第3話 炎の瞳
目を覚ますとそこは、地下の一室だった。闇に沈んだ
ふと、焦点が合わず、ぼやけた視界の向こうに、青白い顔をした一人の少年が、隣の牢に横たわっているのが見えた。
「誰……?」
彼は、漢人の高僧が身に纏うような濃紫の光沢のある
──まだ生きている!死なないで!
「今、助けにいくわ」
アイシャは床に落ちている小石を掴み、彼に当たらないようそっと隙間から投げ入れた。音に反応して意識を取り戻してくれるのを願って。
だが、彼はまぶたをピクリと動かしただけで方で荒い息をしているのが伝わってきた。
カツーン、と音を立てて石は転がった。彼は目を覚まさない。自身の持つ、
しかし今ここで、自らの「能力」を使うことはできれば避けたかった。有能な
漢族が僧を使って
──私の能力は、未熟だ。使い方を誤れば彼だけでなく、斑目の一族、ひいてはこの
*
ザラストラルの民は、この西域のトルファンだけでなく、南方のインド大陸、カシュガルの先、遥か西方のトルコまで点在している。
ザラストラルとは、彼らが信仰する宗教の開祖の名だ。『斑目の一族』はザラストラルの中でも異能の
──神々に最も愛され、また神に忠誠を誓う敬虔で有能な恐るべき一族。
それは徐々にイスラームの勢力に呑み込まれ、衰退の一途を辿るかに見える斜陽の民族にとって、信仰と誇りの拠り所である一族だった。
ザラストラルの最高神、アブル・マジュラは太陽と光、火を司る神でもある。
金の斑目をもつアイシャの能力も、この光と火に由来する。左胸の下に大きな炎のような奇妙な痣と、稀に見る黄金と緑の瞳を見て、老
──この金の瞳は、一族を潤す「砂金」を生み出す瞳ではない。一歩まかり間違えば、一族を炎で焼き尽くす業火となるだろう、と息子である長老に伝えたとも言われていた。
それに、特殊な能力を使う事は著しく体力を消耗し、また少なからず痛みを伴うものでもあった。
少年だけでなく、アイシャも大きな衝撃を身体に受けていた。
腹部に殴られたような違和感を感じていたし、弱視の左眼だけでなく、右目もよく見えない。
口の中に広がる微かな甘みと苦味──。これはきっとヴェラドンナだ。この朦朧とした意識、体力の著しく消耗している状態で、自身の「炎の眼」の能力を使えば失明するかもしれない。でも彼を死なせてはならない。何としても助けなければいけないと、誰かが脳裏で囁くのが聞こえる。
「死なないで!」
頭の奥で警鐘がずっと鳴っている。右眼の奥に鋭く激しい痛みを感じた。唇を小さく震わせて呪文を唱えると右手を少年の牢の鉄格子に這わせた。
熱を帯びた黒い鉄格子が、生き物のように膨らみ激しい衝撃とともに爆ぜた。
「アァッ」
爆音と衝撃でアイシャ本人も吹き飛ばされ倒れた。
──彼は!?生きている?
助けたい、死なせたくない。だがアイシャの心の底にあったのは、彼の胸の奥にひびき続ける孤独を癒したい、という思いだったのかもしれなかった。
***
『金色のレストラーダ』四話に続く。
金色のレストラーダ 星宮林檎 @saeka_himuro99
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