俺はまだ、怒りを収めていない

 天を覆い尽くすは、羽の生えた顔の無い人間らしき化け物共。

 その全てから、光の矢が降り注ぐ。

 身体に傷は付かない。発狂して、のたうち回りたい程の激痛に苛まれ、魂が傷み続けていく。

 化け物共を今すぐ鏖殺したい衝動に駆られるが、無駄と解っている為、無視。

 包囲網を突破すべく鋏斬空を放ち、化け物共の身体が別れ空間が開ける。

 一瞬の隙を狙い、跳躍。奴らの間をくぐり抜けて包囲網から脱出。

 宙を蹴って翔び跳ねて移動するが、

 目的地は遥か先にある、城を中心に形成された都市。灯りが夜を照らす絢爛たる街並みを視界に入れつつ、化け物共の怒涛の攻撃を避け、捌き、移動の阻害を防ぐ為に鋏斬空である程度潰す。

 横槍を入れられながらも進む。すると、前方で急激に化け物共が集合、合体。

 巨大化して行く手を阻む。


「邪ァ、魔ッ、だぁあああッ!」


 怒りの咆哮を轟かせ、殺意を刀と鞘に込め、斬空で滅多斬り。無数の切り傷を浴びせ、怯んだ所を鋏斬空で両断。

 断ち斬った隙間を潜る様に跳ぶ。

 二度、三度。空中を跳躍して、上空に陣取っている化け物共の攻撃を避け、弾く。

 無茶な姿勢で刀と鞘を振るったせいで、地面、に……ッ!


「ぐぅ……はぁ、はぁッ……!」

『ダイナミっクに転倒したねェー、シソウくん。いやァ、それにしても……多ッ。そんでキモっ。何アレ。ハネアリカオナシ?』

「知るかよ……!」


 邪神ニャーの戯れ言に対してまともに返す余裕もなく、身体を起こしつつ走る。

 走る速度では奴らに囲まれる為、完全に包囲される前に跳躍しつつ鞘と刀で斬空を放って削り散らす。

 大軍……万軍と言えるまでに数が膨大。

 そして、その全てが

 正確に言うならば、斬り殺した奴らの死骸を元に再構築している。

 故に、いくら斬っても、無駄。

 そもそも、こいつらは転生者では無い。邪魔者以外の何者でもない化け物共が、空中を自在に動いて行く手を阻む。腸が煮え繰り返る程に腹立だしい。

 数度、宙を跳躍して、ようやく目的地を間近に捉える。


そこから引き摺り出してやる……!」


 城目掛けて斬空を放つ──が。


、だと……!?」


 いや、そもそも届いて──


「──なら、直接斬り殺すまでだ!」


 不審を抱きつつ、化け物共の間をくぐり抜け、都市の上空へ侵入を試みる。

 跳躍して突撃。


「っ! ごぁっ……!?」


 何だ、何に、ぶつかった。視界が、クソ。回る……!


