第2話 風の温もり
それはどこまでも無垢で残酷なほど透明に澄んだ世界だった。
私たち『斑目の一族』は、もう気も遠くなるほど遥か昔から同族としか結ばれず、他族の血を拒み純血を保ち続けてきたのだった。
擦り切れるほど繰り返されてきた同族婚によって極限まで純度の高められた濃い血は、一族の結束と歪んだ誇りに一層拍車をかけてきた。
だが濃すぎる血は、血族の健康を損ない、多くの者が二十歳に満たないまま亡くなっていった。生まれつき目の見えない者や、「半月」と呼ばれるどちらの性別ともつかぬ特異な身体を持つものもいた。
その中でもアイシャは奇怪な一族の中でも更に稀に見る不可解な存在だった。
彼女の左目は、生まれつきほぼ見えず、四歳の誕生日まで口をきくことも出来なかった。大きな目に長いまつ毛、すべらかな肌は異国の陶器の人形のように整った顔立ちを殊更際立たせた。だが父と祖母が何度語りかけても、アイシャはにこにこと笑うだけで、その唇からは一つも言葉が零れることがなかった。
そして後に理由が明かされるのだが──彼女は一族のほかの子供たちと離され、分け隔てられ育てられていた。
何故ならアイシャは一族に伝わる伝説の『神の御子』と呼ばれる特別な能力を持つ一族の巫女──シャーマンの資質を生まれて間も無く発祥したからだった。
ビロードのように滑らかな翡翠色の瞳は、日に透けるとハッキリした金の斑目で、その目はまるで異世界から来たもののように、深い碧翠色をしていたのだった。
アイシャは──そして見るものを不可解な高揚感と幸福感に包む不思議な光につつまれていた。
だが一族の女長は、彼女を不吉な存在として忌み嫌った。何故なら、彼女の母は彼らの言葉で『風の者』つまり一族の外の世界からやってきた異民族であるとしっていたからだった。
*
母は華奢だけれど、美しい人だった──。
と、アイシャは誰になんと言われようと微かな温もりの記憶だけを頼りにそう信じていた。
彼女の名前の一つ、「サーシャ」は彼女の母に因んで父が付けてくれたものだった。
だが母はサーシャが三歳の頃、突然流行病で亡くなってしまった。外界と滅多に接することの無い『斑目の一族』が流行病に倒れるのは稀なことだった。
「媽媽(マーマ)、阿媽(アーマ)!!」
必死にそう叫ぼうとして負いすがったけれども、母の遺体は無惨にも打ち棄てられた。
今でもその時の胸を引き裂かれるような悲しみと、止めどない泪が、流砂に沈み込むように流れ続けていたのを決して忘れる事は出来ない。
その日から私の父、ダイナは、私のこれまで以上に愛情を注ぎ、一族の嫌がらせや疎外感から守ってくれていたのだが……。
その父がなぜ今になって、私にこんな事を!?腹に重い拳を打ち付けられ、薄れていく記憶の中で、誰よりも優しく温かな笑みを向けてくれた父の横顔が、哀しく消えていった。
「アイシャ。……お前のことは、きっと守り抜く」
父はたった今気絶させた自分の娘をその腕に優しく抱きとめると、静かにそう呟き、冷たい息を吐いた。
*
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