ひょっとして噂のアメーバ種の宇宙生物では!?」


 「人喰いアメーバの!どうやってここまで?まさか擬態して」


 皆が騒ぐ中、液状生命体が飲み込んだ男の口を借りて、


 「いつマデ……緊張感ヲ強いるンダ……ハラへッタ!」 

 と叫んだ。


 会場から逃げようとする人々で現場は混乱、撮影どころではなくなった。


 が、レーウェンは一人立ち上がり、その生命体の傍まで近づいて行った。


 「レーウェンさん!」

 

 レーウェンは振り向いて、

 「ユラは危険だから下がって」


 そう言うと、液状生命体に向き直って怒鳴った。

 「その男を離せ!お前みたいな奴がいると、いつまで経っても交流を楽しめない!」


 「ナンダ、おまエ……喰ってヤル!」


 「ふん、喰えるものならな!」


 液状生命体は、飲み込んでいた男から、レーウェンに飛び移った。


 「こ、コノ味……オマエも同種か」


 「だったらどうした?」


 「人間もどきが……ハンパモノめ!」


 彼らはもつれ合うように闘っていたが、ここで液状生命体が大きく口を広げ、レーウェンを飲み込んだ。


 レーウェンは口呼吸が困難になってしまった。


 (ぐっ……思った以上に手強いな)


 「アッハハ……人間のマネをヤメロ。真のスガタを晒せ」

 

 「くそ、それだけは……」


 「ナラば、呼吸ハ諦メロ!」


 (ここで姿を晒すわけには……)


 「レーウェンさん!」


 レーウェンは薄れゆく意識の中で、こちらに向かってくるユラの姿を目にした。


 に、逃げろ。ユラ……。


 「美味ソウ……天女!喰ウ!」


 液状生命体がレーウェンを飲み込んだまま、ユラをも包み込んだ。


 が、しかし、


 「ぐっ!か、からイ!コレハ……!?」


 液状生命体はユラを吐き出した。が、口の中には、ユラのネックレスが引っかかったままだった。


 「コレハ……塩ノ、結晶?……ニガテ」


 そう呟いて、液状生命体はドロドロと溶け、床一面にぐったりと伸び広がった。


 塩の結晶は、今では貴重品である。




 * * *




 事件は無事に終わりを迎えた。


 犯行に及んだ液状生命体は逮捕、現在は勾留中である。


 ユラはすぐに保護された。が、不思議なことにレーウェンの姿もその場から消え、代わりに模型のような見事な人骨が散らばっていた。


 ユラは、その中からぼんやりと光る長細い骨を拾った。


 「これ、レーウェンさんの……」


 骨には光る文字が刻まれている。

 『ツキガ・トッテモ・キレイデスネ』


 ユラはその骨をギュッと抱きしめて離さなかった。



 

 * * *




 「はあ……デートは失敗か」


 ドロドロの体を引きずって、一人の異星人がため息を漏らす。


 「……いや、次こそは!もう一度会って、きちんと気持ちを伝えねば!」


 そう決心して、元来た道を戻り始める。


 しかし、その足取り重く、再び思案に暮れる。


 「この姿では、避けられてしまうかもなぁ。また、骨格をつくらないと」


 異星人は骨格屋を目指す。


 正体を見せるのは、本心を伝えるのと同じくらい厄介な問題のようだ。

 

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