第3話

 次に目を覚ますと、指先に太陽の光が触れていた。

 ネーリは身を起こし、夢だったのかな……と昨夜を思い起こす。

 夢は時に、望む、都合のいいものを見せることもあるから……。

 フェルディナントが夢のように嬉しい言葉をくれて、優しいキスもしてくれて、眠るまで手を繋いでいてくれたなんて、どう考えてもおかしい。

 自分にとって都合の良すぎる話だ。

 思わず笑ってしまって、幸せな夢を見たなと思い込もうとした時、ベッドから降りて、すぐ自分がもらった部屋じゃないことに気付いた。

 見回すと、ベッドの側の棚の上に、朝陽が射し込む干潟の絵が飾られている。

 そのそばに、小さな紙があった。

 ネーリへ、とただ短く、フェルディナントの整った文字で書かれている。

 手に取ってみると、その下に細い鎖のついた指輪があった。

 彼が身に着けていた、大切な指輪だ。

 思わず手に取って、部屋を出て、珍しく誰もいない一階に降りて、空いたままの扉へと飛び出していく――と。



 ――バサッ……!



 大きな羽搏きと共に、夏の陽射しを遮って、巨大な影が丁度上空に舞い上がった。

 毅然と整列した四頭の竜が、それに続く。

 神聖ローマ帝国の戦術の、要であり、戦局を切り拓く為の鍵であり、彼らの敵にとっての、絶対的な恐怖である竜騎兵団が、輝く銀の武装と、黒い軍服に身を包んで、美しい晴れた水色の、ヴェネツィアの空に近づいて行く。


 地上で、騎士たちが美しい敬礼で五騎を見送った。

 竜の羽ばたきが生み出す、風の中で、ネーリは上空を見上げた。

 見開いた黄柱石ヘリオドールの瞳が、すぐにフェリックスの、特徴ある白みを帯びた身体を見つけ、瞬間的にこちらを見下ろした、天青石セレスタインの瞳に出会った。

 一瞬、全ての音が消えて、目に映る景色だけが、視界の奥に刻み込まれる。


 天青石の瞳がネーリを見つけて、優しく眇められ、はっきりと微笑ってくれたのが分かった。

 刹那のこと。


 一瞬でフェルディナントは厳しい表情になると、前方の空を見据えて、手綱を強く引いた。

 瞬間的にフェリックスが咆哮を上げた。

 それはようやく空に戻る、彼の喜びが、魂の底から出したような声だった。


 ドン、と大きな翼で虚空を叩き、フェリックスが一気に加速していく。

 それは、ネーリを乗せて飛んでいた時などとは比べ物にならないほどの速さだった。ただ飛ぶことと、軍事用の飛行演習をすることが、どれほど意味合いの違うことなのか、分かる。一瞬遅れて、追随する四頭の騎竜も飛び去って行った。


 ネーリは指輪を握り締めたまま、遠ざかって行く竜の姿を、見えなくなるまで見つめていた。




【終】


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海に沈むジグラート 第12話【セレスタインの空】 七海ポルカ @reeeeeen13

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