『ふふ、シソウくん出禁食らッてて草。都市に結界まで張るとは、が余程面倒だッたみたいね、彼』


 結界……結界に、ぶつかっただと。


「……っあ゛ァあああああ!」


 絶叫しながら都市に向けて刀と鞘を振るって滅茶苦茶に斬りつける。

 通常ならば都市の建築物もろともズタズタに斬り裂けるが、見えない何か……おそらく結界……に阻まれて、空間が多少歪む。


「クソっ、クソっ、クソ……!」


 悪態を吐くと同時に刀を振るう。斬れない。届かない。そんな理屈あって堪るか畜生。


「がぁ……! ッ、ぐぉ……!」


 視界に化け物共を捉えた時にはもう遅く。

 集る蝿の如く俺に殺到する。光の槍、みたいなモノで刺されるが貫通することは無く。全身を押し込まれる。


「ゴミどもが! 退け!」


 へばり付いてくる化け物を片っ端から蹴り、斬り、殴り飛ばすも、振り解けない。

 瞬く間に押し上げられ、不意に前を見ると──


「うじゃうじゃ集まりやがって……蛆虫かよ」


 集まった化け物共が鳥に変形合体して、突撃。脇腹に嘴を突っ込まれ、そのまま押し出され、都市から離される。


「い゛っ──でぇえ゛っ、なあッ!」


 無理矢理身体を捻って鳥の側頭部に蹴りを入れて逃れ、鋏斬空で首を切断。追撃に刀と鞘の斬空で滅多斬りにして細かく刻む。

 落下しつつ、風圧で身体に生じる激痛に怒りを募らせながら刀を振るっていると、頭に邪神ニャーの声が鳴り響く。


『いやァ、ものすごォーく手こずッてるねェ』


 特に反応を返すでもなく、ひたすら刀を振るう。ニャーも気にせず、ヘラヘラと語り掛けてくる。


『ねェ、シソウくん──』









「はぁー……っ、はっ、はぁっ、ぐ……、はぁっ」


 転生者の……頭を、完膚無きまでに、踏み潰し。

 冥腑魔胴死惨血餓ヨウトウムラマサを納刀する。

 激痛から解放され、膝をつきそうになるが気合を入れて堪える。まだ……まだだ。

 まだ、休むわけにいかない。

 疲労困憊の身体に喝を入れて無理矢理歩みを進める。

 瓦礫と化した摩天楼の荒野を抜け、仰向けに転がる。

 空は白んでおり、視界の片隅から朝日が射し込む。

 深呼吸して、大きく息を吸い込んだ瞬間──


「──っ、げぇッ……おぉ゛ぇ……!」


 強烈な悪臭が鼻腔を蹂躙し、肺を冒す。

 何だ、何だ……これは。転生者の臭いなのか……?

 鼻を千切りたくなる程の悪臭にしばらく嗚咽を漏らし、冥腑魔胴死惨血餓を抜刀した時と同じく怒りを燃やして、どうにか堪える。


「はぁ……ぅ……何なんだ、この臭いは……」


 悪臭で疲弊した精神を削られながらも、臭いのする方向を忌々しく睨む。


「シーソーウーさぁーん」


 声の方に顔を向けると、翼を羽ばたかせたサンタくんに乗ったムンが片手でおにぎりを食いながら呼び掛けていた。

 サンタくんが地面近くまで近づいたのを見計らって飛び乗る。


「おや、今回は随分とお急ぎですね。どうかしましたか?」

「……次の転生者クソムシ腐敗臭においがキツすぎてチンタラしてられ無いんでな……ぅぷ……」

「ふーん。そうですか」


 発言する際の呼吸で悪臭を吸い込み、吐き気を催すが、怒りを滾らせ無理矢理抑える。くそ……殺しに行く前から、こんな目に遭うとは……

 俺の尋常じゃない様子に異常を感じたのか、ムンは揶揄う事無くサンタくんの手綱しならせ、空を飛んで行く。

 飛んで行く最中にもずっと悪臭に苦しみ、幾度と無く吐き気を催し、嗚咽を漏らしてその都度怒りを滾らせて転生者への殺意を研ぎ澄ませる。

 片手で手綱を手繰りながら、地図と眼下の景色を見比べたムンが声を上げる。


「シソウさん。臭いは、あそこからですか?」


 グロッキーになりながらも、ムンの背中越しに前を見ると、豪華絢爛な城の周りに街が形成され、次いで地図に載っている文字を見る。


「ミキンアズナ公国……あそこに間違いない……」 

「そうですか。じゃあとっとと行きますかね……」


 憎悪を込めて再び眼下の景色を眺め、ムンが地図をポケットに仕舞うと脳内に忌々しい声が響く。


『あー……シソウくんシソウくん。ちョッとムンちャんに伝えてちョーだい』

「……何をだ」


 ムンに聞こえない程度の声で邪神ニャーに応える。ムンも俺とニャーのやり取りについては把握しているものの、会話がややこしくなるのを避けるため面倒な事この上無いが俺自身で調整する……小声でも何故かニャーと会話が成立するのは妙に苛つくが。


