《与太噺》才気煥発、前途有望な三人の若者が天与の為すべきを授かり、老賢人の言祝ぎによってその意味を知るの段

竹中有哉

才気煥発、前途有望な三人の若者が天与の為すべきを授かり、老賢人の言祝ぎによってその意味を知るの段

 さて、十四、十五、十六の年頃と言えば、神聖都市なら神官直々に、あるいは神殿が流行らないあたりでは占者か人相見かデータ屋か、はたまた辺境では村の辺の怪しげなまじない婆さんあたりに己が持ち分、所謂というやつを託宣賜って肩で風切る俄か丈夫に姫無頼。


 この役割というもの、昔々の大昔、異世界から遊ばした外つ神様がこの世においでなさった折り、なんだかという大事業のためこの地の人々に種種くさぐさの務めを与えて遣おうとしたものの、誰も彼も己の力量を計れなかったり、手前勝手に旨い汁を吸おうととんだ出鱈目を述べたり、おかげで姫君にだんびら持たせ乞食に魚を焼かせる有様だったがために神様御自らというものに怒声一発、今後手を煩わすことのないよう自ら名札をつけることをお命じになった、その証。そのおこぼれに預かって、今や衆生も背負った荷が何なのか知ることができるのはまさに僥倖ぎょうこう。とは言え、おれがなんでてめえがなにと分かれば我と彼とをひき比べるのに使ってしまうのが人間の愚かしさ。


 ひなびた処なら意味深な魔女の婆さんが、さて「お前さんからは土のにおいがする」だの「盾打つ音だ、戦士の相だよ」など雰囲気たっぷりに示そうものだし、お偉い神官様の儀式にあっては光に音楽にはためく布地に居並ぶ司祭さまがたにと様々の権威化を施し一種不可侵な様相を見せようが、神殿門前でもなく迷信くさい辺境でもない中途半端なあたりとなってはもういけない。ことデータ屋、あの世界の真理を知り尽くしてございとでも言いたげな、不信心な不心得者どもの手に掛かったら! キャラクターシートだとか呼ばれる一葉も、縦横引いたばっかりの線の中、味も素っ気もなく神様の文字をそのまま、フリーフォントで事務的に書き記されてさあこれがお前だという。神殿でも占い婆さんでも、もうちょっと装飾をつけて煌びやかに縁取り描き上げて、味のある飾り文字に、もしかしたら似顔だってつけたものだ。それが工業製品よろしく書き上げる端から投げつけられれば如何に神妙なものとて色香に迷った久米の仙人、通力失って真っ逆さまに地に墜ちて、俗人のつまらん意地やらなにやらの、その証明となり果てた。




 ダグ、トロン、ザックの、この辺りでは名のしれた悪童三人組もまた、例に漏れずデータ屋の窓口で発行された一葉をそれぞれに見比べ合って大騒ぎ。この三人、歩き出した頃からの付き合いで、腕っぷし自慢のダグが喧嘩に飛び込んでいくのを図体のデカいトロンとちびのザックが追いかけて、一度暴れ始めるとそこらの大人でも止めるのに難儀するような有り様。とは言え、気性は至って素直なものだから、近隣の衆にはよく可愛がられた。


 それが自慢のしあいで仲違いするかと思いきや、三人が三人とも見慣れぬ役割で、というのは勿論勇者賢者剣聖なんぞのおとぎ話に出てくるような美々しい役割ではないにしろ、鉱夫農夫に漁夫いさなとり衛兵えいへい番兵ばんぺい助兵衛爺すけべじじい警吏けいり警邏けいら傾城屋けいせいや、村人牧人商人あきないびとやら門前で街の名前を教えてくれる人やらのありふれたものでもないときたから、誰が上なんぞ到底言えずに好き勝手喋るばかり。


「読めねえ!」


 とダグが大きな口を開いて音を上げるのは、よく見る役割ならなんとかその音くらいは分かるが故。神代のどこか遠くの文字は、お陰様、誰でもひとつは持ってるキャラクターシートによく用いられている語ならその音が彼らの書き文字に入り込んで、なんとか形から音の予想は付きそうなもの。とはいえ、三人ともにそうではない。


