刻の迷宮で君と出会う
- ★★★ Excellent!!!
光と影が交錯する、明治という時代。華族令嬢・桔梗は、嫁入り先での義兄による暴力、夫の裏切り、不当な投獄、そして家族の惨殺と自らの死という非常に過酷な運命に見舞われます。ですが彼女は「死に戻り」という特殊能力を持っていました。生き返った桔梗は自らの運命を変えようと動き出し、そして清影という美しい鬼と出会います。
本作は異種族ラブロマンスであると共に、質の高いミステリーでもあります。なぜ自分は死に戻るのか? どうすればこの悲劇のループから抜け出せるのか? 桔梗は自身の置かれた特異な状況と、繰り返される悲劇の原因に疑問を抱き始めますが、運命は容易には変えられません。「死に戻り」による時間操作を軸に、久遠の時を超えた因縁や奇術の謎が螺旋状に展開され、ループする世界で得られる断片的な情報の数々がやがてパズルのように収束する展開が、読者の心を掴んで離しません。
桔梗は何度死に戻りを繰り返しても諦めず、自分の意志で自分の道を選ぶ芯の強いヒロイン。そんな彼女が慇懃無礼ながらもどこか人間味のある清影と心を通わせていく過程は、まさにラブロマンスの醍醐味です。主従関係から始まる二人の関係は、やがて信頼、そして絆から愛へと変化していきます。二人の間に流れる言葉にならない感情の揺れが、物語に深い余韻をもたらします。
また物語のキーパーソンである鷹彦や幸代といった人物もそれぞれに複雑な背景や思いを抱えており、彼らとの関わりや彼ら自身の行動、選択も物語の大きな転機になります。
舞台の描写もとても鮮やかです。文明開化の息吹が感じられる帝都のざわめき、華族社会の格式と脆さ。明治という時代が持つ独特の空気感が、桔梗の心情や物語の展開と見事に重なり合っています。鬼や奇術といった幻想要素を歴史的事実と織り交ぜ、現実と虚構の境界を溶解させた独自の世界観を構築しており、伝統と近代化のはざまで揺れる人々の姿が、懐かしくも新鮮に映ります。
物語を綴る文章は、時に古風で時に現代的なリズムを持ち、明治という時代の多層的な雰囲気を巧みに表現しています。五感に訴える描写や短い会話のやりとりが、登場人物たちの心の機微を浮かび上がらせます。物語の緊張感や切なさ、そしてほのかな希望が、言葉の選び方ひとつひとつに宿っているように感じます。
時代を超えるロマンス、じれったいほどにゆっくりと近づいていく恋。桔梗と清影がそれぞれの過去や痛みを抱えて未来へと歩み出そうとする姿に、きっと読者も心を打たれることと思います。読了後には希望と再生の余韻と、風が吹き抜けるような爽やかさが残る、そんな忘れられない作品です。