第18話 手紙の裏付け

 

真実の裏付け、それが本当かどうかの証拠。彼女が求めたのは、その事実確認だった。自分の知っている情報が果たして、本当かどうかの。相談者の話が真実か否か、それを確かめる事だった。彼女は相手の都合を聞いた上で、その家に「初めまして」と訪れた。「本日は、どうぞよろしく」


 相手は、「はい」と喜んだ。彼女の名前は、世間でも有名だったので。著名な自分の訪問は、自身の人生に誇りを、ある種の優越感を覚えさせた。女性は家の中に彼女を導いて、椅子の上に彼女を座らせた。「お茶を持ってきます。少し待っていてください」


 歴史学者は、「ありがとう」と微笑んだ。初めての相手に緊張はあったが、相手の態度を見てからすぐ、その緊張を忘れてしまったらしい。彼女がテーブルの上にお茶を運んだ時も、その優しい仕草に思わず微笑んでしまった。


 歴史学者は自分の前に相手が座った所で、相手に冗談交じりの世間話や、自身の健康具合を話して、相手の緊張を解きほぐした。


「貴女のような人が、勿体ない。こんな所で」


「一人も、嫌いじゃないです。好きな時に起きられますし、美味しい物もたくさん食べられるから。村の人達には、『落ちつけ』と言われますけど。人間の平等が説かれる時代にそんな事はナイセンスです。私の人生は、私が決める」


「強いのね?」


「一人の方が性に合っていますから」


 女性は「ニコッ」と笑って、自分のお茶を啜った。そうする事で、自分の気持ちを落ちつけるように。「王笏の事、ですよね? お話は?」


 歴史学者は一つ、「はい」とうなずいた。相手の表情をじっと、見返すように。


「お手紙はとても嬉しかったけど、アレだけでは」


「分かります。証拠がないですもんね?」


「うん。私個人としては、新発見だけど。うちの連中を信じさせるには、もう少しだけ」


「証拠が要る?」


「証拠があれば、の話だけど。証拠は、ある?」


 歴史学者はまた、相手の目を見た。今度も、相手の真意を見定めるように。「この家に王笏があったりする、とか?」


 女性は「ニコッ」と笑って、今の冗談に首を振った。「流石にそれは」と。自分の家に王笏があったら、こんな手紙を決して送らない。蔵の奥深くに隠して、その隠蔽に口笛を吹いている筈である。自分からわざわざ、それも歴史学者に伝えたりはしない。彼女は自分の体を守るようにして、その胴体を抱きしめた。


「怖くなったんです。お母さんのヘソクリとかを見つけたんならまだしも。こんなに凄い、歴史を覆すような事実が見つかって。最初の頃は、勝手な妄想ですけど。宝くじで大金を当てた人みたいになっていました」


 歴史学者は、その気持ちに心を痛めた。何かの宝を見つけた人が必ずしも、「幸せになれる」とは限らない。普通の日常が壊れて、嫌な事に巻き込まれる事もある。本人がそれを望んでいなくても、知らない事の発見は、本人にとって多大なるリスクなのだ。リスクは、出来るだけ減らしたい。「分かるわ。そう言うのは一人で、背負いたくない。貴女の感情は至って、普通の事よ?」


 女性は、「ありがとう」と微笑んだ。自分の気持ちが分かって貰えた事に。彼女本来の笑みを見せたのである。彼女は穏やかな気持ちで、テーブルの上に目を落とした。「貴女に話して、良かった」


 歴史学者は、「こちらこそ」と返した。「貴女のお陰で、物語が始まった」と、そう視線で訴えたのである。彼女は自分のお茶を啜って、女性の顔に向き直った。「さて」


 ここからが、本題。彼女がここに来た、本来の意味である。それをしない事には、すべての話が始まらない。


「あの資料が見つかった場所、そこを調べても良いかしら?」


「はい」


 即答。何の迷いもなく、相手の要求に「お願いします」と微笑んだ。女性は椅子の上から立って、資料が見つかった場所に彼女を導いた。「こちらです」


 歴史学者は、目の前の建物を見た。立派な倉庫である。女性の家よりも大きな、中のスペースも充分に広い倉庫が、家の後ろに建っていた。歴史学者は女性が壁の灯りを点ける中で、倉庫の中を見渡し、そして、その保存品に目を輝かせた。「素晴らしいわ」


