第4話『インタールードとは壮大な無駄話で紡ぎ身も心も深く繋ぎとめてしまう(ともっと早くに気づきたかった)』
※
頼みもしないのに、朝はやってくる。昨夜の夢のあとを、まるで踏みにじるかのように。
しかし眼が醒めると、そこには空恐ろしいほどの安寧が、確かに横たわっていたのだ。
傍らにはすやすやと寝息を立てる、長い睫毛と白い膚を持った、俺が愛した「美しい人」。
淫靡な撚れ方をした、さっきまでふたりの「産まれたままの姿」を包んでいた、白いシーツ。
まだ夢から褪めていないのだろうか、泣きだしてしまいそうなほど残酷な、美しい「世界」。
手を伸ばせば今もなお、滑らかな温もりを遺していて、どうにもこの身を切なくさせてしまう。
そんな感傷を身に着けてしまっては、もう「子供」なんかじゃいられない。俺は静かにしゃくりあげた。
……ここに來て吾が身の屈託を、蕩けた頭で振り返ってしまう悲しさ、と云ったらないが……
はじまりは、中高一貫の私立に入学した時から、だった。
もともと、小学生の時点でいじめと不登校を、経験していた。
昔から場面緘黙の症状があり、それを誤解された、という訳だ。その内容は、不愉快なので割愛させて戴く。
進学しても同じ事を繰り返し、流石に辟易した。「なんだって女どもは、斯くも粗暴なのか」とだけ云っておくとしよう。
最初の「入刀」は、母からくすねた缶入りの梅サワー(500ml)を2缶飲み干し、泥酔状態で静脈をすっぱり切った。
その後出血多量で病院に搬送もされ何針も縫われまくったが、それでも懲りることなく躰を切り刻み続け、今に至る。
カラオケスナックを経営する母親とふたり暮らしで、学校はもとより息の詰まるような家にも、居場所なんてなかった。
確かに女手一つで苦労して、ってのは判る。だからといって恩着せがましく、居丈高に振る舞ってみせるのは違うだろう。
学校でもいじめられた、と教師に云ったところで「あなたにも問題がある」と一蹴され、あまつさえいじめっ子までえこひいき。
余談だがこの時の慇懃無礼な担任教師、こいつも女で、差別的に云えば ”行き遅れ”。 明らかに男を粗忽に扱う事で興奮している変態だ。
……さっきから随分と「女性蔑視」な発言が目立つが、お許し願いたい。それだけ俺が「未熟」である証明だ、と捉えてくれたら嬉しいが……
そんな訳で大人、ことさら女というものを、反吐が出るほど嫌うようになっていった(実際吐いた)。
思春期に突入し、性に目覚めて最初にした事はただひとつ。当時の体育教師でまぁ、「抜いた」よね。
その時もやっぱり、無理解で横柄な大人に対する憎しみからだった。ほんとあのジジイ、躰だけは良かったな。
要するに誰も信じられなかったし、誰も判ってくれなかった、誰も愛してくれないし、誰も愛せなくなった。
そして、1997年6月現在。あと3年で恐怖の大王が来る事を願いながら、こうして手首を切り刻む日々。
それらがとうとう、塗り替えられてしまう。「甘美な絶望」と云うものがもしもあるなら、思いきりこの身を震わせてやろう。
しかし、俺にはもうひとつ乗り越えるべき「受難」があった。あの時「一時帰宅」さえしなければ、きっと気づかなかったのに。
続
虚弱体質哲学少年 里中森燈 @boi-gilbert-0529
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