母と暮らせば 婚約者編

母  「ああ、駄目…。やっぱり駄目!!もおっ、何とか、阻止しなくっちゃ」


 息子が帰って来る


息子 「ああ、彼女がよろしくって。やさしそうなお母さんでよかった、うまくやっ

   ていけそうだって」

母  「ちょっと、本当にあのと結婚するの」

息子 「そのつもりだけど、何か不満でも」

母  「大アリよ。あの娘はダメ。止めときなさい」

息子 「何で。あんなに仲良さそうにしてじゃない」

母  「あの娘。顔は笑ってたけど、目が笑ってなかった」

息子 「それはお互い様。おっかさんだって、彼女の事上から下まで見てたじゃな

   い」

母  「そりゃ、見るわよ。何たって大事な息子の嫁になるかもしれない女だもの」

息子 「こっちが嫁なら、そっちは姑。嫁いびりされるかもしれないもんな」

母  「私が嫁いびりするとでも」

息子 「そうは言ってないけど、世間じゃよくある話だからさ」

母  「だから反対なのよ。結婚前から、私をそんな風に見てるなんて、とんでもな

   い女。それこそ、今から鬼嫁確定じゃない。とにかくあの女は止めなさい。い

   いこと、この若くて美しい母が、ツトムにぴったりなお嫁さん探してあげるか

   ら」

息子 「そうやって、いつまで俺ん事、子供扱いすんだよ」

母  「だって、親の目から見れば幾つになっても、子供は子供なの」

息子 「はあっ。その言葉が、どれだけ子供の成長を妨げ、自立心を阻害して来た

   か、知らないの。だから、この国の男はみんなマザコンだって言われるんだ

   よ」

母  「誰が言ってるの!そんなこと誰が言ってんの!そんな、そいつをここへ連れて

   来なさい!私が説教、いや論破してやる!!」

息子 「世の中には、姿の見えない敵もいてさあ」

母  「悔しっ!ちっきっしょう!!」

息子 「わあ、コウメ太夫だ」

母  「ちょっと!いくら息子とは言え、言っていい事と悪い事があるわ!どうして、こ

   んなにも美しい母がコウメ太夫なのよ!」

息子 「だから、そう言うとこ、そっくり。」

母  「もおっ、いい加減にしなさ…。ああっ、コウメ太夫だとか言ったのもあの女

   ね。きっと、そうに違いないわ」

息子 「あのなぁ」

母  「いいからよく聞きなさい。第一、ツトムに結婚なんてまだ早いわよ。今は、

   女だって30くらいで結婚する時代よ。だから、まだ早いってツトムなら35、

   ううん40でも。そうよ、40くらいになって二十歳くらいの若いお嫁さん貰え

   ばいいのよ。その頃には今の彼女だってババアよ」

息子 「彼女がババアなら、おっかさんは何だよ。それにさ、少しは現実を見ろよ。

   こちとら売れてる芸能人じゃねえんだ。一介のサラリーマンの40のオッサン

   のとこへ二十歳の娘が嫁に来ますかねえ」

母  「あら、ツトムなら40でも50でもかわいいお嫁さんが来るわよ。だって、こん

   なにカッコいいんだもの」

息子 「それをなんて言うのか知ってる。親の欲目」

母  「何言ってんの。もっと自分に自信持ちなさいよ。サラリーマンだからってそ

   んなに卑下することないわ。ツトムなら絶対出世するし、その頃には落ち着い

   たいい感じの男になってて。若い女の子達に大人の男の人って素敵なんて言わ

   れて…」

息子 「はいはい、そうですかい」

母  「返事は一回!ちょっとさっきから聞いてりゃ何よ、コウメ太夫とか鬼ババアと

   か。よくもそんなことが言えたものね」

息子 「ちょ待てよ。誰が鬼ババアだなんて言った。俺、そんなこと言ってないよ。

   はっ、さては既にその自覚があるとか」

母  「もう、ある訳ないでしょ!とにかく、この母が、私がどれだけ息子の事を思っ

   て来たか。一にも二にもツトムファーストでやって来たと言うのに。ハハァ、

   それもこれもあの女の入れ知恵ね。やっぱりロクな女じゃないわ。だから結婚

   なんて絶対反対!!」

息子 「そんなこと言われても困るんだよなぁ」

母  「えっ、ひょっとして…。まさかあ」

息子 「そのまさかだったら、どうする」

母  「ぎゃああぁ。ああ、もう終わり。私の人生、もう終わりぃ」

息子 「人生が終わりとは、大げさな」

母  「大げさとは何よ。本当のことじゃない」

息子 「何が」

母  「何がって。わからない。私のこの若さのすべてが否定されてしまうのよ。こ

   れが許されると思う」

息子 「誰も否定なんかしてないさ。うちのおっかさんはいつまでも若くて美しいで

   す。はい」

母  「それなら、どうして、こんなにも若くて美しい私をババになんかするのよ」

息子 「ババ?えっ、何の事」

母  「何の事って、今言ったじゃない。子供が出来たって」

息子 「そんなこと言ったっけ」

母  「じゃ、私の聞き違い。そんな、結婚反対してもダメだって。それって、デキ 

   婚の事でしょ。何で、そんなことするの。ああ、こんなにも若くて美しい私

   が、お婆ちゃんだなんて、孫だなんて…。もう、死んだ方がマシ」

息子 「違うよ、勘違いだって。子供なんて出来てないから」

母  「ほんと?それなら、いいけど。あっ、もし、今後あの女がそんなこと言ってき

   たら、絶対中絶させなさい。この私がお婆ちゃんだなんて、許せない。もう、

   いや。絶対いや」

息子 「でもさ、俺が結婚すれば、いずれはそうなるよ。そうでなければ家系が絶え

   るだろ」

母  「だから、今はダメ。いえ、今もだけど、当分ダメ。心の準備が出来てない

