這う水に潜むもの

水無月 氷泉

第001話:彼方の記憶 Part1

 ここはどこなんだ。


 俺は、どうなってしまったんだ。



 ああ、そうだ。



 ああ、思い出したぞ。


 俺は、殺されてしまったんだ。

 あの男の身代わりにされて。



 俺はだまされた挙げ句、殺人のぎぬを着せられたんだ。


 はめられているとはこれっぽっちも思わず、あの男の目論見もくろみ通りに動く、都合のいい駒にすぎなかったんだ。



 ああ、そうか。

 ここは、そうか。



 仄暗ほのぐらい水の底か。



 俺は、故郷からも見捨てられ、こんなところに投げ捨てられたんだな。


 ああ、俺の人生ってなんだったんだ。




 何だ。

 俺のポケットに何か入っている。



 ああ、そうか。

 お前たちだったのか。俺の数少ない友よ。


 お前たちには気の毒なことをしてしまったな。

 俺など見捨てて、お前たちだけでも逃げ出してくれたらよかったものを。



 言葉は通じなくとも、互いに慰め合う仲だったな。


 ああ、ああ、分かっているとも。

 俺も、お前たちも、所詮しょせんは弱者だ。



 俺には俺を見下す奴らが、お前たちには鳴き声を聞くだけで虫唾むしずが走るあいつがいる。


 ああ、そうだ。

 天敵という名の奴らがな。



 俺たちは害虫のように常にしいたげられてきた。


 そうだ。俺たちは狩られる側なんだ。

 決して狩る側にはなれない運命なんだ。



 ああ、うらめしい。

 ああ、腹立たしい。


 この積もりに積もった思いをどこに、どうやってぶつければいいんだ。




 なあ、神よ。


 死にゆく世界にあんたがいるならば。

 たとえ、あんたが邪悪だとしても、俺は認めるよ。




 なあ、神よ。


 俺に力を与えてくれよ。



 俺は、この身を焼き尽くさんとする激しい怨嗟えんさを吐き出さない限り、死んでも死にきれないんだ。


 この恨みを晴らしたいんだ。



 今度は、狩られる側から狩る側になって、奴らを呪い殺してやりたいんだ。




 なあ、神よ。



 最後くらい、俺の頼みを聞いてくれてもいいだろ。

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