第2話 新人サンタの厄災(後編)

 この家に住んでいる子供の名前はヒロト君6才。この街にある『つばき幼稚園』に通う年長組の男の子だ。


 現在の時刻は12月25日のAM0:45。 さすがにこの時刻には、ぐっすりと熟睡している事だろう。


「ふぅ〜……なんとか家の中に入る事は出来たな。あとはヒロト君の枕元にクリスマスのメッセージカードを添えたプレゼントを置いてくれば業務は完了だ。よし、ここまでくればもうこっちのもんだ。さっさと終わらせて次の家に行こう」


 その時、新人サンタはすっかり油断していた。前にも述べたが、サンタクロースの業務は、ただ子供にプレゼントを配って回ればいいというものでは無い。


 自分の受け持つテリトリーの地形、家族構成、子供の名前、年齢や性別、就寝の時間、そして性格等を事細かく把握していなければならない。


 因みにこのヒロト君。少々神経質なところがあり、深夜熟睡していても僅かな物音で目覚める事がある。更に、親御さんのしつけがとてもしっかりしていて、特に


 コトリ……


「ん……?」


「あ、ヒロト君。ゴメンね、起きちゃったかな。サンタさんだよ〜♪ メリークリスマス☆」


「ママァァーーーーッ、よおぉぉーーーーっ!」


「えええええぇぇぇぇぇーーーーーっ!!」


 * * *



 日本の警察のレベルは世界一だという話がある。通報から僅か三分で、近くの交番からパトカーに乗った二人の警察官が駆け付けて来た。


「警察です!はどこです!まだここにいますか?」


「お巡りさん、こっちです!このが強盗です! 早く捕まえて下さい!」


「いや、違いますよ!強盗じや無いですって! こんな格好した強盗がいる訳無いでしょ!」


「この野郎! クリスマスになんて、どこまで警察を馬鹿にしてやがるんだっ!」


「だから違いますってええええーーーーっ!」



 * * *


 新人サンタは必死に抵抗しようとしたが、この場合、抵抗すればする程。ここはおとなしく捕まって、協会支部に誤解を解いてもらった方が得策だろう。


 新人サンタは両手を挙げて無抵抗である事をアピールした。そして警官と一緒にパトカーの後部座席に乗り、交番まで連れていかれた。




「まずはアンタの名前を訊こうか。アンタはいったい誰なんだ?」


「だから、サンタクロースですってさっきから……」


「あ〜、いい、いい、そういうのは。本名を訊かせてくれないか?」


「本名は、十名海となかい三太郎さんたろうです。二十九歳」


「どうして強盗なんてやろうと思ったんだ? 最近流行りの『闇バイト』ってやつか? 」


「だから、強盗なんかしてないですって! 『支部』に確認してもらえれば判りますから!」


「支部というのは何だ?の事か?」


「だからっ!何でもすぐ『闇バイト』に結び付けるのは止めて下さい! 支部というのは、サンタクロース協会の日本支部の事ですよ!」


 そう叫びながら十名海は、支部とやり取りしたメールの画面を出して訴えた。


「ほら、ちゃんとメールのやり取りだって残っているんです。これってアリバイになるんじゃないですか?」


「どれどれ、どのメールだ……見せてみろ」


 しかし、十名海が警官に渡したスマホには十名海が支部長とやり取りしたはずのメールの履歴がすっかり消えていた。


「これは、あれだな……最近、闇バイトの指示役が『テレグラム』と共に使い始めた『シグナル』というアプリじゃないか……」


「シグナル……よりによって、なんでそんな使んだよ……」


 そのアプリを警官に見せた事により、十名海の立場はますます危ういものになっていった。


 * * *


 時刻は深夜の三時。このままでは十名海は強盗未遂の犯人にされてしまう。日本での強盗の量刑はとても重い。もし強盗殺人で有罪になれば無期懲役か死刑。未遂であっても実刑は免れないであろう。


「お願いします、お巡りさん!それなら、支部に電話をさせて下さい!支部長に訊けば絶対に疑いは晴れる筈ですから!」


 警官は思った。さっきから支部長、支部長と言っているが、支部長とは一体誰の事だ? 通常、指示役は電話で実行役と話す事は無い。しかし、もしもこの十名海という男が組織の中でも重要なポストの人間だったとしたら、これは警察にとっても大きなチャンスだ。上手くやればこの男をきっかけにして、指示役を事が出来るかもしれない。