『シソウくんを城に放り込んだら直ぐに高高度まで上がるように言ッて。渋るようなら──』


 邪神クソアマから伝えられた事を飲み込み、ムンの肩に手を置く。


「おい、ムン。クソア……ニャーから伝言だ。俺を、あの城に送ったら直ぐに高高度まで上がれだと」

「はぁ。高高度まで上がるんですか。なんだってそんな──」

「……ニャー曰く、、だそうだ」


 その言葉を訊いたムンがピタリと押し黙り。その数秒後。


「……ニャー様が、そう言ったんですね?」

「あ?」

「──面白いものが見られる、と」

「……ッ」


 振り返ったムンの表情に、絶句する。

 今の今まで……それこそ大量の食い物を前にした時でさえ仏頂面だった、ムンが。

 ……おぞましいとしか、言えない程に。

 満面の笑み、なのだろうと理解するものの、初めて見るそのかおに気圧される。

 こいつが──いや、こいつも。邪神ニャーを崇め奉る純然たる怪物なのだと、思い出す。

 転生者の悪臭で吐き気を堪えた拍子にムンは前に向き直る。


「ニャー様が直々に面白いと言うのであれば期待マシマシ特盛拉麺並感ですね。さ、行きましょ」


 いつかのレース以上に上機嫌なムンが速度を上げて城へとサンタくんを飛ばして行く。

 俺は悪臭に堪えながらムンの腰に腕を回し、振り落とされないように掴まる。

 ムンに至っては、急発進で加速するのではなく徐々に加速し、城のバルコニーに着く頃には、きちんと減速するという信じ難い丁寧さだった。

 薄気味悪く感じるが、一秒でも早く臭いの元凶を滅殺すべく、サンタくんから飛び降りる。 


「じゃ。シソウさん、お達者で」 


 俺の返事を聞くまでもなく、ムンは手綱をしならせるとサンタくんが不快な嘶きを轟かせて翼を勢い良く羽ばたかせて上昇する。

 風圧に目を細めて見送ると、最早遥か彼方へと飛び去って行った。


「……気持ち悪いな」

『まァーまァー。スムーズに行けて良いじャない。ほらレっツゴぉー』


 ニャーの不愉快な発破に苛立ちを込めて鍵付近の窓硝子を鞘で割る。

 派手に音が鳴るが、侵入しちまえば後はどうにでもなる。

 なるべく静かに──しかし足早に城内を駆け回る。


「はぁ、はぁ、はぁ……うッ、お゛ォえっ……」


 近づく程に臭いが酷くなり、どうしても吐き気を催さずにはいられなくなる。

 クソ、何だってこんなにも臭ぇんだ今回は……!

 しかし、走っていても一向に人の気配がしない……不気味だな……


「……ッ、ここか」


 似たような廊下を数度走り抜け、臭いの濃い場所に辿り着く。

 眼前には身長の倍はある重厚な扉。

 最早悪臭のみで全身を穢されていく感覚に、怒り、殺意を滾らせ。扉を開けて押し入る。

 部屋の中に入り、耳をつんざく音に目を向けると壁に掛けられた薄型のが在り。

 その向かい側には、ソファーベッドに数人の亜人の美女が座っており、その美女の膝を枕に、脚も美女に乗せてだらけきった格好の黒髪の少年が居た。

 ──こいつだ。臭いの、この、悪臭の元凶は。

 鞘を順手に持ち換え、刀の柄を握りながら、黒髪の少年の前に歩く。

 少年は欠伸混じりに俺を見上げ、美女に頭を撫でられていた。


「ヘルム様、ご来客ですよ」

「いや、知らないし……というか、そこ退いてくれない? 見えないんだけど」

「──転生者よ、今永遠の死を与える」


 鞘を担ぐ様に構えて抜刀しつつ、狙うは少年……ヘルムの首。

 抜刀と共に全身に迸る激痛、を。憤怒と殺意の薪にして。殺す──!


「ッ、ごぁっ……!」


 視界が、突如ブレたかと思えば次の瞬間には背中に衝撃。背後で壁の崩れる音で己が壁に叩きつけられた事に気づく。

 頭を振った際の激痛で気付けし、転生者クソムシの方を見ると、寝そべったまま奴の左手の親指と人差し指が俺に向けられていた。


『あんな体勢なのにシソウくんぶん投げるとか一味違うね。今回の異世界転生者チーターマン。見た目はヒキニートッぽいのに』


 ……つまり俺は、刀を二本の指でて投げられたのか。

 なら──!


