ご無沙汰しております。
準繁忙期に追われ、大気を舞う粉に軽くアレルギー反応を起こして、日々、眠りこけていました。眠いのに、眠りが浅いんですよねぇ、困ったもんだ。
そんなこんなで、なかなかお話が書けず、ひたすらに漫画を摂取しておりました。心の栄養が足りない……足りないのです。
先々月にはなりますが、こちら、完結いたしました。
『音無くんとの花日和』
https://kakuyomu.jp/works/16818093082800298848
早速、読んでくださった方もいらっしゃいまして、本当にうれしいです。ありがとうございます!
本来なら、先月上げる予定だったssなのですが、ずれこんでしまいました。
高校を卒業した音無くんと夏海さんの小噺です。後半はちょっぴりネタバレか?と思わなくもないので、ワンクッション置いています。
暑さが本格的になって参りました。どうぞ、皆さま、ご自愛くださいませ。
(・_・)
街のシンボルとも言える、城が淡く色付き始めとった。二三日も過ぎれば、満開を迎えるだろう桜を横目に、線路下をくぐって目的の場所に急ぐ。
自転車のスピードには限度があるけど、それでもやっぱり、夏海より先につきたい。一秒でも彼女を見逃したくなかった。
目的のコンビニについて、彼女が来るであろう道を眺める。家まで迎えに行くと言ったこともあるが、悪いからとゆずらんかった彼女の提案により定番になった待ち合わせ場所。しばらく使わなくなるのかと気付くと、とても大切な所のように思てきた。
大学が始まったら、余計に夏海に会えんようになる――大学に行かずに講義を受ける方法を真剣に考えて、やめた。全ての教授が柔軟に対応できるわけじゃない。ハズレを引きたくもないし、実習はオンラインでできるもんでもない。
諦めよう……四年も頑張るしかないんか……つらい。
そんな考えも夏海を見れば、吹っ飛んでしまった。
「こんにちは、音無くん」
「こんにちは」
おはようではなく、こんにちは。学校とは違う挨拶に、同じように返す。それだけで、照れくさそうに、はにかんだ彼女が自転車にまたがったまま、首を傾げる。
「行く?」
「ん」
目的地はそう遠くないショッピングモール。裏道を選んで、十分ほどの距離を並んで進む。
「音無くんの方って、入学式、大学でしないんだっけ?」
「……」
「……去年、ニュースでしてたんだけど……入学式の案内、読んどらん?」
「……前日に見ればいいかと」
自転車の聞き取りづらい会話だとしても、夏海の吐いた息はとても大きく聞こえた。ちらりと向けられた視線に、呆れたような仕方ないような可笑しそうな、ひと言では表せらんようなものを感じる。
「わたし、音無くんのスーツ姿、楽しみにしてるけぇ、写真撮ってきてね」
スーツ、と聞いて母さんと|妹《さや》に引きずられるように連れて行かれた店で、とっかえひっかえに服を合わせられたことを思い出す。法事とかで、もう制服を着れんくなるからか、と考えとったが、どうも違うらしい。
入学式はスーツ。そうか。
「夏海もスーツ?」
「スーツだねぇ」
照れちゃうよね、と夏海が相好を崩す気配を感じて、見れた横顔はほんの一瞬だけ。
ひるがえる髪に邪魔された。どんな顔を見逃したくないのに、横ばかりを見続けるわけにもいかない。我慢する。今も入学式も、写真に、いや動画に納めたい。
「ん? なぁに?」
俺が溢したうわ言を、夏海はうまく拾えんかったらしい。不思議そうに訊ねる響きも間延びして可愛い。
口元をニヤつかせた|妹《さや》が毎日のようにからかって来ることを思い出した。『ひなちゃんと学校別々とか、大丈夫なのーぉ』と。俺が無反応なのを面白がって、ふっふっふーと思わせぶりな笑い声までつけて。反応したら反応したで、あれこれと吹き込んでくるから面倒だと放っとるだけなのに。
かっこいいだろうなぁ、音無くん、と呑気な声が、前から流れてくる。わずかに遅れをとる俺を振り替える瞳は眩しそうに細められ、ちょっとだけ寂しそうに感じたのは、都合のいい考えか。
学校が別々だと、入学式も別々なわけで、夏海のスーツは見ることはできない。今から入学を取り止めるわけにもいけんけぇ、サドルを握りしめて、夏海に声をかける。
「入学式の写真」
「うん、楽しみにしてるね?」
「じゃなくて。夏海の」
「……あ、そっか。音無くんのだけもらうのは悪いよね。わたしのは――いる?」
いる、と即答したら、夏海が小さな声で唸り始めた。自転車の横を抜けていく風にさらわれてしまいそうな声は、出してるつもりがないのかもしれない。
「家で撮った写真でもええ?」
頷いてから、自転車に乗っているので伝わらないと気付く。
「楽しみにしとる」
「うん、私も楽しみにしとるね」
咲き始めばかりだというのに、何処かから、花びらが待ってきた。塵かもしれないと思うような小さな一枚が、桜だと妙な確信を持つ。
桜が咲くのはもうちょっと後でもよかったのに、と今さら願ってしまった。
**花日和のネタバレかもしれないので、ワンクッション**
短いブレーキ音を響かせて、目的地についた。地域一番のショッピングモールの駐輪場の混みようは駅前といい勝負だ。
少し離れた場所に止めた夏海のそばに寄って、声をかけようとしたら彼女の髪がひるがえった。おろしたままにしとる髪が目の前をすぎていく。
俺と目があった夏海が固まった。
半笑いのような顔は珍しいなと眺めていたら、思ったよりも時間が過ぎとったらしい。
じわじわと目の前の顔が赤く染まり、目が泳ぎ始める。いつもなら、見つめ続けるぐらいなら、照れたように目をそらすだけなのに、俺の顔にじりじりと戻ったと思った視線が一気に反れた。
「どったの」
「いや、音無くんがいけないんじゃなくて、いや、いけないんだけど、そうじゃなくて」
しどろもどろな夏海がリュックの両紐を両手で握って、口をまごつかせて耐えている。かわいい生物は意を決して視線を上げて、また逃げた。
「……どったの」
「きっ気にしないで!」
「手、握ってい?」
握っていた片方の手がゆっくりとこちらに伸ばさせる。
触る前から照れているので、触るのも駄目なのかと思っていたが、そういうわけでもないらしい。よぉわからんけぇ、夏海の顔を覗き込む。
どこまで大丈夫なのか、人目がないうちに確認しておいた方がええやろう。
逃げられない夏海の視線が俺に向く。目があったのは一瞬、じっと見つめられたのは、顔の下半分。
湯気が出そうなほど、目を回した夏海は俺の手ごと、両手で顔を覆ってしまう。
当分、おあずけだな、と悟ったが、悪い気はせんかった。