箱詰め!~清と実の場合~

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

箱詰め!~清と実の場合~

きよ、あんま動かないで」

「うっせ、さねこそ動くなデカイ図体しやがって!」

「そう言われてもなぁ……」


 苦笑したさねの息が髪にかかってこそばゆい。

 慣れた気配ではあれど、自分の意志と関係なく他人と密着している状態というのは居心地が悪い。

 今俺たちがどういう状況なのかというと。


「箱詰めにする怪異ってふざけてんのか!!」

「うわ耳元で叫ばないできよ!」


 驚いたさねの体が跳ねる。その筋肉の動きもはっきりと伝わるほどで、俺は隠す気もなく舌打ちをした。

 俺とさねは、箱――おそらく箱と形容していいだろう、正方形の立体――の中に閉じ込められていた。それがひどく狭くて、俺とさねの体は木組か、というほどに絡まっている。

 足の間に足があるし、顔の上に顔があるし、どっちがどうなんだかもうわけがわからん。

 下にいる俺を潰さないように、覆い被さるような体勢になっているさねは天井に手をついてぎりぎりまで体を離そうとしているが、この狭さでは悪あがきと言えよう。


「壁壊せないのか」

「この狭さだと……力も入んないしなぁ」


 壁を殴りつけようにも腕を引けないし、蹴ろうにも足の可動域もほとんどない。これで壁を破壊するほどの力を込めるのは難しいのだろう。

 あるいは俺を気にしなければできるのかもしれないが。それは口には出さなかった。


「けど閉じ込めるだけとか……何がしたいんだか」

「これはこの箱そのものが怪異だからな。多分力尽きたらそのまま取り込まれる」

「げっ!」


 ぞっとしたようにさねの顔が青ざめる。

 そう、こんな馬鹿馬鹿しい状況ではあるが、案外と危機でもある。

 閉じ込める、というのは相手の反撃手段を奪うことができる。身体を拘束すれば、自分が傷つけられることはない。身動きのできない相手は徐々に弱っていく。直接手を下さずとも、生き物を殺すことはできる。


「でも力尽きるったって……人間が餓死するまでは暫くかかるだろ。そこまでこの怪異の方ももつのか?」

「餓死するまで……待つ必要、ないだろ。人間には、もっと根本的に必要なものがある」

「……きよ?」


 声の調子がおかしい俺を、さねが訝しむ。さすがに強がるのも限界になってきたが、弱った姿は見せたくない。俯いた俺の顔を、さねが無理やり持ち上げた。


「っおい」


 俺の顔色を見たさねが息を呑む。そして瞬時に顔を険しくした。くっそ、そういう反応をするから見られたくなかったんだ。


「なんでそんなになるまで言わない」

「言ったって、すぐに、出らんないだろ。なんか思いついてからと、思ったんだよ」


 けれどぼんやりとする頭は何も思いつきそうにない。

 少し喋るだけで息が上がる。苦しそうな俺に、さねは箱の境目をなぞった。


「――酸素か」


 そう。この箱には通気口がどこにもなく、面と面の繋ぎ目に僅かな隙間もない。密閉された空間では、酸素はどんどん減っていく。成人男性二人いれば、尚更。俺が騒いだせいもあるかもしれない。

 既に俺は酸欠状態になっていて、頭痛や眩暈を感じていた。


きよ、危ないから絶対に動かないで」


 さねが慎重に鋏を取り出すと、握ったそれを箱の境目に突き立てた。

 そのまま渾身の力を込めて、接着面を剥がすように腕を引く。

 硝子を引っ掻くような嫌な音がして、ちりちりと鋏で削られた場所から粉が零れだす。それを吸わないようにか、さねが俺を抱き込んだ。

 視界がさねで埋まった次の瞬間、ざぁと粉塵が舞って、周囲の圧がなくなる。

 新鮮な空気が流れて、外に出られたことを知る。

 粉が落ち着いた頃になって、ようやくさねが俺を離した。


きよ、大丈夫か?」


 酸素を肺いっぱいに取り込むと、俺は拳を握りしめて、さねの頭に落とした。


「あだっ!?」

「出られるならさっさとやれ!!」

「あんな狭い場所で刃物振り回すの危ないだろ!」

「怪異の中にいる方が危ないわ……っ」


 ぐら、と体が傾いだ。それをさねが危なげなく受け止める。


「あーあー、急に叫ぶから」

「誰の……せいだと……」

「無理すんなよ。しょーがないな」


 ひょいと背負われて、俺は唸った。情けない。


「なんで箱を出てまで密着せにゃならんのだ……」

「背中が不満なら赤子のように抱いてやろうか」

「悪かった」

「よろしい」


 さねが歩く度に規則正しく揺れる背中が心地良い。

 なんだかんだでまた助けられてしまった。

 寺に帰ったら酒でも出してやるか、と思いながら、俺は温かな背中に全てを任せて目を閉じた。

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箱詰め!~清と実の場合~ 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】 @yuki_taniji

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