「お゛ォら゛ぁ゛ッ!」


 刀を下段から振り上げて斬空を放つ。ヘルムは指を小さく動かしただけで紋章らしきモノを空中に出現させただけで、無傷。

 ……元より斬空で殺せるとは思っていない。

 斬空はもちろん、穿空も混ぜて怒涛の連撃を叩き込む。


「死ィ、ねえッ!」


 一瞬の隙を見い出だして鋏斬空を放つ──しかし。


「ふぁ~あ……」


 。ヘルムはともかく、周りの女どもにすら、干渉できない……クソっ。

 奴は欠伸混じりに指のみを動かして紋章を増やし、防いでいた。

 鋏斬空でも斬り裂けないなら……いや、防ぐという事は逆説的にと認識できる。恐らくではあるが、攻撃が完全に通じないという訳では無い……はず。

 思い返せば。転生者との殺し合いは、いつだって理不尽不条理に塗れていた。

 どれだけ絶望的だろうと。

 どれだけ無理に見えても。

 怒りで、殺意で、捩じ伏せて、殺す。

 立ち上がり、床を踏み砕いて跳躍。天井を足場にして突撃。


「死ねッ!」


 ヘルムに刺突を放つが、紋章に阻まれる。続く攻撃で鞘を振り上げた瞬間、脇、腹に……!


「ぐ……ッ──!」


 再び吹き飛ばされ、壁に激突。床に伏せるが、即座に立ち上がり、走る。

 ヘルムを見ても何も変わらない様に見えるが、今度は部屋の床から石柱が噴水の如く飛び出し襲いかかる。


「く……っそォ!」


 何もかもに行く手を阻まれる。

 まともに一撃すら入れられていない状況に苛立ちが募っていく。


「あー……えーと、何だっけ。君、殺刃……鬼? だっけ?」


 寝そべるヘルムから話しかけられるが、依然として石柱が襲って来るため、俺は応えずに石柱を斬り砕きつつ、ヘルムに穿空を放つ。

 紋章に防がれ、その向こうで亜人女の一人が顎に指を当て、考える素振りを見せる。


「あら? 転生者斬首人クビキリマンじゃなかったかしら?」

「えー? 私は黒鬼って聞いたけど」

「ジブンが知ってるのは死噛シニガミっす!」

『ふふッ、シソウくん異名がどんどん増えててウケる。どれも微妙に的を射ッてて笑えるわー。あハハ』


 女どもの下らない駄弁りと邪神の評価を無視してひたすらに刀と鞘を振るう。

 ヘルムが鬱陶しそうに指を上から下に向け──


「ぐ、おおお……!」


 地面に突っ伏したまま動けなくなる。背中に感じる激痛に対し、首を回して背後を見ると、石柱に抑え込まれていた。ヘルムは相変わらず美女の太腿に頭を預けたまま、退屈そうに欠伸をしている。


『シソウくん、遊んでんの? 早く早く早くほォ~ら、さッさと首飛ばせェ~えェん』

「ぐゥ、ォおおおおお!」


 ニャーの念話ノイズが脳内に響くが、その声すら遠い。立ち上がろうとする力を入れる箇所と押し潰されている背中に激痛が迸り。呼吸すら肺を引き裂くような苦しみ。

 殺す。殺す殺す殺す殺す殺す……!


「よっと」


 ヘルムの間抜けな声が聞こえ、視界の端に何かが転がる。視線を向けるとそこには、。一瞬、精巧な人形かと思ったが違う。血は出ていないものの紛れもなく人の、肉で構成された頭部。


「とりあえず、名前わかんないから黒スーツくんって呼ばせてもらうけどさ。黒スーツくん、転生者の首が欲しいんだよね? それあげるから、帰ってよ」


 応えず、石柱を押し潰されまいと必死に抗い、全身に力を込めて転がった首と視線を合わせる。ヘルムに瓜二つではあるが、やはり

 そもそも俺に首を集める趣味なんか無い。

 結果として斬首で止めを刺してるだけであり、真なる目的はにある。

 返答しない俺にヘルムが気だるげに続ける。


「僕としても、君みたいな汚物と関わりたくないし。ソレで済むなら、もういいかなって。大体さー、。時間と労力の無駄だよ。無駄」

『ふゥ~、異世界転生者くん辛辣ゥ~』


 ねぇー? と亜人女どもに同意を求めるヘルムと、俺の脳内で冷やかす邪神ニャー


「………………」


 無言で。俺の不壊の身体に石柱が堪えきれず崩壊して瓦礫になる。

 へらへらしていたヘルムと女どもが一転して無表情になり、凝視してくる。

 偽の首の前まで歩き、首を一瞥してからヘルムを見据える。


「……なんか静かだけど、怒るの止めちゃった?」

「俺はまだ、怒りを収めていない」


 手にした鞘を振り上げ、偽の首を粉砕──その下の床にも衝撃が伝わり、罅割れた直後に部屋の床全てが崩落。

 女どもは騒ぎ、ヘルムが舌打ちと共に手のひらを地面に向け、ソファーベットを紋章の上に乗せて浮遊。

 俺は落下して位置を調整、浮いているソファーベットの下から鋏斬空。光る紋章に防がれ、その向こうのヘルムと目が合う。

 見下す目を、無機質に見返す。

 もう、いい。

 ヘルムあいつと話す事は何も無い。

 業火の様に燃える憤怒いかりも、身体を苦しめ苛む痛傷いたみも、何一つ変わらず在る。だが、しかし。

 それ以上に発する、が、塗り潰して凌駕している。

 今までの……今までも転生者を

 殺さねば、進めず。終われぬ。故に──故に殺してきた。

 正当化するつもりは無論なく、かといって殺してきた事に悔いは、無い。

 俺が選び、俺が決めて、俺が──殺した。

 ただの、それだけ。それだけの事でしか無い。

 ──だが、奴は。ヘルムあいつだけは違う。

 あいつの存在は、思想は、今を生きている全ての命を侮辱するものだ。

 明日生きていられるか、わからない生活でも。

 将来の不安に怯えながら過ごす日々も。

 才能も、神通力チートも、恵まれた何かが無くても。

 目の前の幸せを、明日のメシを、祈り。願い。求めて、努力して生きている。

 努力が必ずしも報われる訳では無い。という理屈は理解できるし、納得もできる。

 しかし、

 たかだか、一個人のクズい主張。塵が何かほざいている、と気にしなければ済む話。

 だが──だが。

 断じて、認めて堪るか。あんな思想ゴミに一理だって有って堪るか。

 ──殺す。あれは、ヘルムあいつだけは。

 生きとし生けるもの全ての尊厳を守る為に。殺さなければ、ならない。

 ソファーベットを浮かせている紋章から、幾つもの光線ビームが弧を描いて襲いかかる。

 迫り来る全てに対して。身体の至るところに着弾、最初に熱さを感じ、次に激痛。

 普段なら絶叫してどうにか被弾を減らそうとするが、。こんな下らない攻撃なんぞどうでもいい。

 被弾して身体を苛む激痛に構わず、数度、宙を蹴って跳躍して、ヘルムあいつの頭上に位置を取る。

 眼下の塵屑どもは……女は呆気にとられ、ヘルムあいつは心底嫌そうな表情浮かべていた。

 そんなにクズどもに向かって、先ずは斬空──紋章に防がれ、無傷。

 次に穿空──紋章は微動だにせず、奴らも変わらず無傷。

 鋏斬空──紋章から光線が出るも纏めて斬り裂く。攻撃は紋章に変わらず阻まれ……いや。


「ちっ……耐久超過キャパオーバーか」


 舌打ちしたヘルムあいつの目の前に有った紋章が散り散りに霧散した。

 その好機を逃す事なく刀で刺突する。


「──っとぉ」


 ヘルムあいつが、いつの間にか握った変哲もない剣に防がれて耳障りな金属音が響き渡る。依然として刀──と、鞘が届く間合い。

 俺の刺突で放った刀の切っ先を普通の剣ので防いでいるが、押し込み。少しでも距離を詰めて、頭をカチ割るべく鞘を振り上げる。

 視界の端で見切れたヘルムあいつの腕の振りに気づくも、攻撃を優先して振り下ろす腕に力を込め──胸部に、衝撃。天井に備え付けられたシャンデリアを巻き込んで破砕し、めり込む。

 重力によって落下しかけるが刀を天井に突き刺して、ぶら下がってヘルムあいつを見る。

 左手には剣。右手は……開いており、親指だけが関節を曲げていた。


指ハジキデコピンでシソウくんぶッ飛ばすとは身体能力フィジカルも中々だねェ~。ま、異世界転生者なら標準的機能スタンダードだけれど。それにしても……で笑える』


 ……邪神クソアマの評価ですら強過ぎと来たか。いよいよもって一秒たりとも生かす理由がなくなったな、ヘルムあいつ。元より殺す理由しかないが。

 指を鳴らす音が響くと、ヘルムあいつの眼前に紋章が四つ。色は白、赤、黒、青。

 禍々しい雰囲気を伴って紋章から、顔の無い男性型の輝く人形がそれぞれ、白、赤、黒、青色の馬に跨がって現れる。

 白い馬に乗ってる奴は頭に王冠を乗せ、弓に矢をつがえて俺に狙いを定め。

 赤い馬に乗ってる奴は身の丈以上の大剣の切っ先を俺に向け。

 黒い馬に乗ってる奴は天秤を持ち。

 青い馬に乗ってる奴は全身にあらゆる生物の顔が浮き出ていた。


「“四色の馬に跨がる四人の乗り手たちフォーカラーホース・オブ・フォーライダース”」


 言いながらヘルムあいつが俺に剣の切っ先を向け、馬が脚を動かして空中を駆けてくる──乗ってる奴が、襲い来る。

 蹴る様にして脚を振り上げ、天井に足を着け。

 渾身の力で踏み砕いて、刀を引き抜き、突撃。

 馬の首を一つ斬り。二つ、三つ、四つ。

 空中を跳躍して縫うように──滑るように、擦れ違い様に首を刎ね飛ばす。

 馬が首を失い、乱れた制御の一瞬の隙を逃さず、馬を足場にして騎手の首を即座に刎ねて行く。

 四人目の首を刎ねて、視線をヘルムあいつに合わせる……

 風切り音の直後、左側頭部に刺す様な激痛。横目で睨むと、頭が元に戻ろうと再生した白馬に乗った人形が矢を射っており、勘で振り向くと赤馬に乗った人形が大剣を振り下ろしてくる。

 鞘で大剣の腹を殴り飛ばし、姿勢を崩した胴体を刀で斬り裂く。

 再びヘルムあいつの方に向き直ろうとした瞬間、がくん、と落ちる様な感覚と共に視座が下がる。

 目線を足下に向けると、虚空では無く金属製の床……いや、皿か。

 影が濃くなり、上を見る。

 青い馬に乗った人形が両手を伸ばす──遅い。

 刀で中心を両断。鞘で左半身を殴り飛ばし、続いて右半身も殴り飛ばそうとした瞬間、左手首を捕まれる。

 焼け付く様な激痛に奥歯を噛みしめ、即座に人形の手と左手首の間に刃を滑らせて削ぎ斬り、皿から飛び降りて上へと跳躍。

 常に余裕綽々だったヘルムあいつの表情が今や渋面一色になっていた。


「“青騎手”の疫病が効かないってどんな身体なんだよ……めんどくさ……」

『異世界転生者のクセに“黙示録の四騎士”まで引ッ張り出せるとはねェ。これでまだ、の“ほ”の字の一画目すら出して無いんだから。シソウくん大丈夫? 勝てそ?』


 うるせえ邪神クソアマ。俺は勝ちに来たんじゃない。

 ヘルムあいつが本気出そうが出すまいが知ったことじゃない。

 潰す。滅ぼす。殺す。

 刀を振り上げ、斬空を放つ──紋章に、防がれる。

 何度も見た光景。

 刀と鞘で連続して斬空を放つ。変わらず紋章に防がれるが、純然たる殺意を乗せた怒涛の連撃で漸く紋章に罅が入る。

 すかさず鋏斬空を放ち、紋章を破壊。

 穿空を放つべく、刺突の構えを取ろうとした瞬間、四騎の屑人形どもが俺に殺到。

 天井付近まで跳躍し、刀と鞘で乱れ突いて穿空の雨を人形に浴びせる。

 馬と人形に風穴が無数に開くが、止まる事なく突撃してくる。鬱陶しい。

 穿空から斬空に切り替え、穴だらけになった屑人形どもをヘルムあいつも狙いに含めて纏めて細切れにしていく。

 流石に原型も残らない状態で向かって来るのは難しいのか、屑人形どもは進軍を止めて再構築に労力を割き始める。

 結果として俺の足止めになっているのは腹立だしいが、直接的に邪魔されるよりは幾分かマシと考え、本命のヘルムあいつを見る。

 剣を縦に構え、右手で下から上になぞりつつ、ぶつぶつと唱えている。

 ……恐らく、あの状態でも紋章による防御を仕込んでいるはず。

 ならば、攻撃の瞬間に合わせて、鋏斬空で女もろとも斬り裂いてやる。

 好機は刹那。

 落下しつつ腕を交差させ、ヘルムあいつは剣を投擲しようと構え。

 俺と、ヘルムあいつの視線が平行になる──直前に。

 腕を振り抜く。抜き切る前に鞘と刀の交点に衝撃。

 とてつもない圧力に押され、壁に押し付けられる。状況の一旦の膠着で、今の状態を確認。

 投げられた変哲の無い剣が発光しつつ凄まじい振動で俺の鳩尾目掛けて飛んで来ており。

 俺はそれを刀と鞘で辛うじて防ぐ形。

 くそ、後手に回ったか……!

 壁に踏ん張り、少しずつ剣を押し返して行くが、微々たる物。こんなことに時間を費やすつもりは無い。


「じゃ、黒スーツくん。もう飽きたから──バイバイ」


 ヘルムあいつの、その、言葉と共に。

 ズタズタにした屑人形どもが馬を駆り、四つの蹄が身体を打ち据え、背中に打ち付けられていた壁が破壊される。

 姿勢を崩され、剣が身体に着弾する。

 貫通する事は無い。無いが、押し………ぐ……

 朝方に入ったはずのミキンアズナ公国は、夕焼けに照らされ、朱く染まっていた。

 だが、そんな光景は瞬時に流れ、押してくる剣の圧力に抗えず吹っ飛ばされる。


「ぐ……ゥ、おおおっ!」


 鞘を握った手で剣を殴り飛ばし、落下。

 高所から落下しながらも、どうにか、立ち上がる。

 周りを見渡し、ミキンアズナの方角を見る。

 遠い。国の外観の輪郭が微かに見える程度。

 城にふんぞり反って居るであろうヘルムあいつを殺すべく一歩を踏み出す。

 しかし、上空から夥しい数の何かが、疎らにやって来る。

 ──羽を生やした、顔の無い人形の大群。

 今一度。殺意を滾らせ、地を駆けて、飛ぶ。






『──君、は在るかい?』


 ……殺す、覚悟?

 次々と襲いくる化け物どもを斬り裂いて、刺し貫きながら前に進み、問われた言葉の意味を考える。だが、全身を苛み続いている激痛と殺意と怒りで思考が錯乱する。


「何を今更、そんなもん──」

は、在るかい?』


 ある。と喉まで出かかった声を飲み込む。

 邪神ニャーは畳み掛ける様に訪ねてくる。


『老い先短い老人は? 汗水流して働く父親は? 子供を抱く母親は? 赤子の頭蓋を踏み潰し、老人の腸を斬り裂いて、逃げる父親の四肢を粉塵にして、泣き叫ぶ母親の首をへし折る……その、覚悟は在るかな?』

「何が……何が言いたいんだ、クソアマ!」

『別に難しい質問したつもりは無いんだけどなァ。“在る”のか“無い”のか、それだけの事なんだけど』

「意図が見えねえんだよ! 下らないクイズならヘルムあいつ殺した後にしやがれ!」


 邪神とのやり取りの最中にも、化け物どもを斬って潰してバラバラの塵屑にしていく。

 夕方にヘルムあいつの城から吹っ飛ばされて数時間。辺りは暗く、明るいのは月と化け物ども──遥か遠くの、ミキンアズナ公国。

 息も絶え絶えになりながら、化け物ども斬り伏せ続けて、気づく。

 動かなくなった奴らは、そのまま光の粒子となって消えていく。これは、一体……


『んー。? あの異世界転生者』

「そんな、ことで……」


 一瞬呆然とするが、何はともあれ好機。

 この間に近づいて──


『待ちなよシソウくん。邪魔者も居ない事だから私の質問に答えてちょ』

「………………わかった」


 無視して駆け出したい衝動を押し殺し、改めて問われた質問について考える。

 ……いや、考えるまでもない。


「──殺す覚悟は、在る」

『本当に?』

「ああ」

『フぁイナルアンサぁー?』

「くどい」


 邪神のふざけた確認に素っ気なく返す。 鬱陶しい……


『赤子の頭蓋を踏み潰し、老人の腸を斬り裂いて、逃げる父親の四肢を粉塵にして、泣き叫ぶ母親の首をへし折る。罪なき人々を、森羅万象を殺し尽くす。その覚悟が、本当に在るんだね?』


 うんざりしていた時に言われた、その言葉は。ひたすらに熱は無く、事務的、機械的な口調で問うていた。

 真面目に訊いているなら、真面目に返すのが筋だろう。

 激痛に軋み続ける身体も魂も抱えて、はっきりと応える。


「俺の、奪われた名前と、死を、取り戻す為ならば。


 俺の応えに、邪神は鼻で嗤い。


『オーケー。だ。君に文字通りの“必殺わざ”を授けよう』


 脳内に映像と、邪神ヤツの言う“必殺業”の詳細が流れ込んで来る。

 色々と思う所はあるが──やってやる。

 刀を祈る様に構え、唱える。


「一人切り進むは冥府魔道」


 唱え始めると鍔から切っ先に向かって刀身が徐々に黒く染まる。


「衆多の生命で築く屍山血河」


 刀身を軸に、黒く小さい、ヒトの頭蓋骨が。乱回転しながら衛星の様に回転していく。


「いざ、みなごろしにして殺し尽くすべし」


 刀身は完全に黒一色になり、頭蓋骨も量が増えていく。


「剣は此処に」


 視界の左半分、その向こう側にあるミキンアズナを──ヘルムあいつの居場所を見据え。


「抉り、削り、薙ぎ払え」


 最後の文言を唱え終え。矢をつがえる様に刀を構え──右足を一歩、下げ。


ィ──」


 下げた右足を前に出すべく踏み出し。


ゥ──」


 捻った腰に力を溜め。


ェ──」


 右肩を押し出す様に左半身を捻り。


ゥ──」


 その場で刺突を繰り出し──吠える。


ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ殺剣ール!!」


 腕を伸ばし切った瞬間。視界を埋め尽くすほどの、巨大な漆黒の竜巻が直線上のを薙ぎ払っていく。

 竜巻の強烈な圧に切っ先がブレそうになるが、踏ん張り、堪える。

 螺旋を描いて薙ぎ払う竜巻の全てが漆黒の骸骨。

 無数の黒い骸が巨大な竜巻となり吹き荒れる。

 これが、邪神の……ニャーの言う、“必殺業”、一切衆生鏖殺剣キルゼムオール


「ぐゥうう、おォああああああ!」


 死ね──死ね。

 殺意も、怒りも、ありったけを、込めて。

 眼前の──遥か彼方まで、殺し尽くす。

 三十秒程過ぎた瞬間、今までの竜巻が嘘の様に消える。

 目の前の光景は──半球状に抉れた大地が地平線の彼方まで続いており、日の出が大地をなぞる様に照らしていた。

 ほぼ、無意識に刀を鞘に納める。

 ………身体が爆散しないことから、やはりヘルムあいつは死んでいる。

 転生者の腐臭も薄れ、残り香を嗅ぎ取りつつ、抉れた大地を歩いていく。

 鞘を納められた事からも死んでいるのは確定しているが、己の目で確かめないと落ち着かない。

 不毛の大地をしばらく歩き。ミキンアズナ公国……跡地へと差し掛かると、転生者の腐臭を上回る死臭が俺の鼻腔を貫く。

 一切衆生鏖殺剣キルゼムオールによって文字通りバラバラに散った、死屍累々。男も、女も、老人も──赤子も。

 一切の例外無く。差別すること、無く。

 全て、無惨な屍と化していた。

 屍に躓かぬよう歩いていき、城が在ったであろう場所に辿り着く。

 辺りを見回す。肉片骨片散らばる生々しく凄惨な景色の中、目当てのモノを見つけ、近寄る。

 見下ろす視線の先には、白眼を向き、舌を力無く垂らした──ヘルムあいつの首。

 先刻、ヤツ手ずから投げられたのと同じ顔の頭部がそこに在った。


「……本気を出せば、俺に勝てたかもな」


 益体もない言葉を溢し、ヘルムあいつの頭を渾身の力で踏み砕く。

 タイミングを見計らったかのように頭に邪神の声が響く。


『ふふ、おめでとーう。シソウくん。君はこれで晴れて大規模虐殺戮者ジェノサイダーだよん。どう? 感想とか?』

「別に……こんなこと、めでたくもない」


 たった一人が、一人を殺す為に──その他大勢を殺した。

 そこに、大義名分は無い。在って、堪るか。

 在るのは──怒りだけだ。

 転生者も。チート野郎も。


「誰も彼も何もかも──殺す」


 邪魔する者全てを殺し──邪神を殺し。

 俺の、奪われた名前とおわりを取り戻す。

 天高く照らす陽光に灼かれながら、鮮血の大地を歩いて行く。






 第一部 悪威編


 完

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怒発傷天 鯔副世塩 @Hifumiyoimu

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