未知なるモノがもたらす恐怖、それに立ち向かう群像劇

 本作の『這う水に潜むもの』というタイトルは、意味と同時に効果も持っていいます。その効果は読む者の不安をかき立て、やがて恐怖の世界に引きずり込むでしょう。引きずり込まれた私が言うんだから間違いありません。

 冒頭は「何か」の怨念。ああこの「何か」が血なまぐさい惨劇を引き起こしていくんだなと察したところで、舞台となる神戸の歴史と絡んだ因縁が描かれます。この時点ですでに想定外の事が二つ――「何か」の正体は謎のままであること、そして「惨劇」ではあっても「血なまぐさ」さは皆無であること。
 その後時代は現代に移りますが、そこでも新たな惨劇が繰り返されます――が、「何か」の凶行は現代の警察組織でも手に負えない。このまま正体不明の存在は、凶暴無惨な恨みのまま「犯行」を繰り返すのか? そんな不安が募り募ったところで……これ以上は、どうぞ本編をお楽しみください。

 本作が秀逸なのは、「何か」の描写方法。よく出来た怪物・ホラー映画は、いきなり「怪物が来た!」などと絶叫しません。断片的な情報を小出しに積み重ねていき、観客自身の想像力に働きかけて、彼らの不安を徐々に膨らませていく、という手法を取っています(例:映画『ジョーズ』の背ビレ)。
 本作の「何か」も、度重なる凶行の描写を通じて、残虐さと同じくらいの「得体の知れなさ」を読者に植え付けていきます。と同時に、その恐怖の存在に対抗する諸勢力――警察はもちろん、「何か」を追う謎の組織――による追跡劇も開始され、ホラーだけでなくミステリの愉しみも味わえるという贅沢仕様になっています。
 本作の作者・水無月 氷泉氏は、本格異世界ファンタジーの大長編『混沌の騎士と藍碧の賢者』も執筆中ですが、同作で魅せている壮大な群像劇の手法を、本作でも惜しみなくつぎ込んでいらっしゃいます。「何か」、兵庫県警、「何か」を追う組織、その組織と対抗関係にある別の組織……彼らの織り成す糸が撚り合わさる時、物語はクライマックスを迎えるでしょう。
 すでに本作をフォロー中の皆さんは、是非その瞬間を見届けましょう。
 まだ本作をご覧になっていない皆さんは、まだ間に合いますので、是非追いかけてきてください! (言い忘れましたが、本作の文章はとても読みやすくて上品です)

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