「てえのはつまり、おれたちみんな珍しいものなんですね」

「ダグがそうなのは当然さ。でも、ぼくたち二人もなんてね」


 三人揃いのレアな役割が嬉しいのか、トロンののんびりした声に、ザックの、これは髪の毛で目を隠したのが、それでも忙しなくあちこち目を向けているのが甲高い声で追従だ。


「喜んでばかりもいられねえぞ。人様に聞かれて自分の役割も言えないじゃなんのためにこいつをもらってきたかもわからねえ。ちぇっ、これなら北の離れ村まで行ってまじない師の婆さんにでも頼みゃあ良かった!」

「婆さんならどんなものか教えてくれたでしょうね。でもいいじゃないですか、読めないなりに分かることもある。なるほど、おれはダグとおそろいの四文字だ」

「ダグのは前の三文字柔らかい曲線で、最後の一字も簡にしてどっしり構えてて見事だよ。緩急が良いね」

「そいつは褒め殺しか? そのどっしり構えてる字とやらは、見ろよ、トロンの一文字目とおんなじだぜ」

「やあ、慧眼だ。ああ、でもちょいと違いますよ。この点の位置、おれのは真ん中だ。ちょっと間が抜けてら」

「良いなあ、似てるところがあって。ぼくは三文字だし、どれも角ばって余裕がないや」

「何言ってやがる。勇者だとか賢者だとかもカクカクしたのばっかりだ。お前の三文字目は『しゃ』とかのを難しくしたやつじゃねえのかよ。このオレの次にゃいいやつかも知れねえぞ」


 三人揃ってかまびすしくも、がらんどうのふちを撫でるような、抜け殻を見て蝉を論じるような有り様だ。これでは埒が明かないと、とうとう三人、こうなりゃ知恵者からその知恵を借りるしかないと思い至ってご近所のご隠居を訪うことにした。このご隠居、若い時分には王都まで行って学問したというこの辺きっての博学で、困りごとには喜んで口出すお節介。この悩みにはうってつけ。


 ご隠居のところにたどり着くまでにもキャラクターシートをひっくり返したり取り替えてみてみたり、がやがやとやかましいことこの上ない。その声の響くこと、ついにはご隠居の家の前についたとき、庭から先にご隠居が呼びかけたほど。


「なんだい、随分やかましいのが来たじゃないかい。可愛い悪ガキどもめ、今度はなにをやらかしたんだい? ああ、待っとくれ、違うね。はあ、ははあ。キャラクターシートだね、読み解きかい。いいよいいよ、入っとくれ。見せない、どこのだい、紙はいいね、触るだけで破れるようじゃつまらないからね、インクもいい、はあ黒い文字が良く出てる、リッチブラックかい、それ以外はちょいといただけないね、デザインがよくないよ、文字はぎゅうぎゅう詰めで余裕がないし、半角と全角が混ざってるじゃないか、ケチったねえ、七軒目だね、あすこは安いけどこだわりがなくてね、こういうときは奮発するもんですよ、言ったろう、安物買いの銭失いだ、銭と言えばね、ここのこの幸運ってな金回りに関わる部分でね、いいかい12もありゃ悪くはないよ、おや待ちなザックさん、良いじゃあないかお前さん17もある、まあだいたい16も17も変わらないんだけれどね……」


 一度口を開いたら大変だ。流れるように三人座敷にあげて、手に持ったキャラクターシートを取り上げて、聞かれる前から長口舌。三人、辟易した顔で、やっぱり北の村まで行くべきだったとか、誰がここに来ようと言い出したんだと犯人探し。こればっかりは悪癖で、知恵もあるしお節介でも頼み事の少ない理由。


「ご隠居さん!」

「なんだい、話してるところに口を挟むもんじゃあないよ」

「いや悪い、悪いんだけどさあ! 今回聞きたいのはそこじゃねえんだ」


 ダグに言われて、ようやく話を聞ける程度には口を閉ざしたご隠居に、三人揃ってキャラクターシートを差し出して、その他のところは誰でも同じであるから解説無用と丁重に断ったうえで、役割だけはどうか読み解いてくれと頭を下げた。