「よし、お前がそこまで言うのなら、その支部長とやらに電話してみろ。その代わり、途中で俺に替わるんだぞ」


 そう言って、警官は十名海にスマホを渡し支部長に電話を掛けるように促した。


 スマホを受け取った十名海は、わらにもすがる気持ちでサンタクロース協会日本支部に電話を掛けた。


 数秒間の呼び出し音のあと、支部長の低く渋い声が聴こえた。


『はい、こちらサンタクロース協会日本支部の柚木達磨ゆきだるま筑郎つくろうですが』


「あっ、支部長ですか! 十名海です!助けて下さいっ! 僕、警察に捕まってしまって! 」


『警察に? 十名海君、それは一体どういう事かな?』


「それはですね、僕がサンタ……」


 十名海が何か言い終わる前に、警官が十名海のスマホを取り上げた。そして、改めて支部長と話し始めた。


「もしもし。あなたが支部長さんですか? 私は◯◯署巡査長の山下と申しますが、実はお宅の十名海という男ですがね……今、『強盗未遂容疑』でウチの交番にいるのですよ」


 巡査長の山下は、十名海に強盗の容疑がかかっている事を柚木達磨に伝えた。すると、それを聞いた柚木達磨は山下にとんでもない事を言い出したのだった。


『はて?十名海ですか……おかしいですね。がね……』



 * * *



「サンタクロース協会に、そうだぞ」


「そんなっ!なにかの間違いだっ!絶対そをな筈は無いんだっ!」


「そうは言っても、お前のところの支部長がそう言ってるんだからな」


「そんな馬鹿な事が……どうして支部長がそんな嘘を……」


 ちょうどその頃、サンタクロース日本支部では……




「よろしいんですか、支部長? あんな事を言って」


「やらかしてくれましたね。十名海君も……さすがに支部の名前が強盗未遂事件に関わるような事があっては後々面倒な事になります」


 結成からおよそ百年以上も経っている伝統ある非営利団体、サンタクロース協会。


 その名誉を守る為、時には蜥蜴の尻尾を切る決断もやむを得なかったのだろうか。



 * * *



「十名海、お前がなにも認めないから、調書が全然進まねぇじゃねえか! 今日は拘置所にから、覚悟するんだな!」


 12月25日……クリスマスの夜。街のあちらこちらでクリスマスパーティーが開かれ美味しそうな料理とケーキにシャンパンを囲んで楽しそうに語り合う声が聴こえる。


 そんな中、十名海は一人留置場で寒さに震えながら朝が来るのを待っていた。


「畜生、今日は人生で最悪のクリスマスだ。どうしてサンタクロースがこんな目に遇わなきゃならないんだよ! この世に神様はいないのかっ!」


 この日、東京ではしんしんと雪が降り始め、ホワイトクリスマスになった。


 そんな中、留置場の中は寒さが一段と厳しくなる一方で十名海三太郎は、その絶望の寒さの中、いつの間にか眠ってしまった。


 * * *



「十名海三太郎! もう出ていいぞ!」


「ムニャ?……」


「お前が入った家の家族から、被害届けが取り下げられた。よって、お前を釈放する事になった。お前のところに身元引き受け人の方が見えているから、もう帰っていいぞ」


「そりゃ本当ですか! しかし、身元引き受け人って、いったい……」


 不思議そうに首を傾げる十名海の耳に、聞き覚えのある大声がどこからか聴こえた。


「よお、メリークリスマス! 十名海! ほら、さっさと支度しろ、帰るぞっ!」


 それは、サンタクロース協会日本支部に所属する十名海の先輩サンタ、『山田九郎』であった。


 警察からサンタクロース協会日本支部の柚木達磨のところへ電話が来た時、柚木達磨は、サンタクロース協会の名誉を守る為に、十名海などという名の人間はサンタクロース協会には居ないと嘘をついた。


 しかし、その一方で、十名海の冤罪を晴らす為に彼が入った家にヒロト君へのプレゼントを持たせた山田九郎を行かせ、壊したベランダの窓ガラスの弁償及び、それ以上のリノベーションを条件に十名海への被害届けを取り下げてもらった。


 柚木達磨と山田九郎のおかげで、十名海の強盗未遂容疑は完全に解けた。


 先輩サンタの山田が、ポケットから一枚の手紙を取り出してそれを十名海に差し出して言った。


「そうそう、お前が入った『高橋家』のヒロト君からお前宛てに手紙を預かってきたぞ」


「えっ、俺に手紙?」


『おじさんぷれぜんとありがとう らいねんもいいこでいるからぷれぜんととどけてください  たかはしひろと』


「おじさん……」


 自分の事を『サンタさん』ではなく『おじさん』と書いてあったのには少し引っ掛かったが、とにかくサンタクロースの仕事で初めてもらった子供からの感謝の手紙が、十名海には何よりも嬉しかった。


「それにしても、とんでもないクリスマスだったな。御愁傷様! 十名海、お前腹減ったろ? 俺がメシ奢ってやるから、好きなもの頼んでいいぞ。何がいい? ラーメンか?」


「本当ですか? それじゃ〜俺、で!」


 長い一日だった。十名海はこの一日の事を二度と忘れる事は無いだろう。きっと、この事は毎年クリスマスが来る度に、トラウマのように彼の記憶へと呼び起こされるに違い無い。


 FIN


 ◆最後まで読んで下さって本当にありがとうございました!(≧∇≦)メリークリスマス♡   夏目漱一郎


※27日(土)PM19:03から、【カクヨムコン11】進化し過ぎたAIは、人類を支配する。の投稿を再開します。かなり読み応えのある面白いSF作品になっていますので、読んだ事の無い方がいらっしゃいましたら、是非とも手にとってご覧ください。


【カクヨムコン11】進化し過ぎたAIは、人類を支配する。

https://kakuyomu.jp/works/822139836289787951









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バッド・クリスマス〜ある新人サンタクロースの厄災〜 夏目 漱一郎 @minoru_3930

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