概要
1944年の年10月、私は志願して帝国海軍第15期予科練習生となった
【実話】1944年10月、15歳だった私は志願して帝国海軍の15期予科練習生となりました。
これは私と私の戦友達が、終戦を経て除隊し全員故郷に戻るまでの記録です。
80年前の記憶の残骸です。
なにしろ80年前のことなので記憶違いもあるかもしれません。ご了承ください。
入力作業をしているのは家族です。
様々なエピソードがあります。
【興味のあるところから、お読みください】
これは私と私の戦友達が、終戦を経て除隊し全員故郷に戻るまでの記録です。
80年前の記憶の残骸です。
なにしろ80年前のことなので記憶違いもあるかもしれません。ご了承ください。
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様々なエピソードがあります。
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おすすめレビュー
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- ★★★ Excellent!!!淡々と書かれた体験記。しかし、その行間には……
作者の体験が淡々と書かれている戦中記。
戦時中の国家という巨大な化け物を相手にして生きて行かなければならなかった若者の記録である。
淡々と書かれた文章の行間や何気ない末尾の一言から、戦争というものの恐ろしさが漏れ伝わってきた。
まず、最初に言及したいことは、単純に読み物としておもしろいということである。
どれだけ大事なこと、知っておかなければならないことであろうとも、その文章のどこかにおもしろさがなければ、そもそも手に取ってもらえない。
戦中の作者の体験が淡々と書かれている。基本的に起きたことだけが書かれており、そのときの作者の反応などは最小限に抑えられている。だからこそ、読…続きを読む - ★★★ Excellent!!!嘗めてみるほどに、憧れた
いわゆる学徒動員で、大学や専門学校から無理やり戦争に引っ張られていった青年層は、多くの戦死者を出した。
限られた者しか進学しなかった時代、出撃前にしたためる遺書も立派なものである。
「哀しい顔を遺すな」
特攻に出ていく青年たちは精一杯の笑顔で写真に写っている。
『お父さん、お母さん、○○は笑って死んでいきました。』
内心はどうであれ、それが、父母に対する最後の恩返しだと信じていたからだ。
死にたくない。
本当の胸中を知りたい親が、いるだろうか。
対して、募集に応じて自ら予科練(航空兵養成機関)に行った学生は15、6歳。
まだまだ子どもだ。
兵舎での生活も修学旅行の…続きを読む