 ご隠居、そのように扱われては否やはない、いや、もとよりお節介、助けを求められて為さぬ仁のあろうものかとえびす顔。


「それでこいつがお前さんのかい、ダグさん。はあ、確かに珍しい役割だね、見たこともない」

「読めねえってことかい?」


 些か消沈したダグの言葉に、ご隠居、いいやと厳かに頭を振って


「確かに見たこともない役割だがねえ、あたしもちょっとは文字てものを知ってるともさ。ははあ……こいつはね、まず、えー……か、か、ま、せ……えーとね」


 頭の三文字をつっかえつっかえ読み下したからには、もうたまらない。


「『かませ』? 『かませ』てのはなんだ?」

「あれじゃないですかね、ほら、いつだったか聞きましたよ、『粋でいなせないい男』てのが」

「違うよトロン。そんなに長くないじゃないか」

「そもそも『いなせ』と『かませ』じゃ違うだろがよ」

「ええもう、静かにおしなお前さんたち。思い出せないじゃないか。そんなに吠えるもんじゃない、吠えるもんじゃ……ええ、そう、そうだ。犬だよ! だからこいつは『カマセイヌ』だ!」


 ご隠居が宣言するのに、三人目を輝かせた。もうこの不可思議な四文字、今や三人にははっきりとカマセイヌと刻まれて、その音の響き忘れようもない。

 おお、と感嘆の声。

 とは言え。


「……で、こいつはどんな役割なんだいご隠居」

「焦るんじゃないよお前さん。こういうのはね、まあ名は体を表すってやつでね、どんなものかはすぐに分かるってもんさ。この前の三文字はね、つまり咬ませるってことだよ、そんで後ろは犬だ。つまり咬ませる犬ってことだ」

「咬ませる犬ぅ? 犬ってのは咬むもんだろ、咬ませてどうすんだい」

「えー……そうだねえ」とご隠居、歯切れも悪く、目を天井の木目に沿って走らせる。何と言っても見知らぬ役割、知恵者のご隠居だって内容はご存知ない。とは言え分からぬなんて知恵者の名が泣くというもの、ご隠居の学んだ知恵は、何も答えばかりではない、推論というやつ、これこそ正しい知恵と知識の使い道。


「犬てな群れを作ったり、あたしら人間様といっしょに暮らしたりするだろう、特にあとの方だよ、番犬をやったり、狩りを手伝ったり」

「お伴って感じだぜ。そんなら犬よりゃ、狼とか虎が良かったなあ。一匹狼ってのもあるだろ?」

「何言ってるんだいお前さん。いっつも三人一組で、どこが一匹狼だい。それにね、犬というのは良いものですよ。ほれ、西の騎士団の紋章に犬が配されてるのは、あいつは故あってのこと」

「そりゃ聞いたことはあるけども」

「忠義勇猛類まれなし、というやつだよ。……お、そうだ!」

「そうだ?」

「なんでもないよ。つまらないことは気になさんな。ええと、なんだったかな……そうそう、そんな犬が咬まれるってのは、つまり家や狩人の代わりになってるってことだ、そうだろう?」

「そうかぁ?」

「そうですかね」

「そうかも」

「そうさ。いいかいそんな犬だよ? どっしり構えて、どんなに咬まれたって歯牙にもかけぬ……こいつは上等じゃないか。咬ませるってことはね、それがちっとも怖くはないってことだよ。わざわざ痛い思いをしたいやつなんているもんかい、ところがね、それも犬がだよ、守るべきもののためにだ。虎や竜がそうしたってたいしたことはないさ。犬がだ。金城鉄壁きんじょうてっぺき、えいおう木っ端ども、咬みゃれ咬みゃあれ咬みやがれ、こっから先は一歩も通さぬと仁王立ち! え、どうだい? まことの騎士、真の英傑にも劣らぬ気構えじゃないか。つまりだね、お前さんのその役割は、その犬のようにどんな大敵にも一歩も退かず、戦い抜く戦人だってことですよ。いや、なかなか大したもんじゃあないか」


 言われてみれば確かにそのよう。いやさ、このダグ様に似合いの役割と、知らず頷いた三人、感心の息を吐いて、次いでやんややんやと囃し立てる。世にも珍しいなる役割を賜った身内の雄もさりながら、それをかくも詳らかにしたご隠居さんもまったく優れたもの。


