第6話 フロッピーディスク
センター試験当日、受験生の質問に答えるため、駒場のセンター試験出題センターに詰めていた私は、コートのポケットに手を入れて、
「あれっ?」
と思った。
それは、ポケットの中に、なくしたと思っていた「物理」の問題が入ったフロッピーディスクが入っていたからである。
(二か月前に福岡に帰った時、コートのポケットも調べたはずなのに、今になって、なぜここにあるのだ?)
私はそう思ったが、試験問題が外部に流出しなかったことだけは確かであった。
そう言えば、福岡空港のトイレで、若い頃の私に似ている若者にフロッピーディスクのことで声をかけられたことを私は思い出した。
その時、私は彼にお礼を言おうと思ったが、彼は突然どこかに消えてしまった。
2年間一緒に仕事をした同じ科目の出題委員の先生たちとは、気心が知れた仲になっていた。
月に一度とはいえ、同じ部屋で、『いい問題』を作るために、力を合わせた仲間である。泊まっているホテルで、一緒にお酒を飲んだこともあった。
「なくしたと思っていたフロッピーディスク、ポケットに入っていたよ」
私がフロッピーディスクをコートのポケットから出して、そう言うと、
「先生は、本当におっちょこちょいなんだから」
と、京大の准教授をしている粟倉先生が言った。
「それだったら、それは来年の追試験の問題として使えますね」
と、岩手大学で教授になったばかりの山口先生が言った。
センター試験は3種類作ることになっているが、ここだけの話、外部に問題が公表されていなければ、それくらいの使いまわしは許されていたのである。
世間の人は知らないが、副問題に差し替えた「物理」は、すこぶる好評で、「これまでにない良問」という評価をいただいた。
(こんなことなら、副問題を正規の問題にしておくべきだったかな? ・・・いや、センター試験なんてこんなものか)
私は、そう思った。
2年間の「物理」の出題委員長の業務が終わった私は、出題センターの「物理」の部屋にかかっていた、「川口良太」と書かれている自分の名札を外して福岡への帰路についた。
私は羽田空港に向かう京急電車の中で、30年前に一浪して共通一次を受ける前の日に、当時は短大の一年生だった若かりし頃のカミさんから電話をもらったことを思い出した。
(そう言えば、そんなことがあったな。あの電話があったから、頑張れたのかもしれないな)
私は、そう思った。
そして私は、タイムリープが何度も起こっていると噂になっている福岡空港の1階のトイレで、若い頃の私によく似た彼に再会するのを楽しみにして、羽田空港から飛行機に乗った。
これはフィクションであり、実在する個人や団体とはいっさい関係ありません。
大学入試センター試験 マッシー @masayasu-kawahara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます