第39話 フェヌア邸

 マウイ神の僕達は、マウイ神の器を守るためにマウイ神から与えられたねぐらを各々持っているが、今回の旅ではウルタプが人間の生活に強く興味を抱いたため、自分の森小屋を登場させなかったことに、モアナとフェヌアから叱責を受ける。今回ばかりは、常々反抗的なウルタプも反省の色を見せ、次回からは自分の森小屋も利用すると約束した。


「ウルタプ様のお城にも是非是非ご招待してください」

「全くお前は・・あははは」

「ハハハハハ」

 モアナとフェヌアがウルタプに対して辟易し、重く漂っていた空気が、手を合わせウルタプに懇願する壮星の滑稽な姿によってその場が和んだ。


「フェヌア、屋敷を見て回ってもいい?」

 カイは、まだ温みが残る空になったカップをテーブルに置くとフェヌアに尋ねる。

「無論でござる」

「私も付いて行っていい?」

 急いで茶を飲み干した結月が手を上げるとコトンと音をたててカップをテーブルに乗せる。

「僕も」

 レイノルドが続くと壮星達と凛も手を上げていた。


 フェヌアの屋敷はカイ達が今居るリビングとダイニングキッチン以外は暗く、部屋があるようには見えなかったが、フェヌアが立ち上がった途端、次々と廊下に明かりが灯り始める。

「すげぇ~」

「結構奥まで続いてるのね」

 果てしなく続いているように思える廊下の両脇にそれぞれドアがあり、フェヌアがその一つを開ける。中にはベッドとデスク、二人掛けのソファにテーブル、壁面クローゼットに加えトイレとシャワー、洗面台も備わっており、質素だが一人には十分な広さである。

「エンスイートだね」

「だなぁ~、すげぇ」

「私の部屋より立派」

「おお、ベッドじゃん。やったー」

 カーテンは閉じられておらず、カイは部屋の中に足を踏み入れると窓から外を眺めた。

 浜辺を離れた時と違い、高く昇った黄金色に輝く月が視覚に入ると窓から一歩後退りする。

 カイの視線の先を察知したフェヌアがカイの隣に立つと窓外を見上げた。

「あれは月だが無害でござる」

「無害?」

「左様、時の流れは外と繋いでいるが、複写のようなモノでござる」

「複写?」

 クローゼットの扉を開けたり、ベッドではねていた壮星達も、窓の外を眺めるカイの傍に歩み寄ると空を見上げた。

 半月だけでなく無数の星も瞬いており、時折雲に覆われるなど到底複写には見えなかった。また、風に揺れる木々の葉が重なり合う音や虫の囀りが聞こえ、カイの知る世界が広がっていたのだ。

「えええええっ! あれってキウィバード?」

「ホントだ。スマホスマホ」

 壮星達は期待していなかったキウィバードの登場に慌ててポケットに手を突っ込む。

「拙者の演出でござる。気に入られたのなら上々」

「上々」

 フェヌアのフレーズをレイノルドがメモを取る姿に、カイは頬を緩ませた。


「フェヌア邸はどうやった?」

「ウルタプ様、めちゃくちゃ広かったです。共同の風呂なんて銭湯みたいでした」

「部屋も沢山あったね」

「キウィバードまで見せて貰った」

 フェヌア宅ツアーを終えた一行がリビングルームに戻ると、大きな身体をソファに沈めるモアナと、ダイニングテーブル一杯に広げた料理を一皿ずつ平らげるウルタプが出迎えた。

「ウルタプ、その料理はどうした?」

「う、ゴクン・・ ツイツイが調達してきてくれた。あんた等も食べ」

 小さなエプロンを着けるツイツイが忙しなく台所で羽ばたいていると、次々に綺麗になった皿がシンクから飛び出し重ねられていく。

「それ、ツイツイの能力なのか? 凄いな」

「全くだ。ツイツイ、扱使う主人など捨てて自分の所に来い」

 モアナは、横になっていた巨体を起こすと頬を大きく膨らませ食べ物を咀嚼するウルタプを呆れ顔で眺めた。

「あんたなぁ、まだそんな事言うてんのか。ツイツイはうちが好きや、なぁ~」

 ウルタプは、背後で働くツイツイに意見を求める。すると、ツイツイがひらりとウルタプの肩に舞い降りると、ウルタプをしっかり見つめた。

「はい、わいは、ウルタプ様に一生お仕えすると約束しましたんで」

「相変わらず物好きだな」

 首から下がる白い雪洞を誇らしく揺らすと、再び仕事へと戻って行く。

「皆々方も腹が減ってるでござるな」

 クライストチャーチでたらふく食べた飲茶はとっくに胃袋から消えていたが、モアナのカヌーの登場から一息つく間も無かった一同は、久方振りに空腹を意識すると全員手を腹に置いた。

「ぼーっとしてんと、さっさと座り。早く食べな全部うちが食べてまうで」

 底なしのウルタプの食欲を知る皆は、慌ててチェアーを引くと腰を下ろした。


「食べながらでええから、旅の話をしよか」

「う・・うん」

 口周りを丁寧にナプキンで拭いながら真剣な顔付きでウルタプに話掛けられたカイは、口に含んだマッシュポテトを上に載せたミートパイを、慌てて飲み込むとコクリと頷いた。

「次はどこへ行くのですかな?」

「僕達も付いて行っていいんだよね?」

 カイと旅を続けたいアリとレイノルドも、真顔に変わるとウルタプを真っすぐに見つめる。

「最後に見つけ出す僕は風を司るフアや。ウェストコーストに居る。ただこれがなぁ・・」

 いつもハキハキと話すウルタプには珍しく言葉を濁すと、喉が渇いたのかコップを手に取る。

「自分達もこの先どうなるかは分らん」

 ソファに座っていたモアナが立ち上がると、カイ達が囲むダイニングテーブル脇の壁に身体を預け、ウルタプ同様に神妙な面持ちを浮かべる。

「以前の器が、ウェストコーストに向う道中に闇討ちにあったでござる」

「え? そうなんだ」

 カイはその理由と、器がどうなったかを尋ねる勇気が持てず、心の動揺を隠すように前にあるソーセージロールをフォークで刺した。

「マウイ様の復活を拒む奴が居るのは、いつもや。ただ今回は月の動きが妙やし、真っ直ぐウェストコーストに行かん方がええと思ってるんや」

「前はアーサーズパスを抜ける時に襲撃にあった。あの辺りには、ポウナウ石の主が居てな。マウイ様がまたポウナウ石を取りにきたのだとでも考えたのだろう」

 壁にもたれていたモアナは、椅子に手を掛けクルリと回すと、背もたれに組んだ両腕を乗せて腰を下ろした。

「あの時は、ケアにしてやられたな。あいつら頭が良過ぎるんや」

「ケアって鳥のか?」

「そうや」

「ではこの度はアーサーズパスを通らずに行くでござるな」

「そうなるな。まだ時間もあるし、カイもニュージーランド旅行を続けたいやろうし、有名どころを通っていくのもいいんとちゃうか」

「人が多いほうが安全ではあるな」


 カンタベリー地区とウェストコースト地区の間に聳える南アルプスの心臓部に位置するアーサーズパス国立公園は、かつてマオリ族が狩猟やポウナウ石の交易のために東海岸と西海岸を結ぶルートとして開いた歴史ある峠である。アーサーズパスの村は、ニュージーランドで最も標高の高い集落で、ここを起点にして短い遊歩道や、1日から数日掛けての本格的なトラッキングコースを楽しむ事ができる。またこの集落周辺ではニュージーランドの固有種で絶滅危惧種でもある野生の山岳オウム・ケア、和名ミヤマオウムに出逢うチャンスが高い。ウルタプが触れたように、ケアは人間の4歳児に匹敵するほどの知能を持ち世界で最も頭の良い鳥とも言われるが、実は悪戯好きで登山客の靴を片方だけを盗んだり、車のタイヤをパンクさせるなど悪名も高い。

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