「さすがご隠居さん、知恵者の呼び名は伊達じゃあねえな」

「おだてたって茶菓子くらいしか出ませんよ。それから良い茶葉が入ったんでね、ま一服お呑みなさいな」


 出された茶に手を出して、茶菓子の一皿も食ったれば御機嫌よう、とは行かない。なにせ役割を知ったのはダグのみで、あとの二人はようとして知れぬ、殊に役割に太鼓判をもらったダグにしてみれば、仲間二人の役割も聞かねば立つに立てぬ。トロンザックがうちの大将の役割分かったからと、うかうかここで聞いて興醒めのつまらぬ役割ではとちと腰が引けたのとは対照的。


「そんでご隠居、こいつらはどうだい」

「おっとそうだったね。そいじゃ今度はトロンのを見してもらおうかい。いや遠慮なんかしなさんな、ねえ、あんたたちみたいな若いのに説いて聞かせるのはあたしらの仕事ですよ。それにねえ、こいつはダグさんのとは違って分かりやすい。役割としちゃあ聞いたことはないが……ほら、まずはこの二文字ですよ。上の二文字ね、ここは『タイコ』ですよ。太鼓。つまりはドンガラ鳴らすやつ、鳴り物だね、縁起物だ。続けてその続き、『モチ』と読むんだ、つまり金持ち物持ち前科持ちとおんなじ持ちだよ。つまり『タイコモチ』だ」


 言われてトロンは浮かない顔、なに、楽器を持つ、こいつはどうもかませ犬のように役立つものとも思われぬ、楽器の扱いは人並みには覚えがあるが、それも太鼓だけとあっては、何か複雑な音曲を奏でるような真似も難しい。


「ご隠居、珍しいものみたいですけど……」

「いや、皆まで言いなさんな。つまんない遠慮だ、そうだろう。さあダグさん、どうだい。太鼓持ちってえとどう思う?」


 と、振られたダグはちょいと愁眉しゅうび、トロンの顔色伺って、声を潜めるに、太鼓持ちという役割に期待は持てぬ有り様だ。


「どの楽団にも一人はいるだろ」


 せめて生計たつきの道は確かなれ。ザックが息詰めてこくこく一本気に頷くのは、確かにそれならば悪くはないと、トロンを力付けるよう。当の本人は、なに、困ったような顔をするばかり。

 ところがご隠居、莞爾かんじと笑う。かませ犬のときとは打って変わって、これはご隠居の得意分野、太鼓持ちがいかなるものか説く内容は、ザックが答えるうちに組み立てられている。


「分かっちゃいないねえ。楽士てのは笛鉦太鼓どれを使ったって楽士だよ。お前さんね、これは役割てのが元々は神代かみよのものだってのを考えに入れなけりゃなりませんよ。太鼓と言ってもね、こりゃあ単なる楽団の楽器じゃあない。物の本によると、太鼓てえのは戦の指揮のために用いられたものですよ。戦場に音を響かせて、どう動くべきかを教えるんだ。そしたら、兵士たちはその轟く音に合わせて一気呵成、進むも引くも乱れなし、戦にあっては獅子奮迅とは当にこのこと。太鼓は戦いの調子を作ると言ってもいいね。つまり太鼓持ちってのは、戦いにおけるリズムメーカー、ムードメーカーってえことだよ。良いねえ、大したもんだ。ダグの横に並んじゃあ、戦う相手の方が可哀想かもしれないね」


 斯く言われては、トロンも思わず破顔、ダグもザックも友人の顔に、一安心、いやさ、役割がなんであったとて友情ゆうじょう情誼じょうぎになんの障りもあったものか、とは言え、トロン自身が憂いなく享受できるならそれにしくはない。


「とは言っても、トロンさんほど図体が大きけりゃ並大抵の太鼓じゃ見劣りだ。見合った大きさのが欲しいねえ。大きいってのは良いことですからね、きっとよく響く。どうだい、太鼓に心当たりがないなら、あたしがひとつ都合を付けますよ」

「いいんですか?」

「いいんですかじゃありませんよ。年寄が都合をつけるって言ってるんだ、そこははいありがとうございますと言いなさいよ」

「は、はい。ありがとうございます。ええと、それじゃあ折角だし、頑丈なのにしてください。振り回したり投げ飛ばしたって大丈夫なやつ。ご隠居の伝手なら、さだめし腕のいい職人でしょうから」

