中編 フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン

 「ユラ……あんた、また出かけるわけ?」


 夕刻、バイトから帰ってきたエリカは、シャワーを浴びて髪をタオルで巻き上げながら、冷蔵庫の中を覗く。酒を取り出して居間に向かうと、化粧台の前でメークアップ中のユラを見つけ、ため息交じりに声をかけた。


 「今日はこれからデートの約束してるの。帰り遅くなるかもしれないから」


 と、ユラは鏡を向いたまま、ルームメイトに返事をした。

 長い髪で大きな輪っかを作るのに忙しい模様。


 「はあ……せっかくあんたと一緒に『月宮殿ムーンパレスの恋人達』の続き、観ようと思ってたのに」


 「エリ、あのドラマに夢中ね」


 「あんたも良いドラマって言ってたじゃん。ヒーローものしか愛さないユラ様が珍しく誉めそやした一品よ」


 「ヒーローものしか、って何よ。恋愛ものだって……」


 エリカはそんなユラの言葉を遮るように、

 「ああ、私もいつか月に行って、素敵な恋がしてみたい!」


 「あのー……そのことで、ほんっとに悪いんだけど」


 ユラは鏡越しにエリカを見つめ、申し訳なさそうに手を合わせる。そして、今日の待ち合わせがどこなのかを伝えた。


 「はぁ?月宮殿ムーンパレスに行くの!?今から?」


 「そうなの。ほら、先月のパーティーでドラキュラみたいな格好してた宇宙人いたじゃない。レーウェンってひと。彼が誘ってきたの」


 「あんたいつの間に……抜け目ないわぁ」


 「招待されただけよ!……でも、ごめんねエリ。友達も一緒に行けないか聞いたんだけど、『男女一組に限る』って……」


 「ユラ、あんたって子は」

 エリカは潤む目を拭いながら、話題を変えた。


 「それにしても、月宮殿デートってことなら間違いなく上流階級ハイクラスね!ユラ、このチャンスをふいにしちゃ駄目、絶対にものにすんのよ!」


 「そんなの、興味ないもん。私はただ……」


 「宇宙人との接触コンタクト主題メインってわけ。さすが未来の宇宙生物文化学者、身の危険を省みずに実地調査とは頭が下がるわ」


 「調査だなんて!私にも彼にも失礼よ、エリ」


 額に赤い斑点ビンディを付けながら、ユラは不服そうに訴える。


 「でもあんた、相手が何星人だとか、宇宙のどこから飛来したとか、知ってんの?」


 「知らないけど……人間型ヒューマノイドだから、共感性はあるはずよ」


 エリカは、頭を抱えて友達の警戒心の無さを嘆いた。

 「あんた、相手に人間的なものを期待しすぎじゃない?人間形態主義アントロポモルフィズムって言うのよ、そういう考え方」


 「分かってるって!でも、パーティーでわざわざドラキュラの恰好してたぐらいだから、彼も地球文化が好きなはずよ、きっと」


 「……でも確か、変態メタモルフォシス可能だって言ってなかった?あの人」


 「なんだ、覚えてるじゃない。もしかしてエリの好みだった?」


 「怪しすぎるっつってんの。近頃、行方不明者が続出ってニュースでもやってたでしょ。アメーバみたいな奴の仕業かもって噂!」


 「考えすぎよ。答えが出ていないのに、疑うなんて良くないわ。それじゃ、私そろそろ行くね」


 飛仙髻ひせんけいの髪型を揺らしながら立ち上がると、羽衣を羽織って、光輪を背負い、玄関先で白いサンダルを引っかける。


 「ちょいと、ユラ!」


 エリカの声に、ユラが振り向く。


 「これ、貸したげる」


 それは、エリカのお気に入りのネックレスだった。白い四角形の結晶が施されている。


 「これって……」


 「高価なもんじゃないけど、御守り代わりにね」


 エリカはそう言いながら、ユラの背中をポンと押して、

 「愚痴ばっか言ってごめん!あんたは気にせず、楽しんでこい!」


 「ありがとう。ドラマ関連のお土産あったら買ってくるね!」



 * * *




 ユラは大通りに出て、招待状を月に向かって掲げる。


 しばらくすると、オーロラ色に輝く流線型の宇宙リムジンが駆け巡ってきた。


 運転手が降りてユラにお辞儀をすると、規則なのか、「どちらまで参りましょう?かぐや姫様」と尋ねた。


 ユラは少しばかりはにかんで、

 「月までお願いね、運転手さん」


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