   の。だから、結婚なんてもっと先の話。いいこと、わかった」

息子 「わかった。んじゃ、寝るわ」


 息子は自分の部屋に行くが、すぐに出て来る。


息子 「ああ、彼女。スマホ忘れてる。ちょっと行って来る」


 息子は出ていく。


母  「何さ。今時スマホ忘れるなんて、危機管理がなってないわねえ。スマホなん

   てプライバシーそのもの…。あっ、ツトム!そのスマホの中覗いて見なさい!と

   んでもないものがあるかも知れない、ああ、もう聞こえないか。それにしても

   残念だわ。あの女のとんでもない秘密が知れたかもしれないのに、惜しいこと

   したわ」


 その時、玄関チャイムが鳴る。


母  「今頃、誰かしら…。あらっ」

彼女 「すみません。あの、スマホ忘れてなかったでしょうか」

母  「えっ、今ツトムが追いかけたけど、会わなかった」

彼女 「そうですか。でも、会ってないです」

母  「そう」

彼女 「どこかで行き違いになったみたいで、どうも、すみませんでした」

母  「あっ、ちょっと待って。また、行き違いになるかもしれないから、上がって

   待ってたら」

彼女 「そうですか。では、そうさせていただきます」

母  「ああ、二階のツトムの部屋で待ってたら」

彼女 「はい、ありがとうございます」


 彼女は息子の部屋へ行く。


母  「しめしめ、うまく行った。さあて、どこから攻めてやろうか。今のうちにあ

   の女の本性暴いてやるわ。先ずは、正直に言いなさいよ。本当はあんたからツ

   トムにすり寄ったんでしょ。いや、待てよ…。そうだ、睡眠導入剤、まだあっ

   たわね。それを飲ませてやるか。それで、だらしなく眠っている姿をツトムが

   見たら、きっと幻滅するわ。そうだ、それがいい」


 その時、息子が戻って来る。


母  「あら、もう帰って来たの」

息子 「何か、行き違いになったみたいで会えなかったから、家に電話してみるわ」

母  「ああ、あの女、いえ、彼女なら、ツトムの部屋にいるわよ」

息子 「ああ、そう、良かった」


 息子は自分の部屋へ行く。


母  「ちょ、お待ち。あの女さあ、ツトムの部屋で待たせてもらうと言って、勝手

   に上がり込んだのよ。ねえ。厚かましいと思わない」


 息子はすぐに戻って来る。


息子 「彼女、居ないんだけど」

母  「えっ、そんな…。あの女さあ、やって来たらすぐにツトムの部屋に入ったの

   よ。厚かましったらありゃしない。それだけじゃなくて」

息子 「そんなことより、どこ行ったんだろ」

母  「さては。家探しでもしてる…」


 息子は部屋を出ていく。


母  「ちょっと、私も一緒に行くから。行ってあの女の正体暴いてやるんだから」


 母も部屋を出て行き、入れ替わりに、彼女が入って来る。


彼女 「あらっ、ツトムさんの声がしたと思ったのに」


 母が戻って来る。


母  「まあ、どこ行ってたの」

彼女 「えっ、部屋にいましたけど、ツトムさんの声が聞こえた気がしたので、お帰

   りかなと思って」

母  「でも、私とツトムが部屋まで行った時、あんた居なかったじゃない」

彼女 「すみません、トイレ行ってました」

母  「そう」 

彼女 「ツトムさん」


 彼女はまたも部屋を出ていく。


母  「ツトムどこへ行ったのかしら。まさか、トイレに行った、なんてことない

   わよね。ホントにもう、♪どうにも止まらない~、だから、止めてぇ」


 息子が入って来る。


母  「あら、あの女と会わなかった」

息子 「えっ、じゃ。彼女今どこ」

母  「ツトムの部屋だと思うけど」


 息子はまたも出ていく。


母  「一体、何がどうなれば、こうなるのかしら」


 彼女がドアから顔を出す。


彼女 「ツトムさん、本当にお帰りになられたんですか」

母  「帰ったわよ。それで、さっきからあんた探してんじゃないの」

彼女 「はい、でも…」

母  「だから、もう、ここで待ってなさいよ。その方が確実でしょ」

彼女 「でも、気になるのでもう一度…」

   

 彼女はドアを閉める。


母  「あのさあ。ここで待っとけって言ったのに、わからないの。もう、さっきか

   ら二人して何やってんだか。こっちがくたびれるわ」


 息子が入って来る。


息子 「彼女、いなかったけど、本当に俺の部屋で待ってると言った」

母  「言ったわよ。そしたら、その時トイレに行ってたんだって」

息子 「ふーん。じゃ、行ってみるわ」


 息子、出て行く。


母  「そんな、トイレまで行かなくったって。もう、なに二人とも、昔のメロドラ

   マみたいなすれ違いやってんのよ。ちょっと、ツトム。私も行くわ。やっぱり

   ツトムには私が付いてなきゃ駄目なのっ」


 母は息子の後を追う。しばし、静寂。

 彼女が入って来る。


彼女 「この家、外から見たら、普通の家だったけど、中は何か、おかしくて…」

母  「おかしいのは、あんたの方よ」

彼女 「えっ、どう言うことです」

母  「ここは、私とツトムにしか見えない家なの」



























 














 






 














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可笑しくて、ちょっとホラーな話 松本恵呼 @kosmos

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