第3話 星を見る会
結局、那央は橘の勧誘するサークル『星を見る会』に入った。『星を見る会』は定期的に天体観測をしたり、宇宙科学館やプラネタリウム巡りをする。所属は三十人程度で本当に星を見ているのは半分、残り半分は友達作りの飲み会サークルとして来ている。
星自体に興味は薄かったが、それでもサークルに入ったのは最初こそ橘と接点を持ちたいという不純なものだったが、中学理科の先生になるにあたり天体に詳しくなっておきたいという気持ちもあった。
♢
大学生活が二か月過ぎた頃……
那央は考えれば当たり前すぎることでショックを受けた。橘に彼女がいたのだ。そりゃそうだろう。イケメンで人たらしが漏れ出してるような橘に彼女がいないわけがない。
頭での理解と裏腹にガッカリしている自分がいる。ちょっと優しくされただけで舞い上がっていた。あちらはあれが「通常運転」、「誰にでも」優しいのだ。それだけなのに、生まれてこのかた恋愛をしたことのない自分はまんまとその気になってしまった。
もし彼女がいなかったとしても、それが何だというのか。男の自分が恋人になれるわけがないのに。橘に女の影がチラつくたびに右往左往するのか。
不毛。不毛すぎる。やめよう、橘を意識するのは。幸い友達も増え、授業もサークルも楽しい。大学には恋愛をしに来たんじゃないんだ。ちゃんと勉強に専念しよう……!
そう決意した矢先、
「アンプデモアで、バイトしない?」
と、橘が少し困った様子で話しかけてきた。
「一年の時はまだ良かったんだけど、段々忙しくなってきて……。今、あそこのウエイターは俺しかいないんだよね。週1でもいいから来てくれないかな?」
あのファンシーでオシャレなカフェレストランで、不器用な俺がウエイターをやる? 雰囲気ブチ壊しだろう。橘目当てのお客さんは来なくなってしまうかもしれない。
「……あそこは……顔採用じゃないんですか?」
「え? そんなことないと思うけど……。ま、仮にそうでも、那央なら大丈夫だよ。少し、前髪を上げれば」
そう言って橘が那央の前髪に手を伸ばし、そっとかき上げた。その距離感に腰が砕けそうになる。橘には何の意図もないのに、体が勝手に熱くなった。
「やっぱりほら、少しおでこが見えた方がいいと思うよ」
「そ、そうですかねっっ」
橘は那央の髪を戻すように前髪を撫でた。
「こんな髪型とかどうかな……」
と言って橘はスマホで検索し始めた。橘の手が離れ、ホッとしたような残念なような気持ちになる。
橘がスマホの画面を見せてきたので覗き込むと橘もスマホを覗き込んだ。急に橘と顔が近づき、今度は心臓が飛び跳ねる。
「び、美容室は、近々行こうと思ってたんで、こんな感じで頼んでみます……!!」
しどろもどろに答えた。もちろんバイトも引き受けた。
「絶対この髪型似合うと思うし、那央と働けるの楽しみだな」
橘はいつもの屈託のない笑顔を見せた。自分だって期待してしまう。
俺はなんてちょろい奴なんだ。そしてなんだったんだろうか、あの決意は……。
自分の流されやすさに嫌気はさしつつも、こうした橘とのやりとりは大学生活の中で一番幸せな時間だった。
カフェ・アンプデモア 真白透夜@山羊座文学 @katokaikou
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