第40話 前の器

 888年前、マウイ神を復活させるために僕達は、当時の器と共に4番目の僕フアと落ち合うためウェストコーストに向った。しかし途中、アーサーズパス周辺を陣取るポウナウ石の主の襲撃を受け、皆深い傷を負ったため、今回は、アーサーズパスを抜けずに人が多い観光地を巡りながらウェストコーストに行く事になった。


「ここから観光地を通ってとなると、クウィーンズタウンやワナカ、テカポに行っていいのか?」

「だったら凄く嬉しい」

 ガイドブックを両手でギュッと握りしめた凜が目を輝かせながらカイの希望に補足する。

「今は、その辺が有名なんか? 前の時は山と湖ばっかりで、今みたいに洒落た人間も旨い飯もなかったからな」

 ウルタプは若干退屈そうな表情で人参スティックにクリームチーズのディップをたっぷりと載せると口に放り込んだ。

「そのディップ美味しいよね」

 美味しそうに食べるウルタプにつられた結月は、既に大きくなった胃袋をぶら下げながら、スティック状に切ったキュウリにたっぷりとディップを載せると大きな口を開ける。

「旨いよな。でも俺はこのフマスっての? ひよこ豆で作ったこれが旨いよ~」

 壮星も結月同様、ウルタプに誘われて、オリーブオイルをたっぷりと混ぜ込んだ地中海料理のフマスを細長く切った人参にドップリと付けると、人参を咀嚼するいい音を立てる。

「ツイツイは凄いシェフやろ」

 ウルタプがまるで自分の事のように胸を張ると誇らしげに告げる。

「本当に全部美味しい」

「いやいや、それは殆どスーパーマーケットで買ってきたのをアレンジしただけでっせ。今食べてはるディップは、クリームチーズと鮭缶混ぜただけやし、フマスはオリーブオイルを足しただけやで」

「そうなの」

「またスーパーでのショッピングリストが増えたね」

「ねぇ~」

 良い情報をゲットした結月と凛は向き合うと笑顔で手を合わせた。

「ゴホンっ!」

 大きな咳払いを響かせたモアナは、重要な旅程の話合いを中断し食事を再開したウルタプに厳しい眼差しを向ける。

「ちっ」

 いつものように舌打ちをしたウルタプはモアナの態度など気にも留めずに今度はキュウリに手を伸ばした。

「氷山越えになるな」

 ウルタプは、咥えたキュウリをポキンと半分にする音を立てると言葉を零す。

「自分は海を任されているが、水とも仲がいい。氷や湖は自分に任せろ」

「山越えは拙者が得意でござる」

「うちらだけで無敵やな。フアと落ち合う必要あるか。アイツは雑やし」

「お前が言うな」

「拙者たちには南十字星の力を満ちさせる約目があるのだぞ。お忘れか」

 食べ物を口にせず静観していたフェヌアが太い声で諭すと、光線のように輝く真っ赤な瞳をウルタプに向ける。

「そやったな」

 静かに語るフェヌアに対しては反論しないウルタプは、頷くと薄っすらと水滴を浮かべるグラスを手に取り喉を潤った。

「氷山超えるんや、あんたら暖かい服がいるで」

「そっか、日本から着て来た冬服は、アリの家に置いてきたし、クイーンズタウンで買うのは高そうだな」

「ダニーデンに行ければ学生の町だから古着ショップがありそうだけどね」

「ニュージーランドの古着屋行ってみたい」

「クライストチャーチで行ったアンティークショップも楽しかった」

「赤十字とかホスピスとか、寄付金集めの中古店が殆どでさ、寄付して貰った中古品を販売するんだよ」

「へぇ~」

 日本のようにビジネスではなく慈善事業である中古店に感心した結月達の購買欲求が、貢献に変わると財布の紐が緩んでしまう。


 一同は、オマルーから南に車で1時間半の距離にあるダニーデンまで、フェヌアの屋敷で休息を取りながら進む事にした。

「宿泊施設ごと目的地まで移動できるなんて便利だよな」

 久方振りに十分に睡眠がとれたカイはサッパリ洗った顔をタオルで拭きながら、隣で歯を磨くレイノルドにミラー越しに話掛けると彼がコクリと頷いた。

『コンコン』

 ドアを遠慮がちに叩く音が聞こえ、カイはレイノルドを洗面所に残しドアを開ける。

「カイ、起きてたか」

 そう告げる壮星の傍らには久し振りに、しっかりとメイクを施した結月と凜が爽やかな笑顔を浮かべていた。

「おはよう、カイ」

「カイ君、おはよう」

「皆、ちゃんと寝られた? でござるか?」

 歯を磨き終えたレイノルドが結月達の声を聞いて部屋の入口にやって来る。

「レイノルド、え? 昨日ここで寝たのか?」

「ちがうよ、歯磨き粉を持って来るの忘れて、ここで歯を磨いただけだよ・・でござる」

「朝から、変な話方だよな・・アハハハ」

「皆、お目覚めか。しっかり休まれたでござるか?」

「あ、本物だ。おはようございます。はい、フェヌアさんしっかり寝れましたでござる」

 レイノルドは、嬉しそうに大きな声でフェヌアに応えた。

「上々。朝餉あさげを用意してござる。ウルタプがスーパーとやらで色々と買付て来てござるよ」

 フェヌアは若干困った顔をすると静かだが長い鼻息を出した。

「朝飯ぃ、腹減った」

 ウルタプの名と朝食を耳にした壮星は、今度は忘れずに凜の手を引いて軽い足取りでダイニングルームへと急いだ。

「朝から騒がしいよね」

 仲良く歩く壮星と凜の後ろ姿を眺めながら、結月は呆れ顔で小さく溜息を落とした後、2人の後に続いた。


 一同が到着した南島南東部に位置するダニーデンは国内最古のオタゴ大学や由緒ある学校が集中しており、教育の街として有名で、学生人口が市民全体の20%占めており、レストランバーやパブが多くナイトライフも充実している。スコットランドからの移民が開拓した歴史ある街で、その街並みからニュージーランドのエディンバラとも呼ばれ、南半球でも特に保存状態の良いビクトリア朝様式とエドワード朝様式の重厚な建物が立ち並んでいる。ダニーデンの最東端に位置するオタゴ半島は、エコツアーの聖地として有名で、アホウドリの一種ロイヤル・アルバトロスの繁殖地が離島では無く人の居住する本土にあるのは世界でも珍しく、卵を猫などから守るため保護区に指定されている。この保護区の近くには希少価値の高いイエローアイドペンギンも見学できる。かつては「世界一急な坂道」でギネス世界記録に登録されていた「ボールドウィン・ストリート」も観光の一つでダニーデン郊外の住宅街にある。


 一同は、氷山越えに備えてダニーデンで冬物の古着を購入した後、月族の動向を探るため、ロイヤル・アルバトロスやペンギン達から情報を聞き出した。

 モアナが憂慮していたように、海族の力が日に日に弱まっており、そのため海の環境が悪化しているという。話をしてくれたペンギン達は、彼等の天敵であるオルカが異常に狂暴化しており、食料収集に疲弊している様子だった。


「考えていたよりも深刻やな」

「そのようだ。早くフアと落ち合ってマウイ様をお呼びした方が良さそうだ」

「急いだ方が良いでござるな」

 僕達は、想像していたよりも状況が深刻である事に、眉間にシワを寄せると、離れた場所で仲間と浜辺で波と戯れるカイを眺めた。

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ニュージーランドを旅したら従者が現れ生贄にされました 美倭古 @fushiru

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