「ああ、良いとも。喜ばせ方を分かってるね、そう言われちゃ確かなのを紹介したくなるよ」


 ほころばせた顔に、笑い皺刻んで、ご隠居、確かに請け負った。


「こりゃあ看板を上げなきゃだな、トロン。ご隠居さん肝煎りの太鼓だってよ。上手いこと名を揚げたら、ご隠居さんも大いに面目を施せるってもんだ」

「今更施す面目もあるかい。はばかりながら、あたしゃ、生布きぬののご隠居で通ってるんだから」

「生布……? ご隠居さん、まだ布とか商ってたっけ」

「違いますよ。生布ってのは在庫がありゃ何もなしでそのまま出せるでしょうが。あるものならすぐ出てくる、あたしの気風の良さを言ったもんですよ」

「自分で言うのかよ」

網袋あみぶくろの方がご隠居さんらしいよ。隠し事なしで中身が見えてる」

「それじゃあたしが見せびらかして出してこないみたいじゃないか。こういうのはね、生布で良いんですよ」


 澄ました顔で、はあ、誰が呼んだかなど告げずに流し、ご隠居、さっと手を差し伸べた。


「あたしは良いんですよ。最後はザックさん、あんただ。ほら、お出しなさいな。なに、もし良くない内容ならあとでそっと教えてあげますから」

「それを言っちゃあおしまいだろ」

「それじゃあ、悪そうなら『わからないから少し待ってくれ』って言ってもらって。それじゃあ仕方ないって一度帰るからさ」

「だからそれを言ってどうすんだって!」


 わからないくらいに息を詰めて、須臾躊躇ってから殊の外、今度は分かりやすく笑ってみせたザックのキャラクターシート、ご隠居静かに取り上げて、眺めてみると眉根は不明の色。


「こいつはわか……ああ、いや、違いますよ。わからないなんてことはない。ええ、三文字ともむつかしいのだねえ。はあて……下はね、これは『巾着』だ」

「巾着。なんとかシャとかじゃないのかよ」

「シャ? 社、砂、舎……ああ、者。あれはちょいと違うね。こちらはね、着るとかそういう言葉ですよ。布で作ってつけるものでね……と言って服なんかじゃない。こりゃあちょっとばかし知られてない言葉なんだがね、物入れ袋、大抵は財布みたいなもんですよ」

「物入れ袋かあ」

「馬鹿にしたものでもないよ。いやいや、こういうのは全体でもって意味になるからね、持ちだって言われたらトロンさんだって困るだろう。だからこの一文字なんだが……」


 はて、と額に手を当てて、立ち上がったご隠居、キャラクターシートを掲げ、透かし、ひっくり返して裏返す。


「何だったかな……この左側に書いてあるのは、月なんだがね、これを文字の一部に組み込むのは決まってだいたい同じものなんですよ」

「……服とか?」

「惜しい、ちょいと惜しいね、服は少し遠いんだ。なんだったかな」


 空いた片手を額に胸に腹に腰にと当てながら、くるくるくるくる回る足踏み。肝心要の意味が思い出せない。いやまったく、服は身に付けるもの、布を纏うもの。布の話は先にし終えた。


「腹を割って話しますけどね、こいつはちょっと専門外だ、でもこの脳みそに確かに詰め込んだと思うんだな。あたしの友人がやってた分野かなあ。肌が合うというのかな、あんたたちみたいに肝胆相照らす仲ってやつでね、もしかしたら股肱てくらいの友人でね……」

「何をやってる方なんだい?」

「外科医でね。……おッ!」


 自分で言って、ご隠居奇声を上げて立ち止まる。


「ははあ、てえことは、こいつは身体の一部を指す言葉だ。あとはこの要……」


 伸ばした手、ザックの首肩背を押して、つんのめった姿をじっくり値踏みすると、ぽんと己の腰を打った。


「腰だ、身体の要だよ、だからこいつは『コシギンチャク』てえことになるね」

「海にいる……」

「ありゃ磯巾着だよ。ローパーの仲間みたいなやつだ」

「ベルトポーチ代わりに巻き付くんですかね」

「友達を腰に巻いてどうするんだい、どこのびっくり人間だってね。かませ犬だって犬じゃない、こいつも文字通りの巾着じゃあないわけだ」

「というと、どういう役割になるんだろう」

「それさ。ええ、物や地名なんかでね、それに関する人を指すことがある。こりゃあきっとそれだね。つまりザックは腰に巾着するような人間だってえことなんだが」

「別にポーチは付けてないよ」

「そのまんまに受け取るんじゃないよ。腰に巾着、考えてみりゃあ簡単だ。腰に巾着までして持ち歩くんだってんだから、こいつは物持ちだ。そいでね、いつも肌身離さず持ち歩くんだから、つまりは使うために持ってるんですよ」

「お金持ち……ってことかな」

「まあそうだね、そういうのだ。出納係とかね、三人でなにやらやるんなら、誰かが金勘定はできたほうがいいからね、あたしの連れにもそういうのが一人くらい居てくれりゃあ助かったんだがね……あのころはみんな宵越しの銭は持たないときた」

「今はご隠居の昔語りはいいんだよ」

「うん。二人の役に立てるならいいかな」


 少々、二人に対して見劣りと、とは言え役立たずなんぞではないのだから、小さな落胆飲み込んで、心なし沈んだザックに、ご隠居、何を言っているんだいと首を振る。


「言ったろう、使うために持ってるんだって。こいつは金ばっかりじゃないよ。アイテムユーザーってやつだ。常日頃から金勘定して準備万端整えて、危急の折りにもこんなことはあろうかと、臨機応変適材適所、足りないところを埋めるのがお前さんの役割だ。ダグは大雑把でトロンも気の利かないところがあるからね、お前さんの利発さで、こいつらを支えてやるんだよ」

「ご隠居さん」

「いやあ、良い役割だ。あんたたちは本当に恵まれてるよ。いいかい、珍しい役割だからじゃないよ。三人力を合わせるようになってるんだから、その三人がここに揃ってるのがなにより恵まれてるんだ」


 三人、顔を見合わせて、照れたような、嬉しいような、沸き立つところに任せて、互い笑って小突いて肩を抱く。


 己の仕事を果たしたことに、ご隠居、満足そうに頷いた。




 と、これがその後名を馳せた三人組の冒険者、その始まり。


 数年もしないうちに頭角を顕した三人は、勇猛果敢、弱きを背にしては一歩も譲らぬ"かませ犬"のダグを筆頭に、ドロドロ轟音響けば敵は恐れ味方は気を吐く"太鼓持ち"トロン、そして周到にして才知を奮い事あらば策と財物大盤振る舞いの"腰巾着"ザックが支え、八面六臂の大活躍。


 後年、万魔の怪物どもが侵攻した冬の戦いでも戦い抜き、最後には膝をつくこととなったがそれが勇者(本物の希少な役割だ)に時間を与え、逆転の布石となったため大いに面目を施した。


 命に別状はないものの、怪我を負った三人、しばし骨休めと故郷に戻り、懐かしのご隠居にあっては互いに感謝も止まぬ。


「あんたたちが大したことをやらかしたと聞いて誇らしいよ。いや、なによりこうして帰ってきてくれたのが本当に嬉しいね」

「もっと誇らしいと思ってもらわねえとな。オレたち三人、こうまでやれたのはご隠居が役割を説いて聞かせてくれたからだ」

「何言ってんだい。あたしゃどういうものか教えただけだ、あんたたち三人がそれを実現しようとしたからこそだよ」

「太鼓持ちって言われただけじゃ、こうはなれなかったですよ。それに太鼓……壊れちゃいましたけど」

「ぼくももうすっからかんだ。使うべきときに使うのも役割だって、教えてもらったのが役に立ったよ」

「そう言われると嬉しいね。ま、こういうのがあたしの役割だろうからね……」


 しみじみ頷くご隠居に、そう言えばとダグが問う。


「オレたちの役割は良かったけどよ、ご隠居の役割ってのは何だったんだ?」

「あたしかい? よく聞いてくれたね。ま、あたしのやってることを見りゃ一目瞭然みたいなものなんだが……あたしはね、所謂助言者、後援者ってのかねえ。いろんなものを必要としてる連中に与える役割ですよ」

「ご隠居らしいや」


「ありがとよ。『与える』に、人物であることを表す『太郎』ってのをくっつけて、あたしの役割はってんだ」


 世に役割というのは山程ありますが、それがどういうものかを決めるのは、どういうものだと思ってやっているかにかかるというお話でございました。

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《与太噺》才気煥発、前途有望な三人の若者が天与の為すべきを授かり、老賢人の言祝ぎによってその意味を知るの段 竹中有哉 @take_b

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