懺悔録

朝尾羯羊

本稿

 車輪てんを外れて星火せいかちぬ。宛もりん人定まりて、ことゝ寂びたる道などにたふらんなきぞ、ことわりなる。何條なじやう事無からんやうを事無しとこそ見つべきに、一朝にして鑾音らんいんおこる。―――らん―――珂瓈。朝目あさめからぬしるましの聲、このもかのもに、海を隔てて、こゝら心肝を寒からしめたり。

 まさにつとめて、枕をむずとこそうごかさで、八百八衢やほやちまたの夢は破られしか。さるもの引きもつくろはずてわたればなむ、亂次しどけなの御衣おほんぞねやにありしをそのまゝに、籬下りか人影じんえいうづたかしかし。ちょうぜんとしてすべなう相携うつからぶのみなりき。

 飛輪中天に蹭蹬あしぶみしてのぼる能はず、うしろもくれにちりぢりになりて海端にしづみゆけり。常夜とこよの、天をおほへるが、墨染すみぞめの衣のごとく風にまかせてたなびけり見ゆ。こはこれ、上がりたる世ゆ送りもてごうしょの風なればとなむ、口碑に傳へはんべる。

 かつ、あの雲端うんたん虺虺ひかりひらめく影の、なん寥々れうれうたる。

 たがみぎに出でざるまじきみたしの、あま磐座いわさかむなとし侍れど、玉體ぎょくたいはかけにふさへしに碧玉へきぎょく紅玉髄べにぎょくずいよりなるとかや。あまさりょくぎょくのとおぼしき虹なむ、あはに身に添ひたてまつり、廿四の長老・四體の異形の従者ずさどもなど、おどろ〳〵しき形状かたちあまた引き具しておはしましたれば、彼蒼かのそうだつ影見え給ふおぼえて、かけまくだにも畏からまし。八重たな雲のくきさへに見上げるばかりらばこそ、さけしますをちにさもたりしほどぞ、あからさまなる、あてなるのがりえ問はましやは。

 恩波おんぱをおのれ被らなとぞたのみ給へ聞えしが、空にみちる手、五瓣ごべんはなより、卑きいやしき、不便もやもやもこそあらざりけりなましか、手づからこれを手折らせ給ふにつけても、権勢ならびなく、落せる蔭いと繁きつれて、主の光りを見隠みかくさんず木のめくよと見え給へさせしを、數よりほかにうちりぬべみ、よそにのみ御目ばせたまふなりにて侍る。

 國のがりまうのぼりてけらし消息の、うさるさにて、思い給へわきがたかべいにされば、かむときの、時じかめるになむ同じかり。群衆ぐんじゅ審判さばきのすでに下るをさとらず。見おこしてだに、さてやはせぬを、見が欲し空はさてあらで、ありしよはいや遠長とほながみ、上には世をいみじとて御いとま聞こし召しけむそ。

 听阻ききへだつらし天の岩戸のとばかり開くを、罷りありしく。殿しんがり聞こえさせ給ふあまはせ使づかひら、綿ばかりの跡とめて、あめ何算かさんかたぶけなめり。

 莫々然ありのまがひにゆすり滿ちなば、身の秋の、我かの心くれましを、白き光りの、花にまがへる、そゞろなつかしかりしかば、尋常ただなる衣袂たもとありしかは。大方の枕あへなくにあな左右さうなの首の座、熟柿のえだするがごとく、百草ひゃくさうしたがいてまからくのみ。


      ・


 西には、例の、榮えあり。

 かの、聖庁にのぼらんには、ただ越えの道よりほかに、さるべき所ありがたからんに、便ながるやは、ありし。梺路ふもとぢは、なぞへにあかがねのべたるどもにさへあかがりのすめるほどに、道行く人〴〵の、罌粟けしなどやうの、かりにとめにためる徽章みしるしとは、おぼえたりしも、さすがにて、かなたに光り滞りて、色をのみ、ひとしほにしぼり取りたらん蠟涙をながす事、おびただしかり。山からの、鬱勃たる林しきりて、名もなき、數ならぬ多く、立ちまじるめり。僧もや來つると、おぼめきそめてみしかたぞ、まほにしあらざる。道のかたそばのひた〳〵と影にひちたるところこそ、歩行ひろひあそばししか。わざとのやつしなめりかしなど、みたてまつるよりあなたに、陽彩やうさいは、をさまりなんとさへあるに、その片端にだに、しるくおはしますは、御足みあしのみになむ。よこざまのあかねにそむをおきてだに、きばみにたるが、薄ければ、たがねや、骨のけうらごめゑりなしたらんにつれて、ひだの寄それり。不斷ふだん不時ふじもちゐ、も給へらで、下にやすくは、日は一日とへかつましじきを、よそにせばこそ、うつゝに見えあべからざらん跡を垂れたまはましか、いざ、かた〴〵に乞ひありかるる、おほざうのとの、あにあはひめでたからめや。

 跡のかたは、かしけたる枝とか、見るとはなきにひきかへて、生ひさき遠きかひわりを、根白ねじろにこじし、ただ今のやうにをしのはゆるいとほしげさに、まして、いかばかりのことわざをかは、きこえさせてん。落ちとまりたるかたに、山を、しづむさまにて、もろともにおはしまし暮れぬ。

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