お久しぶりです。なんか昨日くらいからさっむいですね。
今テスト期間なので、息抜きしようと思って書きに来ました。
祐里さんの肉フェス企画に、「もぐらの眷属E」という作品で参加させていただきました。
(祐里さんの企画)
https://kakuyomu.jp/user_events/822139838567430992「もぐらの眷属E」
https://kakuyomu.jp/works/822139838616146959【あらすじ】
三くみのユカリちゃんが結婚するらしい。
そんなうわさを聞いてぼくが真っ先に思ったのは、まだ小学生なのに、ということだった。
あらすじになっているのかは分かりませんが、大雑把な説明が難しいので……。
肉フェスということで、作中で主人公が焼肉を食べる場面があります。食べ物の描写はちゃんとするのはこれが初めてだと思います。難しかった。
(以下、ネタバレ含みます。説明するのが下手なので読みにくいと思いますが、お時間ある方は是非読んでいただきたいです)
めちゃくちゃぼんやり、「幼児性の喪失って存在するのだろうか」をテーマに書きました(かっこつけ〜///)。結果的に少しズレた作品にはなってしまってるかもですが……。
小学生のはるとはユカリちゃんを「ぼくよりもずっとお姉さん」だと評していますが、その認識は彼が大人になっても彼の中では変わっていません。恋愛リアリティショーに出演するキラキラしたユカリちゃんを見て、自分は取り残されていると感じてしまうんです。でも、それは大人がどうとかはそんなに関係ない気もしますけどね。けれどはるとはどうしてもそう思ってしまいます。
ユカリちゃんも、実は同じことを思っているんです。もぐらを必要としているのは子供のユカリちゃんで、だけど彼女は大人になった今もあの頃と変わらないモチベーションでもぐらを捜しています。だから彼女からすれば久しぶりに再会したはるとは自分なんかよりもずっと大人になっていて、自分は取り残されてしまったのだと気づくんです。要は双方が同じことを思っているということ。お互いが自分を大人になれなかったと思っていて、相手のことを自分より大人だなと思っています。じゃあそれって、結局幼児性って主観的な評価でしかなくて、絶対的なものじゃないのでは。
私はよく人(同い年とかにね)に、私よりも大人だなって思う瞬間があります。皆ある程度そうだとは思いますが、私はさらに、なんかムカついてしまいます。自分と同じはずなのに、自分よりも先に行っている人間に、うっすらと劣等感を抱いてしまうんですね。醜いったらありゃしないです。なんか自分の書いた小説を読み返してると、本当にきみ気にしすぎだなってくらい出てくる気がします。この要素が。
この世のものじゃないみたいで怖い人がいっぱいいます。私の指の間接、そしてその先まで美しかったことなんて、今まで生きてきた時間の中で一分たりともなかった。でも私とは真逆の人たちがいます。恐ろしいくらいに綺麗すぎる人がいっぱいいます。私の周りにも、そうじゃないところにも。別にそういう人たちにまでムカつくような身の程知らずというわけでもない私は、むしろにっこにこで見れます。悔しくなるのは手が届くかもしれないとわずかでも思ってしまうからです。
なんか関係ない話になってきました。久しぶりの近況ノートなので、関係ない話も書きたい気分みたいです。
毎日、非常に非常に楽しいです。だから私は、ね、もしかしたら自分はこのまま小説を書かなくなるんじゃないかとちょっぴり怖くなったりしました。もともと「楽しくない」から始まった行為だったので、楽しくなっちゃったら書く必要ないんじゃないかと思ったんです。
でもなんでか書いてますね!そして書くことが本当に楽しいです。元々サボり癖のある人間なので短時間で集中して何万字、みたいに書いたりはできないですけど、わーってやる気とアイデアが出たときくらいしか書く気はないですけど、やっぱり楽しいなって。なので公募とかもめちゃ緩くやってみようかなって感じです。落ちたら皆さんに読んでいただきたいし、たぶんわたしはそっちのほうが向いている。まあどうせ落ちたら普通にへこみます。へこんで、んで、また焼きおにぎりを食べたりして復活したいです。
さっき洗濯物干してたら空気がマックのポテトのにおいでした。