早死にするなよイディオット
隣乃となり
死んだ人間のことをいつまでも考えている。
パソコンが風邪をひいている。
「『どうもう』と『れもん』って漢字似てるよね」
鈴原は何気なしにそう言っていたけれど、俺はあいつみたいに利口じゃないから『どうもう』も『れもん』も漢字でどうやって書くかわからなくて、そのときはとりあえず曖昧に頷いてみただけだった。帰ってからふとそのことを思い出して調べたけれど、鈴原が言うほど似ているような気はしなかった。
なんで今になってこんなこと。
ああ、そうか。鈴原が死んだんだ。もう夏も終わるって頃に、あいつは首を括って死んだ。鈴原と連絡がつかず心配した彼女が家に行ったときには、すでに首に紐かけて自室でぶら下がってたそうだ。
俺のところに鈴原の訃報が来たのは、冷房の効いた部屋で久しぶりにデリヘルを呼ぼうか悩みながらごろごろしていたときだった。
四年ぶりくらいに鈴原から連絡が来たと思ったら出たのはあいつの母親で、先日息子が亡くなりましたと言われた。鈴原の携帯に入っている連絡先に手当たり次第にかけているらしかった。あまりにも突然のことで、それにどうやら自殺だということで、鈴原の死を告げられた俺はほとんど放心状態になってしまった。途端にさっきまで性欲処理のことしか考えていなかった自分がひどく邪に思えてくる。
ぼんやりした返答だけを繰り返し、電話を切った。すると先刻までは心地良かったはずの風が、鳥肌が立つほど冷たく思えた。
クソ寒い。
鈴原との出会いがどんなだったかは、もうとっくに忘れてしまった。
常に一緒にいたから馴染みすぎたし、四年も会っていないから離れすぎたのだと思う。俺は友達が限りなく少なかったから、俺の大学時代の思い出と呼べるものはほとんど鈴原で埋め尽くされている。
一緒にギターを始めたけれど俺は二か月で早くも挫折してしまって、でも鈴原はなんだかんだ頑張って長く続けていた。そんなことを思い出す。そういえば最後に鈴原の家に遊びに行ったとき、あいつがバイト代はたいて買ったピカピカのアコギはちゃんと置かれていた。少し照れ臭そうにしながら一曲弾いてくれたのも、覚えている。
あいつは俺なんかと違って器用だったし、賢かった。
親や学校が望む大学に入れば何も言われないだろうと思ってただ試験のためだけに勉強をしてた俺とは対照的に、あいつは本当に勉強、というか学ぶことが好きな奴だった。常に何かを知ろうとしていて、そしてそれを吸収して自分のものにすることを、まるでそうしないと死んでしまうかのように当たり前に繰り返す。貪欲。良い意味で。
なあ鈴原。
俺はお前がなんで自殺したのかわからない。
今更だけど、喧嘩別れなんてしなきゃよかったって、あの時よりも強く思う。なんのきっかけで争ったのかもう記憶にないけれども、多分しょうもないことだった。それなのに俺たちはお互いガキみたいに意地張って、四年間もお互いを遠ざけて。こうなるってわかってたら、俺は少しだけ大人になれて、何事もなかったかのように軽率にお前に電話して、それでお前もきっとついこの前喧嘩したことなんて水に流してさ、また前みたいに。いや、もう遅いよな。ごめんな。
でも彼女には謝れ。
なんで冷たくなった彼氏真っ先に見せつけるんだ。一生もののトラウマ植え付けてるんじゃねえよ。
俺のこと呼べばよかったのに。愛する女じゃなくて、俺みたいなどうでもいい奴呼び出して、第一発見者役やらせりゃよかったんだ。俺たちの間ではそういう陰鬱なのもオッケーだっただろ。
遺書。遺書残しただけで満足して逝くな馬鹿野郎。俺宛に書くなんて愚慮持ち合わせてんならもっと前に連絡しろ。
一緒に死んでくれ、とかさ。そんなことでもさ、俺言われたらわかんなかったな。お前と二人で何もかもぶっ壊して海に投げ捨ててさ、そのまま二人してゆっくり沈めばいい。水の中で睨めっこしよう。笑いながら死ねる。
せめてそうしようって言ってくれよ。
俺と鈴原の間に流れていた時間は決して光に満ちたものでも綺麗なものでもなく仄暗くて薄汚れていたけれど、そんなものでも振り返れば青春と呼べてしまって、そう思えるくらい曲がりなりにも俺もあいつも大人になったのだから、きっと今なら二人で一緒に笑い飛ばせたのに。
でも、俺の青春は死んだ。勝手に。俺に何も告げずに。
なあ鈴原。なんで死んだんだ。
俺はそんなことすらもわからないよ。お前は俺と違って可愛い彼女も陽気な友達も穏やかな家族もいて、幸せになる素質は十分すぎるほどあっただろ。
いや、違うか。幸福とか不幸とかそういう次元には、お前はもうとっくに立っていなかったんだな。誰も届かないところに一人、何を待つわけでもなくずっといた。
俺がもっと早く連絡してたら変わってたかな。
なあ鈴原。ごめん、俺ね、お前の番号から電話がかかってくるまでお前のことすっかり忘れてたんだ。つまらない意地張り続けてたらいつの間にかお前のこと考えなくなってた。それが死んだって聞いて急に感傷に浸って友達ヅラして、今の今まで忘れてたくせに。
ごめん。ごめん。死に群がってここぞとばかりにしゃしゃり出て、俺が嫌いな人間に俺自身がなってしまった。
ごめん。
なあ鈴原。お前は許してくれるかな。
「人間なんてみんなそんなものだよ」
って言って、また昔みたいに笑ってくれるかなあ。
早死にするなよイディオット 隣乃となり @mizunoyurei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます