Cys:45 赤髪のギター娘

「う~んと、ここで合ってるよねー?」


 いきなり事務所に入ってきたのは一人の女の子。

 年は多分、見た感じ私と同じぐらいだと思う。

 少し赤みがかった髪には緩いパーマがかかり、それを後ろで束ねてる。

 肩にはギターケースをしょってて、凄く利発そうな雰囲気がするよ。

 元々内気な私とは、ぜんぜん違う感じ。


「あのっ、失礼だけど、だれ…ですか?」


 そっと問いかけた瞬間、彼女は目と口を大きく見開き私を指差してきた。


「あーーーっ! やっぱりそうだ!」

「えっ? や、やっぱりって……」


 彼女が何を言ってるのか分からず戸惑っちゃう。

 なにが“やっぱり“なのか全くわからない。


 けどそんな気持もお構いなしに、彼女は満面の笑みで私に飛びついてきたの。


「みおーーーーっ♪ 会いたかったよっ!」

「ふぇっ? えええーーーっ?! ちょ、ちょっと、なんなんですか?!」


 私、思わず焦って顔が真っ赤になっちゃったよ。

 彼女はすっごく嬉しそうに抱きついてきたから。

 ただ、女の私からしてもなんだか凄くいい薫りがする。

 実は以前、あの玲華さんからも凄くいい薫りが漂ってきてたの。

 けど、またアレとは違う素敵な薫り。


───なんか、カラッと晴れた夏の太陽の下のビーチみたいに爽やかだなぁ……

 

 って、一瞬ボーっとなっちゃったけど、私はハッと我に返って両手で彼女の体を引き離した。


「もうっ、誰なんですか一体?!」


 顔を赤らめたまま問いかける私を、彼女は「おっと」と、いう顔で見つめてる。

 そんな中、私の後ろから優美さんもスッと前に出てきた。

 腰に両手を当てて少し怒ってる感じがする。

 もともと優美さんはルールには厳しい人だし、そうじゃなくても、こんなのあまりにも突然すぎるから。


「そうよ。誰だか知らないけど、いきなり来て抱きつかないで。澪は、私の大切な教え子なんだから……!」

「優美さんっ……!」


 私が少し潤んだ瞳でチラッと見つめると、正体不明の彼女は口角を上げたまま軽くため息をついた。


「はあっ、ごめんごめんっ。ただ、澪にはずっと会いたかったからさ。あの日から」

「あの日?」


 急にあの日と言われても全然ピンとこない。

 特に耕助さんと出会ってからは色んなことがあり過ぎて、どれのことか全く分からないよ。

 ただ凄く気になって考えてると、彼女はニヤッと笑を浮かべて私にスッとスマホの画面を向けてきた。


「これこれ♪ もしかして、まだ見てなかった?」


 画面に映っているのはSNSの『XYZイクシィーズ』で、なんか見覚えがある。

 

───ん? これって……


 私はそこまで思った時、思わず目と口を大きく開いちゃった。


「ああっ! も、もしかして『NatsMe』さんっ?!」

「ニヒヒッ♪ せーかーいっ」


 NatsMeさんは嬉しそうに口角を上げ、そのまま告げてくる。


「NatsMeだから本名は『夏美』。春夏の夏に美術の美で夏美だ。よろしくな澪っ♪」

「えっ、あっ、は、はいっ……!」


 あまりの出来事に、思考がちょっと追い付かないよ。

 NatsMeさんこと夏美さんは、昔、とは言っても数か月前だけど、私をSNSで紹介してくれた人。


 前に耕助さんと一緒に街にいた時、初めて玲華さんと出会って路上で歌った。

 あの次の日に、その時の動画をSNSで紹介してくれたの。(Cys;15参照)

 確かにいつか会えたらいいなとは思ったけど、まさかこんな形で会えるなんて思ってなかったよ。


───こんなことってあるんだ……!


 NatsMeさんの正体が分かると不安が消えて、その代わりに会えた喜びが込みあげてくる。

 もちろんそれでも、いや、私を凄く気に入ってくれてるからこそ、逆に緊張はしちゃうけど。


「あ、あの夏美さん。そのせつは、ありがとうございましたっ!」


 最初とは別の意味で顔を赤くしたまま頭をバッと下げると、夏美さんはカラカラとした感じで笑ってきた。


「べっつにいいって♪ あたしの方こそ、アンタに会えて嬉しいんだからさ」

「そんなっ、私なんてまだぜんぜんですよ……」


 これは謙遜なんかじゃなくて本当にそう思ってる。

 自分の歌声には自信があるけど、同時に自信がないから。

 優美さんから指導を受ける中で自分の課題も見えてきたし、なにより、皮肉にも自分のレベルが上がるほど分かっちゃうの。

 

 かつて耕助さんと優美さんたちで創り上げた『Star-Crownスタークラウン』のみんながどれだけ凄かったのを。

 もちろん同時にゾクッとするよ。

 そのみんなでも届かなった『Shiny-Crystalシャニークリスタル』の、圧倒的な実力に。

 Lynetteリネットたちの、人を遥かに超越した完璧な歌声とパフォーマンスを思い出すと体が震える。


───優美さんも耕助さんも、私ならいけると信じてくれてる。けど正直、まだまだ全然届いてる気がしない……


 けど夏美さんは、そんな私の両肩をガシッと掴んでニッと微笑んできた。


「だーからいいんじゃんっ♪」

「えっ?」

「あの投稿でも言ったろ。澪、あんたは輝く原石なんだよ!」


 凄く嬉しい言葉に胸がギュッとなるし、夏美さんの方こそ強い輝きがあると思う。


───なんか、太陽みたいな人……!


 そんなことを思う中、夏美さんは私の肩から手を放してニヤッと笑みを浮かべた。


「それに、堅苦しいのはナシでいこーよ♪ みーお」

「えっ、でもまだ直接は会ったばっかりだし……」


 夏美さんがいい人なのは伝わってくるけど、やっぱり緊張はしちゃうよ。

 こんな風に仲良くなった人なんて、今までいないから。

 けどそう思った時、耕助さんの顔が思い浮かんだ。


───あっ、でも耕助さんとは……


 初めて耕助さんと出会った時の記憶が私の脳裏を巡っていく。

 あの浜辺での出会いから今までのことが。

 それを心で振り返った私は、少し勇気を出して夏美さんを真っ直ぐ見つめた。


「うんっ、わかった! よろしくね、夏美さんっ♪」


 ニコッと笑みを浮かべた私を、夏美さんはまあまあかなといった感じで見つめてる。

 

「夏美さんか。まっ、それが澪ならそれでいいよ♪ よろしくっ」

「こらこそよろしくねっ♪」


 突然だったけど、夏美さんと仲良くなれて嬉しい。

 まさか今日事務所に来て、こんなことが起こるとは思ってなかったけど。

 ただ、ホッとしたと同時に、私は少しハッとして軽く首をかしげた。


「でも、そーいえばどうしてここに? まだメジャーデビューもしてないし、なんで私がここにいるって分かったの?」

「ん? ああ、そりゃあさっき澪がここに入っていくのを、たまたま見かけたからだよ。それに……」


 夏美さんはそこまで言うと、肩からギターケースを下ろして床にトンとつけた。

 そして、ニッと笑みを浮かべると赤みがかった髪を軽く揺らして告げてくる。


「あたしさ、澪と一緒にアイドルやるって決めたから♪」


 あまりに予期してなかった発言に、私は再び大きく目を見開いた。


「えっ、えええーーーっ?! 私と一緒に、アイドルを?!」

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