 どれもみんな、ではない。そのほとんどは一般品だったが、時代の経過を受けていた事で、製品の表面に気品が漂っていた。歴史学者は倉庫の中をしばらく眺めて、後ろの女性に振り返った。「貴女のご先祖は、几帳面だったのにね?」


 女性は、「そう、みたいです」と返した。自分と自分の血脈を遡るように。今の賞賛に対して、文字通りの興奮を覚えてしまった。彼女は歴史学者の隣に並んで、倉庫の一画を指差した。「資料があったのは、あの裏です」


 歴史学者も、その裏を見た。工具類が置かれた棚、その裏に大きな箱が置かれている。箱の蓋には鍵が掛けられていたが、倉庫内の湿気にやられて、その正面に錆が付いていた。歴史学者は箱の方に行って、その全体を調べはじめた。「百年以上が経っているからね。周りの品もそうだけど。金属系の物は、大体痛んでいる」


 そう言って、箱の中を調べた。歴史学者は箱の中身を取り出して、その一つ一つを調べた。「衣服、銅貨、鏡、遠征に必要な道具。年代の割合を見ても、どうやら」


 うん? これは、何だろう? 故人の残した手記? 手記の中には地図が書かれていて、その一部に×印が付かれていた。歴史学者は手記のページを開いて、女性にページの内容を見せた。


「この手記には、気づいた?」


「気づき、ませんでした。手紙の内容が強烈だったので」


「なるほど。なら」


 これは、「新発見」と言う事になる。今までの記録にない、文字通りの新発見に。「これを読んだら、分かるかもね?」


 歴史学者は「ニコッ」と笑って、手記の内容を読み返した。内容の一つ一つを確かめるように。「ふうん、これは! なるほど」


 そう言って、女性に手記の内容を見せた。歴史の真実が書かれた、手記のページを。


「手紙の内容は、間違いなく本物ね。筆跡がみんな同じだし、貴女の字とも似ている。貴女が送ってくれた資料とも。これは……」


「ご先祖様が残した情報?」


「ええ。貴女や私、後世の人に残した資料。彼はこの手記に、ほら? みんなの名前が載っているわよね? 王笏の秘密に関わった人間、その黙秘を誓うサインが? 彼等は互いの名前を残し合う事で、それぞれに自分の口を封じたの。『この秘密は、誰にも喋るな!』ってね?」


 歴史学者は手記のページを閉じて、その子孫に微笑んだ。今の話に「ぼうっ」としている、子孫の女性を。「故人の情報に触れてしまうけれど。今のページ、写しても良いかしら? お宝の裏付けになるし、宝探しの手掛かりになる」


 女性は少し迷ったが、やがて「はい」とうなずいた。彼女との会話に興奮を、ある種の浪漫を感じるように。その感情を「クスッ」と表したのである。彼女はご先祖の手記に目をやって、その表面に微笑んだ。


「不思議、ですね。私にはそう言うの、『無縁だ』と思っていたのに。まさか」


「お宝なんて、そんな物よ。自分には関わりない、興味関心がない物でも、実際には……。宝石の類いもそうでしょう? 元々は、ただの石なんだから」


「確かに。私はまあ、好きですけど。宝石なんて、ただキラキラ光る石ですからね? それに価値を見いだしたから」


「宝石は、宝石になり得る。この世のお宝は、人間の心次第なの」


 歴史学者は「ニコッ」と笑って、倉庫の中から出た。女性も彼女の後に続いて、外の空気を吸った。彼女達は家主の女性を先頭にして、家の中に戻った。「それじゃ少し、時間を下さい。手記の内容を写しちゃうからね?」

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浪漫(たから)を求める冒険へ~トレジャー・ナイト 読み方は自由 @azybcxdvewg

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