ハロウィンには、まだ早い
朝のチャイムの鳴る数分前、ん、と目の前に現れたのは小さなビニール袋やった。渡してきた本人に目で訊ねても何も答えてくれん。
花の水やり当番もなかったし、特に用事もないと思うんやけど、どしたんかな。
朝に弱い
一緒に話していたやっちゃんに目配せしたら、気にするなと半笑いで自分の席へと戻ってくれた。
ごめんねとジェスチャーで謝って、音無くんに向き直る。
「わたしにくれるの?」
こくりと小さく頷く音無くん。
遠慮しつつ受け取って、そっと袋を開く。去年と見覚えのあるパッケージをしばらくの間、眺めてしまった。
山吹色のような橙色のようなカップに深緑の縁取り。毎年、出ている期間限定のかぼちゃプリン。
音無くんに探してるって言ったっけ?
言っとらんかったよね?
視線を感じてそちらを向けば、表情は全く動いていないのに、食べる?と瞳を輝かせる音無くんが目に入る。
「んー、もうホームルーム始まるし、お昼にしようかな」
断るわたしに、音無くんは気分を悪くすることなく、口だけを動かす。
「昼、一緒に食べよ」
「南館三階?」
いつもの場所を言えば、ん、と音無くんはわたしにだけわかるように笑って、チャイムと一緒に去っていった。
ᜊ(º-°ᜊ) (ᜊº-°)ᜊ
約束をした南館三階には、空いたスペースに自習用の長机と椅子がある。人目を避けられる窓際が、わたしたちのいつもの場所だ。
音無くんはコンビニのおにぎりを、私は弁当を食べ終えて、お待ちかねのデザートに手をかける。
山吹色の表面にプラスチックのスプーンをさして、ひとくち。
口の中にじわりと広がる素朴な味、かぼちゃの甘さにほっとした。噛み締めようと思っても、もう溶けとる。もったいないと思うんは贅沢かな。
かぼちゃプリンの余韻が無くなる前に、でもゆっくりと口に運ぶ。
半分ぐらい減って、お楽しみのカラメルがじわりと広がってから、音無くんは何をしているんだろうと気になった。横を向けば、机につっぷした彼が覗きこんどる。
いつだって伏せ目がちな視線とわたしの視線がぶつかった。
まっすぐに見られるのは慣れたはずなのに、たじろいてしまう。穴があいてしまいそうなほど、じっくりと見られるのまだ慣れない。
上目遣いのような、上目遣いじゃないような瞳に吸い込まれそう。
逃げるように手元に視線を戻して、食べかけのかぼちゃプリンと対面する。
「と、トリック・オア・トリート、だっけ」
「イタズラするん?」
かぼちゃと言えば、ハロウィンと慌てて振った話に音無くんが乗ってくれた。
やっと息を思い出せて、会話を絞り出す。
「もうお菓子もらっちゃってるから、イタズラはしない、よ……ね」
さらりと流すつもりやったのに、何かが引っかかったのか、音無くんの表情が固まった。少しだけ口があいている所がかわいい。
じゃなくて。なんで、ショックを受けとるんやろ。
彼のことがわかってきたつもりだったけど、彼の気持ちは彼のもので、結局は訊くしかない。
「お菓子ほしかった?」
音無くんはわずかに首を振る。
「仮装パーティーとか、興味ないよね?」
ない、と音無くんはぽつりと呟く。
頭の中のクエスチョンマークが増えてしまった。
「――かった」
「ん?」
「いたずらされたかった」
「……そういうもんなん?」
「そういうもん」
そういうもんかぁ、と返して、会話は途切れた。
つっぷした姿勢から、少しだけ体を起こした音無くんは物憂げに組んだ腕を見とる。
寒くなってきたから、きれいな筋を描いた腕が見えなくなったんだよね、と考えて、よこしまな自分が恥ずかしくなった。手の甲とか、首筋もきれいなんだし、見えなくなったものが惜しく感じとるだけ。
意識して、首に目を移して、そうじゃなくて、とかぼちゃプリンを完食する。
せっかくのかぼちゃプリンの味がちっともしない。
気恥ずかしいような情けないような気持ちと一緒にカップとスプーンをビニール袋に片付ける。一呼吸おいて横を見れば、音無くんはまだ真剣な顔で、さらに深く考え始めたのか顎に手をそえとった。
目の下にあるホクロと瞼に隠れがちなホクロまで考え込んどるみたい。
ずっと見ていたいような、多弁な瞳に映りたいような、ふわふわとした気持ちで見とれとった。
彼の目がぱちりと瞬く。
つられて瞬いて、さっきはなかった指先に驚く。しかも、その指先は彼の頬を――ちょうど目の下のホクロを押しとった。
これは、この指は、私の指、ですね。
見開いた目がくすぐったそうに細められ、うれしそうな瞳に映るのが、私だとワンテンポ遅れて気が付く。
「なな、何を考えとるんかなと思って」
口でごまかしながら、よこしまな指を、手ごと隠した。
熱くてたまらない頬を彼の人差し指がさす。
まるで、さっきの行動を真似をするみたいに。そんなことしたっけ?と言いたくなるぐらいに、ぷにぷにと頬を押される。
このままでは頬から熱と鼓動が伝わってしまう、と覚悟を決めかけた時、音無くんは珍しく歯を見せて堪えるように笑った。
「お菓子あげるから、イタズラちょーだい?」
意外と犬歯が長いんだなと現実逃避する。
ふに、と頬をつままれて、声にならない悲鳴をあげてしまった。椅子の端に逃げて、考えたけどイタズラなんて思いつかん。
でも、かぼちゃプリンはお腹の中。さっきの指はイタズラは入るのかな? 入らないのかな?
音無くんが悪魔に見えてきた。ほんのりとしか変わっていない表情が、意地悪なのに楽しそう。
彼と契約してしまったら、きっと心臓がもたない。目を合わせ続けたら捕まるような気がして、俯く。
「お菓子、いらない」
精一杯、答えたのに、ちぇっと呟いた彼はつまらなそうだけど楽しそうやった。
ᜊ(º-°ᜊ)蛇足 (ᜊº-°)ᜊ
音無くんは真剣な顔で夏海さんの仮装を考えていました。
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